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2015年7月26日

「天からのまことのパン」  詩編68:2-11、ヨハネ福音書6:22-33

 今日は、わたしたちの教会の創立記念主日です。51年前1964年、市内のここではなく、中町の借家で開拓伝道が淵江先生によって始められました。最初の礼拝の日が7月26日、説教題は「信仰と望」、マタイ福音書25章1~13節、十人のおとめの譬えのところでした。礼拝出席者は11名と報告されています。昨年、伝道50周年の節目の年を迎えて、これまでの東小金井教会の歩みを調べ、記念誌をまとめました。こうした作業が実を結んで、三つのことが与えられました。一つは、創立記念主日です。二つ目はわたしたちの教会の讃美歌(荒瀬牧彦師作詞)。三つ目は、伝道50周年記念誌発行です。創立記念主日の礼拝を捧げることは、東小金井教会の原点に帰ることであり、主の福音を喜んで伝えていくという思いを新たにできるでしょう。来年も7月26日にもっとも近い主日を創立記念主日として覚え、初めの伝道の原点に戻って、喜んで歩んでいきたいと願います。
 さて、今朝与えられた箇所から、同じ原点でも、信仰の原点を学びたいのです。ここは、6章のはじめにイエス様が示されたしるしとの関係があります。男だけでも五千人の人たちが、イエス様から、パンと魚を頂いて満腹する程にパンと魚が増えたというしるしです。その後多くの人たちは自宅に帰ったでしょう。しかし、帰らずにそこに残った人たちがいました。その人たちはイエス様から再び、食べ物を頂きたいと思ったのです。彼らは、夕方まではイエス様と弟子たちがいたことを知っていましたが、その後、どうされたかは解りませんでした。そして翌朝になって、弟子たちとイエス様がいらっしゃらないことに気づきました。そこにイエス様に会いたいと願って一日遅れで、船でやってきた人々がいました。この二種類の人々は一緒になって、イエス様の居所を捜し求め、イエス様がカファルナウムにおられることを突き止めて、そこにもやってきました。イエス様は、彼らにストレートに「あなたがたが、わたしを探してやってきたのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからだ」と辛辣なことをおっしゃいました。その後、彼らのために「いつまでもなくならないで、永遠の命に至る食べ物のために働きなさい」と勧められました。すると「神の業を行うためには、どうしたらいいですか」と聞いてきましたので、「神がお遣わしになった者を信じることが、神の業だ」と示されました。
 ここで、しっかりと知らなければなりません。神様がお遣わしになった者とは、イエス様です。ですから、イエス様を信じることは、神様の業だということです。人間の業ではありません。自分が自分自身の決断で信じたのだから、自分の業、人間の業だと思っている人が多いのですが、それは違います。イエス様が、ここで、はっきりと言われているように、神の業なのです。神様が、あなたの上に働いて、イエス様を信じることができたのです。自分が自力で信じたのではありません。信じるということは、神の業であり、神の恵みです。そして、「神様が、あなたの上に、働かれた」ともいいかえることができます。神様の働きがなければ、人は、イエス様を信じることができないのです。人は、口だけで、「わたしはイエス様を信じます。」と言う人がいるでしょう。しかし、周り人には、それが口さきだけの人の業なのか、神の業なのかどうか、区別することはできません。けれども、神様にはお出来になります。だから、人は、やたらに「あの人の信仰は、うわべだけだ、うそだ」とか、安易に判断してはならないのです。そのようにして人を裁く人は、自分自身の信仰を問い返すべきです。この点が、神の業を受け止めることの大事な点です。
 この後、彼らはイエス様に「それでは、わたしたちが見て、あなたを信じることができるように、どんなしるしを行って下さいますか。」と尋ねました。これは「見て解るしるしを示してください、そうしたら、信じます」ということです。「信じるためには、どうしても、解るしるしが必要なんです」と言っているのです。そして、こうも言いました。「わたしたちの先祖は、荒野で、何も食べるものがない時、天からマナという綿菓子のような食べ物が降ってきて食べることができました。」これはまさに、見て解るしるしを求めています。これを聞いてイエス様は、もう一度、念を押すように「はっきりと言っておく。このマナの食べ物のしるしは、預言者モーセが与えたのではありません。モーセではなく、私の父が与えたのです。私の父が天から与えてくださるのは、マナではなく、まことのパンである、神のパンを与えてくださいます。そのパンは、あなたがたにいのちを与えるパンなのです。それは永遠の命に至るパンである」と言われています。
 わたしたちの信仰の原点は、神の業としてのイエス様を信じることであり、初めの伝道所開設を覚えることは、福音伝道の原点であります。よき訪れ(福音)を、喜びを持って、伝えていきましょう。
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by higacoch | 2015-07-31 16:43 | ヨハネ福音書

2015年7月19日

「わたしだ。恐れるな」 詩編54:3-9、ヨハネ福音書6:16-21
                              
 今朝は、イエス様が弟子たちに言われた言葉、「わたしだ。恐れるな」をそのまま説教題にしました。この「わたしだ。恐れるな」という題名は、大きく分けますと二つ。一つは「わたしだ。」であり、もう一つは「恐れるな。」です。この二つのどちらも、とても重要な言葉です。
 最初の「わたしだ」というのは、元々のギリシア語で言いますと、「エゴー、エイミー」と言います。エゴと言うのは、今でもエゴイズムとか、あの人は、エゴが強いとか言います。つまり、私と言う意味をもつ言葉です。ここでは、「エゴー、エイミー」と連合して使われていて、二つで一つとして考えます。こうした連合した言葉は、特別な用語であり、当時のユダヤ世界では、人が使ってはいけない、神様だけが使うことができる言葉でした。ですから、もし人間が使ったなら、危険な状況になります。
 こうした人が口に出せない言葉は、日本にも戦前、戦中ありました。それは、天皇しか使えない「朕」です。誰かが「朕は苦しくない。そばに寄れ」とか「朕は満足じゃ」などと、人々の前で、自分を「朕」と呼び、語ったならば、すぐに憲兵が捕まえ、獄に投げ入れたでしょう。現人神(あらひとがみ)の天皇を冒涜した廉(かど)で、殺されたかもしれません。戦中の教育勅語の教育を受けた人には、今でも「朕」という言葉だけは、口が裂けても言えないという人が多いのです。それほどの徹底した軍事教育が行われていました。
 もう一つの言葉は「恐れるな」です。この言葉も福音書には、そう多くはありません。しかし、これは重要なところで語りかけられています。この言葉を語られたのはイエス様だけではなく、天使も、父なる神様も、聖霊なる神様も語っています。一番良く知られているのは、クリスマスの時、天使が当時の最下層で低所得者であった羊飼いたちに語った言葉です。天使は最初に「恐れるな」と語りかけ、それから「わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日、ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである」と続けています。このように、弱い立場にいるものや、苦しんでいる者たちに、語りかけられているのです。
 こうした二つの言葉を受け止めながら、今朝の箇所を学んでいきたいのです。イエス様は、この日、日中は人々に囲まれて、ひとしきりお話しをされました。そして、集まった大勢の人を見て、手許にあった5つのパンと2匹の魚をどんどん分け与えて、ついには、男だけで5千人に、(女性や子供も数えたら、1万人以上の人に)与えられました。その後に、イエス様は山に退き、一人で祈りを捧げられました。弟子たちは、イエス様が戻ってこられるのを待ちましたが、時は過ぎ、あたりは暗くなってきました。そこで、弟子たちはイエス様を船に乗せないで、自分たちだけで出かけました。すると、突然に風が吹き出してきて、船は転覆しそうになりました。イエス様は、そうした船を見て、傍観されたのではありません。水の上を歩いて、船に近づいてくださいました。弟子たちはイエス様の姿を見て、幽霊だと思いました。そこで、イエス様は「わたしだ。恐れるな」と語りかけられたのです。
 弟子たちは、イエス様がいなくても自分たちの知恵で、経験で、向こう岸の目的地に行けると思って出かけました。ですが、突然の風に煽られて転覆しそうになりました。ここには人間の限界が示されています。そして船は、よく教会にたとえられます。イエス様を乗せていない船は、イエス様の言葉に従っていない教会を示すのです。そんな教会が時代の荒波に転覆しそうになるのは、イエス様を信じないで自力で生きようとしているからです。また船は、私たち一人一人のことでもあります。わたしたちも、イエス様を信じて歩んでいると自分では思っていても、いつしかイエス様を船にお載せしないで、生きてはいないでしょうか。いつの間にか、自分の知恵で生きていけると思い込んでしまったりしないでしょうか。もし、そうなら、もう一度、信仰の原点に戻って、イエス様を自分の船に載せて、人生の航路を進んでいくようにしましょう。
 最後に「わたしだ。恐れるな」の言葉は、イエス様が、神であることを弟子たちに示されたことでもありました。人間として、弟子たちを助けるのではなく、神として助けることをはっきり示して、「恐れるな」と語り掛けられたのです。この言葉の奥にあったイエス様の心は、彼らが滅びないで、再びイエス様を見上げて、生きるようになるための愛でした。私たちが、私が、滅びないで、生きるようになるためでした。イエス様が、あなたを救う人間ではなく、神様であることを示し、あなたを救うために「わたしだ。恐れるな」と語られたのです。しっかりとイエス様を信じて歩んでいきましょう。
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by higacoch | 2015-07-25 10:05 | ヨハネ福音書

2015年7月12日

『主の作られる神の家 』  サムエル記下7章1-17節、使徒7章44-50節
                                     伊能 悠貴 教職志願者

 サムエル記とはどのような特徴のある書物でしょうか?一言で言いますと、「非常にむずかしい」書物であります。描かれている物語がよかった出来事なのか?悪かった出来事なのか?とても判断しにくいのです。サムエル記下7章も、判断がむずかしいことが起こっていると言えます。ここでは、旧約聖書で英雄とさえされる王ダビデが、主のために家を建てようと心に思うところから話が始まっています。ダビデは7章2節でこのように言っています。「見なさい。わたしはレバノン杉の家に住んでいるが、神の箱は天幕を張った中に置いたままだ。」ダビデは、「神さまを差し置いて、自分だけがレバノン杉の家に住んでいるのは良くない。神のために家を作ろう」と思った訳です。ダビデ自身、自分では道徳的な良い思いとして、神殿を建てようと思ったことでしょう。人の目から見れば素晴らしい思いだと思えるかもしれませんが、主の目からすると、悪い思いとは言えないにしても、主の思いに沿ったものではなかったようです。預言者ナタンに与えられた主の言葉の中ではこう言われています。5節の後半から。「主はこう言われる。あなたがわたしのために住むべき家を建てようと言うのか。わたしはイスラエルの子らをエジプトから導き上った日から今日に至るまで、家に住まず、天幕、すなわち幕屋を住みかとして歩んできた。わたしはイスラエルの子らと常に共に歩んできたが、その間、わたしの民イスラエルを牧するようにと命じたイスラエルの部族の一つにでも、なぜわたしのためにレバノン杉の家を建てないのか、と言ったことがあろうか。」 
 主なる神はこれまで一度も「わたしのために家を建ててくれ」などと言ったことはありませんでした。むしろ主は「イスラエルの子らと共に歩んできた」と言われています。「歩き回ってきた」という訳せる言葉であります。おそらく創世記3章を意識して描かれたのでしょう。どこへでも行くことのできる方、誰からも縛られずもっとも自由なお方、それが神さまであります。それにも関わらず、ダビデが願った「主の家」とは、どういったものなのか。無意識の内に主を独占する思いも生まれてくるような、きわめて危険な香りがダビデの神殿建設の願いに垣間見えるのです。そのような神を独占するような姿の代表例がファリサイ派や律法学者のような人々と言えます。そして説教者の陥りやすい姿でもあります。御言葉を扱う者は神の前に立っているつもりであり、欠かさず10分の1のささげものを捧げているつもりであり、神の与えられた律法を守っているつもりであります。しかし結局自分たちのしていたことは、自ら作り上げた学問や立場によって「人を縛り上げ」そして「神をも縛り上げよう」というところに無意識にも陥ってしまっていたのでしょう。
 私たちが「教会」に集まるということ、「神さまを知る」ということ、これは人生における、何にもまさる祝福であります。しかし私たちは「教会」を、「主なる神」を、どのような目で見つめていますでしょうか?祝福のうちにいることは事実でありますが、同時に吟味を絶やさない目を持ち続けたいものです。
 では、人は何もしない方が良いということになるのでしょうか?いえ、主はダビデに「お前の願いは悪しきものだから、何もするな」とは言われませんでした。「主はあなたに告げる。主があなたのために家を興す。」とサムエル記下7:11の後半に書かれています。逐語的に訳してみますと、「たしかに家を、あなたに作るだろう、主が」となります。「家」という語が非常に強調されつつ、「ダビデが家を建てよう」と言っていたことに対し、「主が家を、作るだろう」と言うのです。
 主の言われた「家」とは、建てられた物というよりもむしろ、「家族、民族、王国」という意味であったと考えられます。新約聖書を引用するならば、「わたしたちの本国は天にある」(フィリピ3:20)と言ったパウロのイメージに非常に近いのでしょう。このサムエル記の預言の成就が、キリストによってもたらされ、今、私たちの上にも「一つの普遍的な教会」として与えられているのです。私たちは預言の成就なのであります。そして、完成へと向かう者なのです。永遠である主の言葉を慕う者とされた私たちはなんと幸いなものなのでしょうか。「たしかに家を、あなたに作るだろう」と主は言われました。この言葉に聞き慕う者として、この言葉の成就なる者として、わたしたちはどのように過ごしたら良いでしょうか?
 私のおすすめとしましては、「自分の作り上げるものではなく、主の作られたものを、いつでも受け入れる態度を持つ」ということです。自分の計画ではなく、主の計画に身をゆだねることのできるものとして、主の家にこころ躍らせながら今週も歩んでまいりましょう。
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by higacoch | 2015-07-18 16:19 | サムエル記

2015年7月5日

「主の言葉を信じて生きる」  詩編42:14-21、ヨハネ福音書4:43-54
 
 先週の月曜日、教会員の方々と群馬県にある富弘美術館に行きました。「富弘」とは星野富弘さんのことですが、富弘さんは、中学校の体育の先生として赴任した年に、器械体操中に頭から落ちて、首から下が麻痺し、手や足が全く動かなくなりました。そして9年間の入院生活を強いられました。その入院中に、初めはサインペンを口にくわえて文字を、その後、絵筆を口にくわえて絵を描き始められました。そして絵の個展を行い、人に知られるようになり、見た人に感動を与え、さらに絵に詩を書き添えました。その詩画が見る人にさらに感動を与えて、いつしか、個展があちらこちらで行われるようになり、全国の多くの人々に知られるようになられました。帰宅してから、買ってきた本2冊の本を見ながら、富弘さんの詩には「生きる」と言う言葉がよくあるんだなと思いました。たとえば「痛みを感じるのは、生きているから、悩みがあるのは、生きているから。傷つくのは生きているから、私は今、かなり生きているぞ。」とか、「何のために生きているのだろう。何を喜びとしたら、良いのだろう。これからどうなるんだろう。その時、私の横に、あなたが一枝の花を置いてくれた。力をぬいて重みのままに咲いている美しい花だった。」と。
 さて、今朝、与えられましたヨハネ福音書の箇所には、役人の息子が死にかかっていたと記されています。父親である役人はユダヤの王に仕えている人でしたが、当時ガリラヤ地方を支配していた王はヘロデ王ですから、役人がイエス様に近づくことは危険な行動でした。それにもかかわらず、この人は瀕死の息子を前にいてもたってもいられず、イエス様に近づいたのです。息子の命を助けたい一心からだったでしょう。
 その役人がイエス様の所にやってきて言ったでしょう。「イエス様、私の大事な息子が死にかかっています。どうか息子の命を助けてください」と。しかしイエス様は「では、行きましょう。あなたの息子の所に」とは言われませんでした。最初には「あなたがたは、しるしや不思議な業を見なければ、決して信じない」と言われたのです。見なければ、信じない。これは、人間の不信仰さの指摘です。人は、聞かされるよりは、見せられた方になびくのです。見せられると信じるのです。自分の目の前で、しるし(いやし)を見せられれば信じるのです。
 イエス様の同郷の人たちはしるしを求めてイエス様の所にやってきました。この父親もそうでした。ですから父親は「主よ、子供が死なないうちにおいでください」と重ねて言いました。それでも、イエス様はいやしてあげましょうと一緒に出かけられはしませんでした。そうではなく、ただ一言「帰りなさい。あなたの息子は生きる」と言われました。普通だったら、何度でも「イエス様、お願いです。来て下さい。いやしてください。しるしをみせてください。」と必死に頼むでしょう。しかし父親はそうはしませんでした。イエス様の言葉に従って来た道を引き返しました。諦らめたのでしょうか。そうではありません。イエス様が言われたことを信じて、家路に着いたのです。そして帰りの途中で、驚くべき知らせを受けました。なんと、家で仕えている者が「息子さんは生きている」と告げたのです。
 どうして、あの瀕死の息子が助かったのだろうと思い巡らし、ひょっとしたらと思ったのです。そこで僕に「いつ良くなったのか」と尋ねました。それは、自分がイエス様の言葉を聞き、その言葉を信じて、方向転換した時でした。イエス様の言葉を信じて歩き始めた時、息子の上にしるしが現れたのです。父親はしるしが現れたから、イエス様を信じたのではありません。そうではなく、イエス様の言葉を信じて歩み始めたその時、しるしが現れたのです。しるしを見たから信仰が与えられたではなく、イエス様の言葉を信じたからこそ、そこにしるしが与えられたということです。これは、私たちの信仰生活もそうです。ある条件を出して、その条件が満たされたならば、信仰に入るのではありません。そうではなく、見ないでもイエス様の語られる言葉を信じて、生きることです。そうして生きることこそが信仰に生きていくことなのです。イエス様が、人に求められたのは、イエス様の言葉を信じて生きることでした。しるしを見てから、信じることではなかったのです。
 イエス様は地上の最後の時に人々に大事なことを見せられました。ユダヤの指導者たちが「お前が神の子なら、その十字架から降りてこい。降りてきたなら、お前を信じてあげよう」としるしを求めてきた時に、イエス様は、彼らが求めるようなしるしを見せられたのではありませんでした。十字架にかかったままで「彼らを赦して下さい。彼らは自分が何をしているのか解らずにいるのですから」と執り成しの祈りをしながら死んでいかれました。人々が目を見張るようなしるしを示されたのではなく、彼らを受け入れ、彼らの罪を赦し、執り成しの祈りをして、神の愛を示されたのです。イエス様が示されたのは、しるしではなく、罪の赦し、執り成しの祈りでした。それは人々が神の愛によって生きるようになるためでした。イエス様は人を生かす言葉を語られました。それは一人でも多くの人が神の国に生きようになることを願われたからです。わたしたちも、イエス様が愛をもって語られた言葉を受け入れ、イエス様を信じて生きて行きましょう。
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by higacoch | 2015-07-11 14:56 | ヨハネ福音書

2015年6月28日

「平和の王」  ゼカリヤ9:9-10、ヨハネ福音書12:12-15
                             
 本日は、「賛美主日礼拝」です。今回のテーマは平和にしましたので、平和の賛美を歌い、平和のために祈りを捧げました。平和をテーマにあげましたのも、カトリック中央協議会が出した小冊子の表紙に「今こそ、武力によらない、平和を」の言葉に心から共感したからです。この小冊子には、これまでの10年毎のメッセージが載せられています。戦後50年では、「平和への決意」が語られ、60年では「非暴力による平和への道」を求めて語られ、そして戦後70年の今年は、「平和を実現する人は、幸い」と掲げています。この言葉はイエス様自身から出た言葉です。そして「そのような人は、神の子どもと呼ばれる」と祝福の言葉を語っておられます。
 さて、今朝、与えられて聖書箇所、旧約聖書のゼカリヤ書には、二人の王が、考えられています。一人は、戦いの王、力の王であり、片方は、平和の王、柔和な王です。ただ、戦いの王は、ここで直接的に語られているわけではありません。平和の王を浮き彫りにするために、戦いの王が前提として考えられています。その点を考えて御言葉を読んでいきましょう。
 「見よ、あなたの王はくる。雌ろばの子であるロバに乗って/諸国の民に平和が告げられる」とあります。こうしたことで、ロバの子に乗ってくる王は、平和の王です。それに対して「わたし(神さま)はエルサレムから軍馬を絶つ」とあります。ここに馬が記されています。ロバの子に対して、馬が記されていることから、戦いの王は、馬に、つまり、軍馬に乗ってやってくるのです。旧約聖書の時代、馬は戦争に使用されています。ですから「軍馬を絶つ」とは、まさに戦争を絶つことです。実際、イスラエルの歴史の中でも、アブラハムの時代には、馬はほとんど用いられていませんでした。しかし、時代が進み、諸外国と戦争をするようになった頃から、馬が軍馬として用いられ、ダビデ王は騎兵隊1700人を用いて、勝利を得ていますし、ソロモン王に至っては、騎兵用の軍馬は12,000頭を持っていたと聖書には記してあります。
 それに対して、ロバはいろんなことで使われました。たとえば、荷物の運搬、乗り物、農作業、粉ひき、戦争、繁殖に用いられました。戦争に使われたと言うのは、軍馬のように戦闘の場面ではなく、後方支援、つまり食料、荷物、その他の軍事品の運送のために使われました。
 戦いの王が敵国に勝利して都に凱旋する時には、軍馬にまたがってやってきました。その点、平和の王は高ぶることなく、ロバの子に乗ってやってくると預言されていました。今朝のヨハネ福音書の箇所ではゼカリヤ書の預言のように、イエス様が都エルサレムに入城して来られました。
 第二次世界大戦後、国際連合が組織されて、国連の平和の壁に刻まれた言葉を思い起こします。そこには「彼らは、剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」(イザヤ書2:4)とあります。戦争道具を農耕用具に変える、戦争を終結し、平和な農作業に従事する、と言うことです。
 イエス様は、ロバの子に乗られました。戦いの王は軍馬に乗り、高い所から人々を見おろし、威勢よく、兵隊たちを従えて行進しました。その点、子ろばに乗ったイエス様は、人の目の高さよりも低くなり、下から見つめ、民衆と共に都に入ってこられました。イエス様は人を威圧することも脅すこともなく、人々に近づき、弱いものを受け入れ、そうした人々の側に立って歩まれました。上から人を支配するのではなく、下から、人々に仕え、人々を愛されたのです。人々を裁くのではなく、自ら人々の罪の重荷を負い、人々の罪を赦して、父なる神様に自らの身を捧げて死んでいかれました。ここに愛があります。このようにしてまでも愛されたのは、愛によって人々が生きるようになるためでした。敵と称される人々を打ち倒し、殺して、力によって平和を作りだされたのでは決してありません。それとはまったく反対に、敵と言う隔ての壁を取り除き、人々を愛して、自らを犠牲にして、平和を作りだしてくださったのです。
 イエス様の時代に、ローマ帝国によって平和が与えられたと言われますが、それは軍事力によって創り出された、力による平和でした。憎しみを力で抑えた平和であって、決して本当の平和ではありませんでした。真実の平和は、人々が喜び、平安の中で、自らの人生を作り上げていく世界にあります。イエス様による平和だと私は信じています。イエス様によって創り出された平和を、この地上で祈り求めて行きたいと願ってやみません。平和の王はイエス様です。イエス様が教え、開いてくださった平和を祈りつつ、平和への道を小さくても創り出していきましょう。
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by higacoch | 2015-07-04 17:06 | ヨハネ福音書