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2014年7月27日

「キリストの律法」     サムエル記上24:8-18、ガラテヤ6:1-10
                             
 今朝のガラテヤへの手紙を書いたパウロはイエス・キリストに出会って、自分の生き方のヒントをいくつか学んだというのではなく、生き方そのものを根底から変えられた人です。彼は元は律法学者でありました。モーセによって神から与えられた律法を「神の律法」と呼びました。それには「これをしてはならない」という表現が多くありました。たとえば「隣人に嘘をついてはならない」とか、「隣人のものを欲しがってはならない。」とかです。つまり禁止命令でした。それに対して、イエス・キリストが与えた律法は肯定命令でした。たとえば、律法の第一の戒めは「心をつくし、精神をつくし、思いをつくし、力を尽くして、あなたの神を愛しなさい。」と同時に「隣人を自分のように愛しなさい」でした。つまり「してはならない」ではなく、「しなさい」でした。イエス様は、こうした積極的な戒めを具体的に、十字架にかけられる前夜に弟子たちに与えられました。「(あなたがたは)互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」と。パウロは微妙に昔ながらの律法とイエス様によって与えられた律法を分けて使っています。前者を「神の律法」と呼び、キリストによる律法を「キリストの律法」と呼んでいます。こうした「キリストの律法」という表現は、多くの手紙の中でも二度しか使われていません。今朝の箇所と、もう一つが、コリントの信徒への手紙一の9章21節です。(9章19~21節は、マルチンルターの「キリストの自由」の根拠となった箇所)
 イエス様は「互いに愛し合いなさい。」と教えられました。「愛する」と言った時に、こちらから相手を愛していくのです。相手がまずわたしを愛してくれた時に初めて、こちらも愛するのではありません。積極的な愛であり、見返りを求める愛ではありません。
 今朝の箇所で「キリストの律法」が語られていますが、パウロはイエス様が言われた「互いに愛し合いなさい」をもっと解りやすく、「互いに重荷を負い合いなさい」と教えています。この少し前の5章13、14節には、「 兄弟たち、あなたがたは、自由を得るために召し出されたのです。ただ、この自由を、肉に罪を犯させる機会とせずに、愛によって互いに仕えなさい。律法全体は、「隣人を自分のように愛しなさい」という一句によって全うされるからです。」と言っています。愛するとは仕えることであり、また重荷を負うことでもあるのです。これが神様の霊によって生きるキリスト者の生き方なのです。
 そこには、相手を受け入れることが含まれていますし、相手の罪を赦すことも含まれています。ただ鵜のみして罪を赦すことだけをするのではありません。柔和な心で、相手が正しい道に立ち帰らせるようにするのです。「反ってあなた自身が、その罪に誘惑されないように自分自身に気をつけなさい。」とも教えています。互いに重荷を負うこと、そのようにしてこそ、キリストの律法を全うするのだと。
 重荷という言葉はギリシア語のバロスという言葉が使われています。これは過ちに陥る誘惑や誘惑に落ちた結果の悲しみや苦しみを指します。だから互いに重荷を負いあうということは、過ちに陥ったものの悲しみや苦しみを心から思いやり、そして彼が信仰の道に回復できるように助け励ますことなのです。もしも自分の方が、相手を受け入れて上げていると思うのなら、その人は、自分自身を良く知っていません。人が相手に対して、優越感に浸る時、キリストの恵みを良く知らなければならないのです。あなたの罪のためにもキリストは死なれたということを。
 パウロは、こうも言います。「各自、自分の行いを吟味してみなさい」と。自分の行いを相手と比べてうんぬんするものではありません。そうしていく時、人は浅はかな優越感に浸るようになるのでしょう。自分の行いは他人との比較ではなく、神様の前に置いて吟味すべきであって、人前で誇るためにするものではありません。またわたしたちは知らなければならないことは、めいめいが自分の重荷を担わなければならないということです。自分の行動には責任を負わなければならない。安易な考えで責任のがれをすべきではありません。その点を思い違いをしてはならないのです。決して神様は侮られる方ではありません。罪を犯すたびに罪を赦してくださると言って、神様はなんでも赦す方なのだからと、たかをくくってはならないのです。自分の蒔いたものを刈り取ることになるのです。肉の欲によって蒔いたものは刈り入れなければなりません。そうした肉によってではなく、霊によって蒔くことが求められています。そしてパウロは、最後に、今、この時に、明日からではない、また心の準備が整ったと感じる時からではありません。今、この時からすべての人に対して、善をおこなうことを勧めています。こちらから積極的に、人に近づき、人を受け入れ愛するような歩みを求めて生きていきましょう。その歩みこそが、キリストの律法に生きる歩みなのですから。
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by higacoch | 2014-07-31 17:20 | ガラテヤ

2014年7月20日

「信仰者のわざ」    詩編35:1-10、使徒言行録20:7-20
                               
 先主日、私たちは伝道50周年記念礼拝を捧げ、午後には祝会を行いました。もしどちらか一つを選ばなければならないとしたらどちらを選ぶのか、礼拝か、祝会か、その答えははっきりとしています。無論、礼拝です。それほど礼拝は、教会にとってなくてはならないものなのです。
 さて、今朝、与えられた聖書箇所の最初の言葉「週の初めの日」、この言葉は教会の歴史の歩みの中で、礼拝を指し示す用語となっていきました。もともとイエス様の復活の日を示すものとして4つの福音書に出てきます。それ以外では、使徒言行録とコリントの信徒への手紙一の16章と2回出てきます。これらの箇所ではイエス様の復活の日を現すというより、礼拝を示す言葉として用いられています。使徒たちの時代の礼拝は週の終わりの日の安息日(金曜日の日没から土曜日の日没まで)にでなく、週の最初の日(土曜日の日没から日曜日の日没まで)が、礼拝の日として受け入れられるようになってきていました。
 今朝の箇所に「週の初めの日、パンを裂くために集まっている」とありますが、これは聖餐を頂いている礼拝を現しています。そして、聖書学者の中には昼間の礼拝で、パウロが半日以上も長い説教をしたと解釈する人がいます。何しろ夜中まで続いたとありますから。ここに記されている礼拝は、現代の曜日で考えると土曜日の夜なのです。当時の信仰者は身分の低い人が多く、奴隷も多くいました。ですから日中に集まることはできません。主人の許しがでません。だから日の出前か、日没後の夜に集まりました。こうした夜の集会のことがコリントの信徒への手紙一の11章に記されています。(11:17~22参照)
 そこで今朝の箇所の「週の初めの日」の集会は、現在で言うと土曜日の夜です。こうしたことから、土曜日の夜に信仰者たちが集まり、礼拝をして、その中でパウロは長々と説教したのです。翌朝(日曜日)はトロアスを離れます。それもあってついつい話が長くなったのでしょう。集会が始まったのが夜の8時頃だとすると、説教は3時間から5時間位はあったのでしょう。夜中まで続いたとあります。こうなると、一日の疲れを抱えていた人たちは、眠気に襲われます。部屋の中で眠るならまだ危険はありませんが、部屋は人でいっぱい、そこで青年は窓に腰掛けて聴いていましたが、つい眠り込んで、三階から落ちてしまいました。彼を起してみましたが、もうすでに遅く、手のほどこしようがありません。そこで人々はパウロに「死んでいます。」と伝えました。それを聴いても、パウロは死んだ若者に向かって階下に降りていきました。そして、若者を抱きかかえて「騒いではいけません。この青年は、まだ生きている」とみんなに語りかけました。その後、青年は神の力によって生き返えりました。ここで人は言うかもしれません。若者は気を失っていただけだったのだとか、また死んではいなくてまだかすかに息をしていたのだと。しかし、私はそう思いません。私は素直に聖書に記されていたように、この若者は死んでいた、そして、パウロはこの若者を神の力で生き返らせたのだと信じます。ここに神の力が表されたと信じます。そうであるなら、今の時代にもこのようなことがあってもいいではないかと言う人もいるかもしれません。しかし私は、ここに神様のメッセージが語られていると信じています。この箇所には死と生が語られており、死は絶望です。もうこれ以上はありません。すべては終わりです。しかし伝道者パウロは言います。「生きている」と。ここでは死が最後ではない。死が絶望ではない。終わりでない。死の向こうに、いのちが語られて「生きている」と語られているのです。人は死を前にすると、その先を語れません。しかし伝道者パウロは死を乗り越えた生を語るのです。ここに信仰者の言葉があります。わたしたちも信仰によって語らなければなりません。イエス・キリストによって救われた者は、イエス・キリストの救いの業を語らなければなりません。そこに信仰者の証しという業があります。まさに信仰者の生きるわざがあると言えます。
 伝道者パウロは死を超えた生を説教し、次の伝道地に向かって行きました。これは、わたしたちも進んでいく歩みであります。トロアスで終わったのではありません。神のわざに終わりはありません。なぜなら、イエス・キリストは十字架の死で終わったのではないからです。死の後、復活され、今も生きて働かれています。
 わたしたちも伝道50年という今の所に留まるべきではありません。信仰者として神の民として、進んで神の救いの業を伝えていくものでなければならないのです。
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by higacoch | 2014-07-26 17:15 | 使徒言行録

2014年7月13日

「 小舟を用意しよう 」    マルコ 3章7節~19節 
                             成瀬教会 丹羽義正牧師

 「 おびただしい群衆が、イエスのしておられることを残らず聞いて、そばに集まって来た 」(8節)とあります。このようなことが起きるのは、イエス様の時代のことだけではありません。今日においても起きます。魂の医者であるイエス様がしてくださったことが明らかにされるとき、そこにたくさんの悩み、痛みを覚えている方々が押し寄せて来ます。今日の社会では実に多くの人たちが深く傷つき、病んでいます。その傷みをどこに持って行けばよいのか、持って行き場を探しています。だからイエス様のしておられることが明らかになれば、そこに人は集まって来るのです。たくさんの人々が押し寄せて、主は群集に押しつぶされそうになりました。そこで弟子たちに「 小舟を用意してほしい 」(9節)と言われました。群集から逃げてどこかに行こうと言うのではありません。湖に舟を浮かべ、そこから岸に集まる群衆に向かって語ろうとされたのです(4章1節、2節参照)。「 小舟を用意してほしい 」、これはイエス様がすべての教会に対して求めておられることです。「 あなたたちにも、この群集の悩み、苦しみが伝わってくるだろう。どうか私と一緒に、この群集の迫りを受け止めてくれ。何も大きな舟を用意してくれとは言わない。あなたたちの持っている舟でいい。あなたたちの持てるものをもって、この私と一緒になって、群集の激しく求めてくる力を受け止めてくれ 」、主はそう言われます。私たちの伝道の原点は、ここにあります。この主の言葉に応えるのが伝道です。
 考えて見ると、イエス様が押しつぶされそうになるというのはおかしなことです。なぜ、神の御子である方が押しつぶされそうになるのか。それは群集を十把ひとからげに扱うのではなく、ひとりひとりを愛されたからです。もしイエス様が群集を顔のないひとつのかたまりのように見ておられたならば、この人たちのために押しつぶされそうになることはなかったでしょう。イエス様は群集の中にいるひとりひとりの、その苦しみが刻まれた顔をご自分の心に記すように向き合われるのです。だから押しつぶされそうになるのです。10節に「 病気に悩む人たちが皆、イエスに触れようとして 」とあります。この人たちはただ病気が治りたい一心で、主のもとにやって来た人たち。単なるご利益信仰なのだから、こういう人たちにまで丁寧な対応をしていたら教会の本来の伝道をする時間がなくなる。教会はもっと直接福音の伝道にかかわることに集中すべきだという意見が聞こえてきそうです。果たしてそうなのでしょうか。私はかつてテレビの映像で、イエス様の像に自分の病んでいる部分を触れさせている巡礼者たちの姿を見ました。テレビの映像は続いて、人々に触られ続けたために足や手が丸くなってしまい、その形が崩れてしまっている像の姿を映し出したのです。私はそのとき「 彼が担ったのはわたしたちの病、彼が負ったのはわたしたちの痛みであった 」(イザヤ書53章4節)の言葉を思い起こし、イエス様はご自分の服に触って病気を癒してもらおうと押し寄せて来る人たちを、「 あなたの信仰はおかしい 」と言って追い返す方ではなく、「 あなたの信仰はまだ十分とは言えないけれども、そこから始めるのでいいではないか。こうやって私に触れる中で、少しずつ信仰って何か、分かって行くのだ。自分が本当に癒してもらわなければならない病が、罪という病だったってことにも目が開かれて行くのだ。たから今はここから始めてもいいではないか 」と言われる方なのだと思わされました。教会は主の求めに応えて小舟を用意する群れです。英会話教室、リトミック、虹の会、教会デイサービス・・・東小金井教会も50年の歴史の中でいろいろなことをして来ました。それらは全てイエス様をお乗せした小舟なのです。その小舟があることで、イエス様の言葉に触れるということが起きます。イエス様のいやしの御業に触れるということが起きます。そうやってイエス様に触れて行く中で、人が救われるという御業も生まれます。私たちは、そうやって今までたくさんの小舟を用意してきました。これからも小舟を用意し続けて行きましょう。イエス様が乗られる小舟を。私たちは自分たちの力や持ち物を見て、小舟なんか用意できないと思うかも知りません。しかし小舟を用意させるためにイエス様が選んだ12人を見てください。この小さな群れは、はじめから大きな傷を内包しています。いやむしろ、傷を内包しているからこそ、その群れの用意する小舟を私は用いるのだと主は決心しておられるのです。だからこれからも主の乗られる小舟を用意して行きましょう。
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by higacoch | 2014-07-18 17:12 | マルコ

2014年7月6日

『 福音を告げ知らせる 』     詩編23:1~6、使徒言行録 8:26~38 

 いよいよ来主日に伝道50周年の記念礼拝の日を迎えます。東小金井教会は1964年7月26日に最初の礼拝を捧げて、歩み始めました。そして4年目に土地を購入し、その年の12月までに教会堂を建設し、翌年1969年の3月9日に献堂式を行っています。その建物が現会堂ですから、築46年です。教会堂の建物に関しては、補修を施しながら現在に至っています。ただ教会というのは建物ではありません。本来、神によって呼び集められた人々のことです。皆さん方のことです。この教会は50年の歩みをしてきましたが、この間に牧師として仕えて下さった先生は5人おられます。最初は淵江先生、次はスタット先生、萩生田先生、丹羽先生、そして小生です。それぞれの奉仕年数は違いますが、先生方は熱心に主なる神に仕え、また教会の兄弟姉妹に仕え、さらに地域の方々に仕えてこられました。こうして伝道の働きを引き継ぎながら50年目を迎えました。そしてこれからも51年め、52年めにも、将来も、伝道していきます。
 教会は老舗の店やデパートのように伝統を誇るものでも、過去の遺産に生きるものでもありません。過去も現在も、また将来も、為すべきことは、神の国建設です。そのために教会、呼び集められた者たちが生きていくものでなければなりません。教会が大きくても小さくても、教会にとってどんな時代になっても、大切なことは、外に向かって働きかけていくことです。内側だけに目を向けて、自己実現をはかっていくのではありません。外に向かって出ていかなければなりません。その第一はイエス・キリストの福音を伝えていくことです。このことを怠ってはなりません。時が良くても悪くてもイエス様の福音を伝えていかなければなりません。
 さて、今朝与えられました聖書箇所は、フィリポ(使徒6:5)の働きを示した箇所です。彼が何をしたかと言いますと、エチオピアの宦官に福音を告げ知らせました。宦官はエチオピアの女王に仕えた人で、しかも女王の全財産の管理を任された人でした。彼はエルサレムの神殿に来て、礼拝を捧げて本国に帰る途中であり、馬車の中でイザヤ書を読んでいました。彼が持っていたイザヤ書の巻物はエルサレムで手に入れたものでしょう。当時の聖書の巻物は非常に高価なものでした。
 その聖書を読んでいても彼はよく解りませんでした。彼はエチオピア人、ユダヤの国は彼にとっては外国です。ですから、ユダヤの歴史も解らなければ、ユダヤの宗教もわかりません。そんな彼が、馬車のすくそばを走るフィリポに「読んでいる箇所がお解りですか」と尋ねられます。すると「手引きしてくれる人がいなければ、解らない」と答え、すぐにフィリポを馬車の中に招きいれ、教えを請いました。彼が読んでいた箇所はイザヤ書53章でした。「彼は、羊のように、ほふり場に引かれて行った。毛を刈る者の前で黙している小羊のように、口を開かない」ここはイエス様を預言した箇所です。十字架刑に処されるイエス様が、黙々と十字架を負いながら、刑場に向かう姿を現しています。
 使徒言行録はイエス様の弟子たちの活動が記されています。弟子の代表格のペトロや、元ユダヤ教の律法学者であったパウロ、また今朝のフィリポなどの活動が記されていますが、では彼らは聖霊に導かれて、何をしたのでしょうか。それは皆同じこと、イエス様の福音を伝えたのです。自分の考えやその時代の新しい思想を教えたのではありません。ただイエス・キリストの福音を知らせました。それも人間の知恵によってではなく、ただ神様の救いの出来事として、そのままに伝えました。こうしたことを踏まえると、わたしたちも何をなすべきなのかがおのずと明らかになります。それはイエス様の福音を告げ知らせることです。教会が教会として歩み続けるとしたなら、キリストの福音を脇に置いて、別の物を伝えていくべきではありません。
 わたしたちの東小金井教会は、来週、伝道50周年の記念の主日を迎えますが、この日もわたしたちの救い主の福音を伝えるのです。そしてこれまでもそうであったように、これからもイエス様の福音を伝えていきましょう。それが私たちに与えられた務めなのですから。神の民として、神が与えて下さったわたしたちの唯一の救い主、イエス様の福音を伝えていきましょう。
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by higacoch | 2014-07-10 17:08 | 使徒言行録