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2015年10月25日

「互いに足を洗い合う」  詩編41:10、ヨハネ福音書 13:12-20
                              
 10日前に、目の見えない40代の神学生と食事をしました。彼が「若い頃は、まだ良かったのですが、最近は、人が冷たくなったと感じます。人間関係が難しい」と語ったことがショックでした。彼の言葉で、隣人との関係を考えさせられました。
 さて、今朝与えられた箇所は、洗足の出来事に続く所です。十字架にかかられる前夜、イエス様がどうしても弟子たちに教えたかったことが書かれています。これまでは、イエス様が弟子たちに語られ、弟子たちは聞くという関係でした。それを一つの線と考えますと上から下への縦線です。しかし、ここでイエス様は弟子の足を洗われて「互いに足を洗い合わなければならない」と命じられました。この命令は、弟子たちに自分のそばにいる人を意識させられたと考えられます。これは線で考えますと、人と人との関係で、横の線です。これまでの縦だけではなく、横にも弟子たちの目と心を向けさせられました。このように縦の線に、横の線が加わって、まさに十字架の形になりました。
 こうしたことを考えると、信仰者には、互いに足を洗うための、隣人が必要なのです。隣人がいて、始めて互いに足を洗うことができます。もしも隣人を意識せず、いても無関心なら、隣人の足を洗うことはできません。「わたしは一人で信仰を貫く」と言う人がいますが、その人は、このイエス様の洗足とその教えを、もう一度深く受け止め直さねばなりません。イエス様は、この後「互いに愛し合うことは、わたしの掟だ」と言われています。(13章34節)
 さて、18節以降は裏切るユダのことが語られています。しかしイエス様を裏切ったのは、ユダだけではありません。ペトロも他の弟子たちも、イエス様が捕えられた時には、クモの子を散らすようにイエス様を一人残して逃げ去りました。ですから、ユダもペトロも他の弟子たちもイエス様を裏切ったのです。この箇所ではイエス様はユダの罪だけを糾弾しておられるのではありません。ユダの罪を語りながら、人間の罪を語っておられるのです。そして「わたしは、どのような人々を選び出したのか、分かっている」と言われています。ユダや弟子たち、彼ら自身が知っている以上に、イエス様は彼らを知っておられ、そして選び出されました。彼らが自分を裏切ることを知りながら、彼らを、ユダをも選ばれているのです。ですから、ここで罪を犯すユダのことを語られ、ユダを呪っておられるのではありません。裏切ったペトロや他の弟子たちに対しても抱いておられるイエス様の愛があらわされています。(このことは、弟子たちばかりではなく、わたしたちにも通じることです。イエス様は、罪人のわたしたちをも選んでおられることが分かります。)この箇所をユダ一人のことを語られていると理解するなら、それは、とんでもない誤解であり、イエス様の十字架の死、罪を赦すための死を全く理解していないことになります。ユダの罪、それは人間に共通する罪でもありましたが、それを知りながら、イエス様は弟子たちにこうも言われています。「ことの起る前に、今、言っておく。事が起った時、『わたしがある』ということを、あなたがたが信じるようになるためだ」と言われています。「わたしがある」とは、イエス様が神であり、救い主(キリスト)であるということです。「ことが起る前に、言うのだ」と。このことを理解するなら、ここはユダの罪を糾弾されているのではなく、ユダを神の救いへと招いておられます。このことをしっかりと、「ことが起ったとき」に思い起こして欲しい、つまり弟子たちが、イエス様を救い主と信じるようになるためだったのです。
 ここでのイエス様の教え「あなたがたは互いに足を洗い合わなければならない」は、道徳的な教えではありません。イエス様が弟子の足を洗われて示されたのは、イエス様によって罪を赦される者が「互いに愛し合う」という掟なのです。
 またわたしは「互いに」という言葉が旧約、新約聖書のどのようなところに出てくるのかを調べてみました。旧約聖書では「互いに言い合った」とかが多く、争いの場面にでてくることが多いのです。それに対して新約聖書では「互いに愛し合う」が多いのです。この新約聖書の「互いに」は、イエス様が教えてくださったことから、弟子たちが隣人を意識するようになった結果です。イエス様と出会うことで、神との関係の縦の線ができました。その上に、実際にイエス様が、弟子たちの足を洗って「互いに足を洗い合わなければならない」ことを示し、横のつながりを教えられました。そして弟子たち同志の具体的な奉仕を生み出し、パウロが言う「互いに赦し合いなさい。」(エフェソ4:32)へと導かれているのです。
 イエス様は、こうしたことを最後に言い残して、弟子たちのために十字架の上で死んでくださいました。イエス様が弟子たちの足を洗うことによって、イエス様の復活後に、弟子たちは思い起こし、互いに足を洗い合うを実践して、隣人に仕えていきました。この洗足でイエス様が教えておられることは、わたしたちにも示されたものであり、わたしたちも、「互いに足を洗うべき」なのです。
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by higacoch | 2015-10-31 09:43 | ヨハネ福音書

2015年10月18日

「もはや戦うことを学ばない」  イザヤ2:1−5
                               唐澤 健太 牧師(国立のぞみ教会)

 「彼らは剣を打ち直して鋤とし/槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず/もはや戦うことを学ばない」(4節)。
 ニューヨークにある国連広場の壁に刻まれている上記の言葉は、預言者イザヤに「終末の幻」として神から示された言葉である。イザヤは紀元前8世紀に南ユダで活動した預言者であるが、彼が活動した時代は世界史の教科書では「アッシリアの平和」として紹介される時代だ。アッシリア帝国が豊富な財力と強大な軍事力によって支配権を広げ、周辺の小国を傘下に治めていた。アッシリアに追従するか、反アッシリアの立場を取るのか、諸国はもう一つの大国エジプトとの関係を天秤にはなりながら、難しい外交交渉が求められていた。ユダの同胞北イスラエルはシリアと手を組んで、反アッシリアの立場を取り、それが引き金となり前721年にアッシリアによって滅ぼされた。
 大小の戦いがパレスチナ地方で繰り返し起こったがイザヤが預言者として晩年を迎えた前701年、南ユダは最大の危機を迎える。都エルサレムが、アッシリア軍によって完全に包囲され、周辺の町々はアッシリア軍によって壊滅。アッシリアに抵抗を続ければエルサレムも完膚なきまでに破壊され、北イスラエルと同じように国そのものが滅亡に至ることは火を見るより明らかな状況に追い込まれていく。
 この時に、南ユダのヒゼキヤ王はアッシリアに降伏し、アッシリアはエルサレムからあらゆる金銀財宝を奪っていった。何とか南ユダは生き延びたけども、町は滅ぼされ、アッシリアの支配下くだり、アッシリアの属国になった。まさにこの敗戦のただ中で示されたのが、この「終末の幻」なのだ。
 イザヤは大小の繰り返される戦争を経験する中で、争いの行き着く果てに、累々たる屍が積み上げられる現実を知っていた(1:5以下)。だからこそ人を殺す剣と槍が、人の命を育む鋤と鎌という農具に変える「主の道」が決定的な言葉として、痛烈な幻として、彼に迫ったのだ。アッシリアに敗れる経験の中で「もう戦うことを学ばない」という新しい道を神の幻としてイザヤは示された。それは、アッシリアの支配という暗闇の中に、まさに「主の光」として示されたのだ。その道こそ、ヤコブの家、すなわち神の民が歩むべき道だ!
 これは戦後70年を迎え、そして「集団的自衛権」を容認する法律が可決された今、私たちが今一度聞かなければならない神の言葉である。わたしたちの国は、70年前に戦争に敗れた経験から「もはや戦うことを学ばない」ことを決意し、新しい憲法を制定した歴史をもつ。戦争というものの本質をいやというほどに味わいつくした所から、「もう二度と戦争をしない」という決意を新しい出発とした。私たちの国の歴史において「戦争放棄」を謳う日本国憲法が与えられたことは、「剣を鋤とし、槍を鎌とする。もはや戦うことを学ばない」とイザヤに示された神の終末的幻をこの地上において目指していく目標として与えられたのだと受け止めることができる、と私は思う。
 平和のためには武力が必要だという声は大きい。それこそが現実的な「平和」への道だという。「積極的平和」という言葉で国のリーダーたちは語る。しかし、それは本当に現実的なのだろうか。政治学者のダグラス・ラミスさんは、「20世紀ほど、ほとんどの人がみんなの安全を守る現実的な方法は、国家の体制を整え、軍事力を強化することだと信じていました。そして、世界の人々は実際にそうしたのです。その結果はどうだったでしょうか? 20世紀は安全でしたか? 20世紀はそれまでのどの世紀よりも多くの人の命が戦争によって奪われた世紀だった」と指摘している。「現実的に」というならばこの歴史の現実を直視しなければならない。私たちには、「新しいアイデア」が必要なのだ。「もはや戦うことを学ばない」と決意した平和憲法、とりわけ憲法9条は新しいアイデアなのだ。
 昨年、「憲法9条にノーベル平和賞を」という運動が展開され、憲法9条を守ってきた日本国民がノーベル平和賞の候補にノミネートされた。今年も受賞は逃したが、ノミネートされていた。この運動の発端は一人のキリスト者の女性である。彼女はオーストラリアに留学時代に戦火を逃れて難民となった人々と多く出会い、戦争に巻き込まれる悲惨さを知らされ、大変衝撃を受けた。
 帰国後、結婚し子どもを授かる中で、「戦争になったら子どもが泣く。世界中の子どもたちを守るため、戦争をしたくない」との思いを強くし、」改めて憲法ついて学ぶと、これは聖書に書いている教えと響き合うものだと心の迫るものを覚えたという。自分にできることは何かと考える中で、返事など期待せずに、一通のメールをノーベル平和賞委員会に送ると丁寧な返事が来て、そこからあれよ、あれよと運動が展開していったという。
 彼女のまっすぐな信仰がこの出来事を引き起こしたのだと思う。結果がどうかはわからないけども、すでに多くの人がこの運動を知り、改めて私たちの与えられている「非戦」の誓いを誇りにしていくことを受け止めている。私たちは国際的な政治学者でもないし、経済学者でもない。一人の小さなキリスト者だ。キリスト者は神の言葉に従う。神の国の幻を見て生きる者たちだ。「もはや戦うことを学ばない」。この御言葉をこの朝の私たち一人一人の心からの決心としよう。平和はその一人一人の決心によって支えられるのだから。
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by higacoch | 2015-10-23 09:19 | イザヤ書

2015年10月11日

「生きるとは」 ヨブ記 42:1-6、フィリピの信徒への手紙 1:12-30
                              
 人生、生きているといろんなことが起ります。想定されたことはある面では驚きませんが、想定外のことが起れば「えっ!!どうして」と驚いてしまいます。それが良い出来事なら嬉しいのですが、その逆だった場合、自分は不幸だと思ってしまいます。そしてわたしの人生は不運なものだと思い込んでしまうのです。
 私は、2年前の7月11日、東八道路上で高齢者の方が脇見運伝して道路の縁石にぶつかり、その反動で車が二車線の中央に直角に止まってしまって後続車を堰止めてしまいました。それで私はその方に声を掛けて、事故車の後ろに回り、左足で踏ん張って車を押して動かそうと力を入れました。するとその瞬間、不気味な音とともに左足のアキレス腱を断裂してしまいました。これは私にとって全く想定外の出来事でした。こうした想定外の出来事は誰にでも起ります。伝道者パウロもある出来事を通して思いもよらぬキリストの働きを知り、それによって一層、信仰の確信に至り、さらにキリストの福音の伝道に励んでいきました。このパウロの体験を共に学びます。
 今朝の箇所は、パウロが獄中から書いた手紙です。パウロは以前ユダヤ教の熱心な信奉者で、キリストを信じる信仰者を容赦なく、女性や子どもたちも牢屋にぶち込んでいました。そんなパウロが復活のキリストに出会って、復活のキリストを信じる者となりました。ですから、ユダヤ教の人々には憎まれ、ローマ人からも嫌われ、ついにはローマ皇帝のキリスト者迫害の嵐の下で、パウロは囚われの身となりました。こうしたことは、パウロにとっては想定内、十分予測できる出来事でした。なにしろ当時、多くのキリスト者たちは迫害を受けており、獄に投げ込まれていましたから。そのパウロが獄中生活をしている中で予想だにしなかったことが起りました。それはキリストの福音伝道が後退してしまったのではなく、反ってその逆に、キリストの福音が前進したのです。このことはパウロも驚いたことでしょう。パウロが投獄されたことで、キリストの福音が兵営全体に知れ渡り、囚人たちやローマ兵たちにも伝わり、その町の信仰者たちにも勇気を与え、伝道への熱意を奮い立たせました。これは想像もできなかったことでした。復活のキリストがパウロを用いて伝道を為されたのです。パウロは、キリストが生きて働かれて、自分を用いてくださったことを確信しました。だからパウロはフィリピの教会の人たちに知らせたかったのです。「わたしの身に起った獄中生活が、福音の後退ではなく、かえって福音の前進に役立ったと知ってほしい」と。これはパウロにとって思いもよらない主の恵みでした。この体験したパウロは、「わたしにとって生きることは、キリストである」と言い切っています。パウロにとっては生きることは、自分が生きているというよりは、キリストによって生かされているという思いを持つようになりました。それ以外は考えられなくなっていました。
 私はアキレス腱断裂の事故の後、生活の上では不便なことが多くありました。でも、この想定外の出来事によっていろいろなことを教えられました。介護福祉士のわたしにとって大切な体験であり、高齢者の方々の疑似体験をさせて頂いたと思っています。足腰が弱った時にはどうなるのか、歩き方、体のバランスが取りにくさ、立ちあがりや階段の上がり下がり、一つ一つを実体験させて頂きました。事故による体験は、まさに神様の恵みなんだと教えられました。
 最後に、パウロが頂いた思いもよらない神様の恵みを受け止めたいのです。パウロが獄に投げ込まれたことによる体験は、パウロの心の奥から生じる喜びを生み出しました。それは、今も生きて働くキリストを実感し、キリストが自分を生かしてくださっているという確信による喜びが与えられました。キリストは今も生きておられ、働いて下さっているという生活体験、信仰体験からの喜びです。こうしたキリストの霊の働きは、パウロの上に働かれたように、今もわたしたちの上にも働いてくださっています。伝道者パウロは、別の手紙、ローマの教会の人たちに送った手紙で「 神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。」と言っています。私たちにとって、不運の人生はありません。それは、ただキリストの働きを見出せないでいるだけなのです。キリストは、あなたを愛し、あなたを用いて福音の前進を進めておられます。
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by higacoch | 2015-10-17 17:53 | フィリピ

2015年10月4日

「喜ばれる者」 詩編65:2-5、 コリント二 5:1-10
                              
 先主日は、召天者記念礼拝を捧げました。イエス様の言葉「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は死んでも生きる」から、死は決して終わりではなく、また死の後、何もないのではなく、死後に復活があり、新しいいのちに生かされると話しました。イエス様も「生きた」ではなくて、「生きる」ということをよく語られました。ですから、わたしたちの死も、決して終わりではなく、死は新しい命への入り口であり、死を通して新しい命が始まると語りました。先主日はイエス様の言葉を通して学び、今朝はパウロの言葉を通して、生と死、死後を学びます。
 パウロは、人が地上で生き、死んでいくこと、そして死後のことを二つのたとえで語っています。一つは建物、もう一つは着る物ですが、ここで語られていることは、少々難しいのです。建物では、幕屋のことが出てきます。幕屋とはイスラエルの民がエジプトを脱出し、荒野を40年間旅をした時に神が住まれる所として、簡単に造られたものです。ここでは神が住んでくださるわたしたちの体を現わしています。パウロは「幕屋が滅びても、神によって建物が備えられている」と言って、死を迎えても神によって住む所が与えられていることを知らせています。そう言ってから、すぐに「天から与えられた住みかを上に着たい」と言っています。ここでは着物を上から「着る」という表現をしています。
 私は特に5節の言葉に注目したいのです。「わたしたちを、このようになるのにふさわしい者として下さったのは、神です」と言っています。あなたがたが、自分の知恵や知識や能力で、相応しい者になったのではないとはっきりと言っています。人は罪を犯しますし、これからも罪を犯しますので、どうしても神の御心にかなう相応しい者になれません。もしも神の憐みがなければ、誰一人として救われる者がいないのです。しかし神が御子イエス・キリストをこの世に送り、キリストの十字架の死による贖いによって、わたしたちは憐みを受けたのです。人が相応しい善行をしたからではありません。むしろ、わたしたちは神に背を向けて、神から離れて生きていました。そんなわたしたちをイエス様は近づいて天国の教えを説き、そしてすべての人のために、自らの命さえも捧げてくださいました。そのことによって相応しくない者が、相応しい者とされたのです。
 こうした「着る」という表現には、深い意味が込められています。ガラテヤの信徒への手紙3:27節にもありますが、「キリストを着る」ということは、キリストに結ばれて洗礼を受けることでした。わたしたちには、洗礼を受けて清められるというイメージが強くあります。水で罪が清められて、真っ白くなるという考え方は、カトリック教会が教える洗礼の出来事の意味です。生まれてからの原罪、もともと持っている罪などが、洗礼によって清められて、全くの清い存在になると考えるのです。では、洗礼後には罪を犯さないかというと、罪を犯します。それを自分の罪ということで自罪と言います。しかし、わたしたちの教会の信仰告白では、全く清められて罪のない者になると信じていません。カンバーランド長老教会の信仰告白の「義認」という条項(4.14)があります。そこには、洗礼は、キリストという服(ガウン)を罪人であるわたしたちが着るというイメージがあるのです。中身のわたしたちが、清められて白くなるというのではなく、そのままのわたしたちがキリストのガウンを着ることによって、キリストに覆われて、神によって義と認められるというのです。ですから、洗礼を受けても全き義人になると言うのではなく、罪人のままで、一方的にキリストのものとしてくださり、義い人間と認めてくださるという意味です。
 ただ、パウロの時代にも、洗礼を受けて、神に罪を赦してもらったのだから、もう何もかも自由に勝手にしていいと受け止める人たちがいました。こうした人たちに、パウロは頭を悩ましていました。そんなパウロは、地上では、信仰生活をすることで、苦労も多いし、苦しみもだえることもあり、苦しんでいるというのです。そういう状況の中で、神が約束してくださったものは、天国での住みかであり、神が、その住みかに相応しい者にして下さったと強調しているのです。だから、今、地上での命があっても、ひたすら、わたしが求めるのは、主なる神に喜ばれる者でありたいと願うのだと言っているのです。神から離れることもある、しかし、またそこで、悔い改めて、何よりも神に喜ばれることを求めて、神の下に帰っていくこと、これは具体的に言うのなら、神を礼拝すること、神の言葉を聞くこと、神の言葉に従うこと、なのです。このパウロが人生のモットーとしていることは、コリントの教会の人たちにも、またわたしたちにも、通じることです。わたしたちも、信仰の揺れがありますが、その時に一番に帰るところは、神の所なのです。それは、放蕩息子の譬えからも教えられていることです。放蕩息子であれ、放蕩娘であれ、神から離れたものが、一番、戻るべきところは神の所です。それは教会といってもいいでしょう。
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by higacoch | 2015-10-10 16:37 | コリント