2008年7月13日

「勇敢に語る」  使徒13:44-52   唐澤健太牧師(国立のぞみ教会 牧師)

 使徒言行録を読むと主の言葉が語られる場所で二つの反応があることを教えられる。反対し、拒絶する者たちと主の言葉を聞いて喜び、聖霊に満たされる者たちが主の言葉が語られる所にいるのだ。パウロが主の言葉を語った時もそうであったことが今日の個所からも分かるだろう。それは主の言葉が私たちの中で語られる時、譲ることのできない対立が生じることを意味している。
 私の友人は就職し、仕事をする中で「あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい」(ローマ12:2)という一つの聖書の言葉を心に留めて過ごしていたことを証ししてくれた。そうでないとこの世に倣い、流されてしまうと友人は感じたのだという。私たちの信仰がこの世に倣うものであるならば、主の言葉は私たちにとって一体どのような意味があるのだろうか。

 パウロが語った神の救いの御業、イエス・キリストの救い業に対して反対し、拒絶した人たちは、「心を新たにして自分を変えていただく」ことをせず、むしろ頑なに拒んだのだ。しかし、そこには喜びと賛美は生まれないのだ。大きな分かれ道がここにある。
 もう一つこの箇所で教えられることは、パウロが「勇敢に語った」ということだ。「勇敢に語る」ことは使徒言行録に記される初代教会の宣教において重要な意味を持つ。「イエスがメシアである」と宣教することは、ただ単に言葉の問題ではなく、神に選ばれたという選民意識をとらえ直すことであり、割礼を相対化し、律法からの解放を意味し、言ってみれば当時の社会の根底をひっくり返すような衝撃を持っていたのだ。だからこそパウロたちは迫害され、追い出されたのだ。しかし、まさにその時にこそ勇敢に語れるか否かが重要なことなのだ。「勇敢に語る」ことをなくした教会は、社会の中で宣教の命を失うと言っても過言ではない。戦時中、「勇敢に語る」ことをしなかった日本の教会はこの世に倣ってしまったではないか。「勇敢に語る」という言葉が、もともと「言論の自由」を表現する中で使われていたということは何かとても示唆的だ。
 神学校時代に夏期伝道実習で行った喜界島でお世話になった丸山牧師は、軍事通信施設「ゾウの檻」建設を巡って島の平和と環境を守るために長年闘っておられる。先生は、「泣く人と共に泣きなさい」(ローマ12:15)との主の言葉に生きることを決意され、様々な困難を引き受けていかれた。先生は、多くを語る方ではない。どちらかといえば非常に口数の少ない牧師だ。しかし、丸山牧師は「勇敢に語る」ことの意味を深く私に教えてくださった。

 イエス・キリストの福音には、社会に衝撃を与える力が本来あるのだ。その力が失われているとしたら、それはキリスト者の生き方に問題があるということを覚えておきたい。「言論の自由」を考えても、何かきな臭さを感じる今日にあって、イエス・キリストの言葉を「勇敢に語る」私たちでありたいものだ。
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# by higacoch | 2008-07-13 21:04 | 使徒言行録