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2014年2月23日

「種をまきなさい」  箴言3:1-8、ルカ福音書8:4-15
 
 今朝与えられたルカ福音書の箇所は、有名な箇所です。ここから画家ミレーは「種まく人」を描きましたし、そのミレーの絵を岩波書店は会社のマークとしました。岩波書店は創業の折、大正デモクラシーと呼ばれた時代に、その時代の精神を受けて、新しい時代の精神を切り開く志を掲げて1913年に神田神保町で誕生しました。ですから昨年が創業100年の記念の年で、いろいろな記念出版がありました。そのホームページの中に「岩波の志」として次のような言葉があります。「―歴史は繰り返したりはしません。かつてと、同じ道をたどることはありません。しかし、2014年の今の状況を見てみますと、社会の崩壊、政治の劣化、財政危機、反知性主義の跋扈、戦争に向けて雪崩を打っていった時代状況とよく似ているのではないか、と心配になります。……今、大切なことは、言葉です。哲学と論理と倫理を背景に持つ、しっかりとした言葉です。それこそが時代の崩壊を食い止める杭となり、より良い社会を創る礎となります。2014年、101年目の歩みを始めるにあたって、岩波書店の役割と責務は、今、ますます大きいと考えています。―」岩波書店は、時代と言う歴史の畑に、言葉の種をまき続けてきましたし、今も蒔き、これからも蒔き続けることでしょう。
 種をまく、このイエス様のたとえは、私たちに多くことを語り掛けています。この話は農家の人に種の蒔き方を指導した教えではありません。これは神の国のたとえなのです。種は言葉、神の言葉です。種をまく人は神様、イエス様と考えていいでしょう。蒔かれた場所は人の心の畑です。種にはいのちがあります。砂粒ではありません。小さくても大きくなる可能性を含んでいます。
 イエス様が話し終えてから、弟子たちはイエス様に近づいてきて「この話はどんな意味があるのでしょうか」と聞いています。そこでイエス様は「あなたがたには神の国の秘密を悟ることが許されているが、他の人は聞いても理解できない」と語られました。種まきの話は聞いただけでは、神の国の秘密が解らない、それを解き明かして貰わないと解りません。イエス様は聞きに来た弟子たちに、それを解りやすく語られました。それが11節以降です。
 道端の種は御言葉を聞くが、後から悪魔が来て、その心に蒔かれた種を奪い去られてしまう人のこと、石地の種は御言葉を聞くと喜んで受け入れるけれども、根がはらないので、しばらくは良くても、辛いことにあったなら御言葉に生きようとしない人、茨の中に落ちた種は人生の途上で難しい問題にぶつかって悩み苦しんだり、他方お金の盲者になったり、快楽を求めて生きて、それにのめり込んでいく人とあります。しかし良い地に落ちた種は御言葉に聞き続けて、いろいろ問題にあっても忍耐をもって乗り越えていく人だと説明されました。ここで気づかされるのは道端、石地、茨の中にも同じように種がまかれていて神の言葉を聞いているが、その後はいろいろなことがあって聞き続けていないということです。
 私たちは弟子たちと同じだと思います。聖書を読み、たとえの意味を知っています。神の国の秘密を教えられています。
 皆さんの中には、自分は道端だとか、石地だとか、あるいは茨の地だと言う人がいらっしゃるでしょう。しかし私は、皆さんは良い地の人だと思います。それはイエス様の御言葉を礼拝で聞いているからです。皆さんは実を結ぶ途上の人だと言いたいのです。では、実を結ぶとはどういうことなのでしょう。それは信仰の実として、キリスト教の知識が増えることでしょうか、あるいはキリスト教的な考えを持つことなのでしょうか。そうではありません。一部はそうかもしれませんが、大事なことはイエス様が最後に言われた「御言葉を聞き、よく守り、忍耐していく」ことだと思います。それは聞くだけで終わらないで、良く守ることです。言われたことを従順に守ることではありません。守るとは聞くだけに留まるのではなく、聞いて「行う」ことです。どんなに小さなことでも聞いて行っていくこと、そして、神様の御言葉を聞いて、今度は自らが種をまく人となっていくことだと思います。そのことが神の国に生きる人の歩みだと信じます。それには忍耐が必要とされます。しかしそこに実を結ぶ歩みがあるのです。神の国の秘密を示された私たちは、神の言葉である種をまく人だと。
 岩波書店が歴史の畑に言葉の種をまきつつ、人がよりよく生きることはどういうことなのか、よりよい社会はどんな社会なのかを問いかけてきたことは大事なことです。そして今の日本は雪崩のように戦争に向けて流れていった時代状況によく似ていると言うように、危険な歩みをしていると私には思えてなりません。戦争は人間が犯す大きな罪です。国を守るため、家族を守るためといって、人が人を殺すと言うことが正当化されてはならないと私は信じています。
 神の国の建設のために働く者として、人々の心の畑に神の言葉、イエス様の言葉の種を蒔き続けていかなければなりません。たとえキリスト者がどんなに少数者となったとしても神の言葉の種をまき続けていきましょう。そこには神の国の収穫が約束されているからです。
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by higacoch | 2014-02-28 17:11 | ルカ

2014年2月16日

『 教会はこの世の希望 』 
       詩編121:1~8、マタイ福音書 9:9~13

              玉井 幸男 牧師(海老名シオンの丘教会)

 東小金井教会の50周年を迎える記念の年にお招きいただき心より感謝いたします。私は、海老名シオンの丘教会で牧師をしています。神学生の頃、一年間、研修教会として東小金井教会に大変お世話になりました。久しぶりに皆さんとお会いできて嬉しく思います。神学生の頃にインターン実習があり夏の期間1ヶ月東小金井教会で寝泊まりして過ごしたのはとても思い出深い出来事です。皆さんも愛する東小金井教会との出会いを通して、様々な神様の恵みの出来事を経験されていることがあると思います。教会はこの世の希望であることを聖書の御言葉を通して共に見ていきたいと思います。
 今日の聖書箇所にマタイという人が登場します。この人は収税人でした。マタイはユダヤ人でありながら、ローマ帝国の支配の中で仕事をします。私たちも一方ではこの世で生きなければならず、もう一方ではその所にいるイエスさまに出会うという恵みを経験します。マタイの仕事は、税金を集める仕事でした。人々から嫌われ、罪人と呼ばれていました。心の寂しさを抱えていたかもしれません。その中で、イエスさまの言葉が聞こえました。「わたしに従いなさい」マタイは、この言葉によって立ち上がります。この言葉をきっかけに人生が変えられました。人々から忌み嫌われる収税人が、後にイエスさまの弟子としてその恵みを福音書として書きました。ここに教会がこの世の希望である理由があります。人が変えられる場所。暗闇を経験する者が主の光の中に招かれること。そこに夢があり希望があります。
 イエスさまに従うという生き方はどのような人生なのでしょうか。それは、私たちの人生の選択に関係しています。私たちは毎日いくつもの選択をしなければなりません。自分の経験や価値観があるのですが、イエスさまの御心を尋ね求め、イエスさまの従う方に私たちの人生の歩みのつま先を向けたいのです。
 イエスさまは、マタイの家に行って共に食事をしました(10節—)。ユダヤの人たちによって共に食事をするというのは親しい交わりを意味していました。イエスさまは、私たちの真の交わりの中に招いてくださるのです。真実な交わりというのは、そこにいる人の存在がありのまま認められるということでもあります。そのマタイの家には罪人と呼ばれる人たちも集まります。罪人とはどのような人たちのことなのでしょうか。ユダヤの人たちの罪人理解というのは、旧約聖書の中に記されている律法の規定の中でも、食事の規定、十分の一税、祭儀的沐浴など、いろいろと細かく制定されているものがありました。何を食べてはいけないとか、きちんと宗教的な義務を果たしているだろうかとか、きよめということに関してきちんと生きているだろうか、とそのように律法を守れる人は神様の祝福の中にあり、その規定を守れない人は罪人とされたのです。いわば、宗教的に生きることができない人を罪人と呼んだのです。収税人はそうでした。ローマの社会のシステムに従っていたので、ユダヤ人からみれば罪人の最たるものです。神様の御心から外れている人たち、何かの基準があるならば、そのように生きることが難しいと思ってしまう人たち、罪人と言う言葉は、そのまま人間性の否定ということまで含められています。ユダヤの人にとっての罪人は律法を守ることのできない人々です。マタイの家は教会のようです。マタイの家には、その真ん中にイエスさまがおられ、罪人とレッテルを貼られている人たちが集まったのです。イエスさまは、医者を必要とするのは丈夫な人ではなく病人である、と言われました。そこに神様の憐れみの手は注がれるのです。ここに希望があり、福音があります。弱さを抱えてもイエスさまがおられる所に奇跡が起きるのです。
 イエスさまは、旧約聖書のホセア書を引用します。ホセア書6章6節にはこのように記されています。「わたしが喜ぶのは愛であっていけにえではなく、神を知ることであって焼き尽くす献げ物ではない。」聖書の愛は、痛みのある所に、弱い所に、注がれる神様の恵みです。その神様の愛を経験し、その恵みを知ること、私たちは弱くても、神様の恵みは決して私たちを見捨てないということ、弱さの中に働く神の偉大な力がどれほど大きいものであるかを経験する歩みを共にしていきたいと思うのです。このマタイの家での出来事は、そこに集まる人たちの人生を大きく変えたと思うのです。ある人は、ここに神の民の晩餐会があるといいました。みんな痛みをもっていていいのです。だから非難もしないのです。神様が生きて働いて、十分な恵みを私たちの人生に注いでくださることを感謝して、今週も歩いていきたいと思います。
東小金井教会の伝道50周年をお祝いし、さらに宣教の働きが広げられていくことをお祈りいたします。
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by higacoch | 2014-02-22 16:46 | マタイ

2014年2月9日

「イエス・キリストのみ」 詩編109:21-31、コリント一 2:1-5
                              
 2月5日に藤井哲夫先生が天に召され、その前夜式に出席しました。先生の教会と2年前に講壇交換をしましたので、先生は、私たちの教会で説教して下さいました。聖書箇所はマルコ福音書14:3-9、イエス様が十字架にかけられる前日、ある女性が高価な香油の壺を割ってイエス様の頭に香油を注いだ箇所です。説教題は「ナルドの香油」でした。
 先生は中学3年生の時に洗礼を受け、教会での奉仕に励み、広島大学が進まれ、卒業時に献身して神学校にと思われましたが、ご家族の反対で断念されました。就職され会社でずっと働き、52歳の時ご夫婦でギデオン協会のメンバーとなり、こちらでも熱心に奉仕活動をなされました。58歳の時、栃木市で行われたギデオン協会北関東地区大会に参加されました。会場となったホテルの隣が作家山本有三氏の生家で、記念館となっていました。玄関の所に石碑があり、そこには有名な言葉が記されていました。「たった一人しかいない自分を、たった一度しかない一生を、本当に生かさなかったなら、人間、生まれてきた甲斐がないじゃないか」。この言葉が電光のように藤井先生の心を刺し貫き、再び献身の思いを湧き上がらせて、定年2年前でしたが、奥様の理解も得られて早期退職されました。そしてすぐに神学校に入学され、3年間の神学の研さんを積んで、2006年4月に小金井市の東京キリスト教会に副牧師として着任されました。先生は、私たちの教会で語られた「ナルドの香油」の物語の中で、イエス様の頭に香油を注いだ女性はマリアであると語られました。そのマリアの献身が藤井先生の献身と重なります。先生は、いつでもできることと、今でないとできないこととを区別し、今でないとできないことをマリアは決断し、300デナリオン(労働者の一年間の報酬)以上の価値のあるものをイエス様に捧げたのだ、と。マリアがイエス様のみに捧げたように、先生はその後の人生をイエス様のみに捧げられました。
 今朝与えられました聖書箇所には、伝道者パウロが、「私は、イエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト以外、何も知るまいと心に決めていた」と言っています。キリストのみをのべ伝える、と言うことです。イエス・キリストに集中しています。 パウロが、そのようにキリストに集中したのは、2回目の伝道旅行でコリントの町に入る前に、学問の中心であったギリシャのアテネで伝道に励んでいます。ギリシャと言ったら、オリンピックの発祥の地として有名ですが、人間の知恵である哲学の発祥の地であり、哲学が活発に議論され、多くの哲学者を輩出した町でもあります。この町でパウロは学者ぶりを発揮して知恵比べの議論をしています。(使徒言行録17章参照)パウロにもある覚悟があったのでしょう。彼は何時になく、知恵を持ってギリシャの人たちと論じ合っています。ユダヤ人の会堂で、また彼らが議論の場所としていた好んだ広場で、人間の知恵で町の人々を説得しようとしましたが、失敗してしまいました。しかし、この失敗が次への伝道地、コリントで生かされたのです。パウロは、知恵の議論を聞いて、空しいと感じたのではないかと思うのです。それは、結局の所、自分の知恵を誇るのであり、相手よりも自分が知恵あると主張しているものだと感じたのではないでしょうか。
 だから、コリントの町に入った時、パウロには、ある決心がありました。「語るのは、イエス・キリストのことだけに限ろう。自分の知恵に頼って伝道するのではなくて、イエス・キリストのことに集中して語ろう」と、それもイエス・キリストの十字架をまず語ろう。それを語ってから、復活のことを語ればいいと思っていたと思うのです。
 伝道をするのに、学者のような豊かな知識や知恵が必要ではありません。そうした知識や知恵よりも、キリストが私たちを救って下さったという、イエス・キリストの言葉と神の力を知るべきなのです。そうしたことから、イエス・キリストを、イエス・キリストのみを語るのです。
 藤井先生の前夜式に出席して、式辞を語られた山中牧師の話を聞きながら、藤井先生は死に至る最後まで、講壇を守り、イエス・キリストのみに集中して語っておられたのだなあと教えられました。
 私たちも、隣人が救われるためには、イエス・キリストをしっかりと宣べ伝えなければいけないと教えられます。今年は伝道50周年、この50周年のお祝いの行事をこなすだけでこの年を過ごすべきではありません。これまでもそうしてきたように、伝道していかなければなりません。その折に、キリストに集中するように、キリストの十字架と復活を伝えていきましょう。
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by higacoch | 2014-02-14 16:37 | コリント

2014年2月2日

「聖なる者」 ハガイ書2:1-9、コリント二 6:14-7:1

 私たちプロテスタント教会の信仰では「聖」という言葉をあまり使いません。聖書とか、聖霊とか、そうした聖書に出てくる言葉は使うのですが、それ以外は、できるだけ使わないようにしています。その点、カトリック教会は教会用語として多く「聖」を使います。たとえば、祭壇を聖壇、礼拝堂を聖堂、エルサレムを聖地、パンと杯を聖体、司祭たちを聖職者と呼びます。さらに信仰者の中で特別な人を聖人と呼び、イエスの母マリアを聖母と呼びますので、カトリックは聖人崇拝、聖母崇拝などと言われたりします。またカトリック教会では毎日が誰々の聖人の日として覚えられています。こうした聖人崇拝的なことをプロテスタント教会ではしません。特定の人を特別あつかいしません。人は人であり、天使でも神でもありません。人は決して神格化されてはならないと考えます。
 伝道者パウロも第一回目の伝道旅行中にリストラという町で、歩けない男を神の力によって癒した時、町の人々にヘルメスの現人神と信じられて拝まれそうになりました。その時、パウロは「私は人間です。私は神ではありません。」と叫び、人々を説き伏せています。こうした人を神格化することは日本でもあり、戦前、天皇を神として崇めていました。ユダヤ人であったパウロにとってこの信仰は信じがたいことでした。ある人を神格化して神として拝むのは偶像礼拝となるからです。宗教改革者カルヴァンは、このように人を神のようにして崇拝するカトリック教会の聖人崇拝を批判しています。そして、聖人崇拝は迷信だ、キリストのとりなしを人々の心から完全に消し去ってしまうほどだと言っています。
 さて、今朝与えられました聖書の箇所の「聖なる者」は、そうした信仰者を特別な者とする聖人ではありません。ここでの「聖なる者」は、神様によって召し出された信仰者であります。だから、皆さん、一人ひとりと言っていいのです。特別な信仰者、完全な信仰者ではありません。
 パウロは、別の手紙でこう言っています。「 わたしは、既にそれを得たというわけではなく、既に完全な者となっているわけでもありません。何とかして捕らえようと努めているのです。自分がキリスト・イエスに捕らえられているからです。兄弟たち、わたし自身は既に捕らえたとは思っていません。なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、 神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。だから、わたしたちの中で完全な者はだれでも、このように考えるべきです。」(フィリピ3:12-15)と。ではパウロは、どうして信仰者を「聖なる者」と言っているでしょうか。その根拠は、一人ひとりに神の霊が注がれたからであると言っています。つまり、その人の内側に、何か聖なるものがあって、聖なる者となったというのではなく、あくまでも神様の霊を受けたからだというのです。では、彼らは霊を受ける資格があったのでしょうか。受けるための条件を満たしたから、霊が注がれたのでしょうか、そうではありません。神様の一方的な憐れみなのです。神様が彼らを憐れみ、聖霊を注いで下さいました。このことは私たちにも言えることです。パウロが言っているように、今も生きておられる神様が、私たちの中に霊を送って下さり、神様の神殿として下さったのです。だから、生きておられる神様に応えるように、神様に喜ばれるように生きていきなさいと勧めているのです。そして、「聖なる者」とされたのですから、自分の欲望のままに生きる部分を同居させたまま、生きようとしてはなりませんし、神様以外のものを神様のように拝んで生きるなと言うのです。神様の憐れみ、神様の愛を忘れることなく、神様を畏れ、自らを清めて、聖なる者となるように、生きていきなさいと勧めるのです。
 私たちも既にそれを得たというわけではなく、既に完全な者となっているわけでもありません。私たちは、神様によって生かされ「聖なる者」とされていることを覚え、何とかしてイエス様の御心に生きようと努めて日々の歩みをしていきましょう。
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by higacoch | 2014-02-08 23:12 | コリント