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2013年6月30日

「安心して行きなさい」 マルコ福音書 5:25-34
                      唐沢 健太 牧師 (国立のぞみ)

 先週、息子が熱を出し学校を休んだ。風邪がうつらないように二階の子ども部屋にほぼ隔離状態の生活だった。3日目に「一人で寝ているのはつらい」とハラハラと涙を流して泣くのであった。病気で苦しむ時に一人でいるつらさ、不安、孤独感を私たちも経験したことがあるだろう。
 その苦しみを12年も味わっていた女性が今日の聖書の物語の主人公だ。女性特有の出血が止まらない彼女は、多くの医者にかかったが、「ひどく苦しめられ、全財産を使い果たしても何の役にも立たず、ますます悪くなるだけであった」(26節)。病気を治すためにあらゆる努力をしたが、期待しては裏切られ続けた12年だった。病気が病気だけに医者にかかる度に恥ずかしい思いをしたことだろう。なかには心ない大した治療もせず法外な治療費を要求する医者もいたと言われている。彼女は全財産をその病気の治療のために費やした。しかし、よくなるどころか「ますます悪くなるだけであった」。
 しかも、出血を伴うこの病気は律法によって「汚れ」とみなされ、彼女は人との接触を禁じられていた。みんなが楽しそうに集まる場所へも行くことができなかった。礼拝に参加することもできなかった。何度自分の人生を嘆いたことだろうか。夢破れた人生、自らの運命を恨めしく思ったこともあっただろう。
 そんな中で彼女は「イエスのことを聞いた」(27節)。希望が失望に変わる経験をし続けた彼女は、イエスことを聞きても何も思わず、聞き流してしまってもおかしくはないと思う。期待するだけ後のショックが大きい。だから期待はしない。12年間の闘病生活でそのような自己防衛的な気持ちになってもおかしくはない。
 しかし、彼女は違った! イエスのことを聞いてから、「この方の服にでも触れればいやして(救って)いただける」と思い続けていた。このお方にかけよう! 彼女は勇気を出して群衆の後ろからイエスに近づき、後ろから主イエスの衣に触れた。「すると、すぐ出血が止まって病気がいやされた」。
 12年間女性を苦しむ続けた病が治った。めでたし、めでたし! この聖書の物語が「信仰によって病気が治った女性」の話ならそのようにここで終わるだろう。しかし、聖書は単に「病気が治ったお話」を語っているのではない。彼女は病気の癒しはもちろんだが、それ以上に「救い」を求めていたのだ。
もしこのまま彼女がこの場を立ち去ったらどうなるだろうかと想像する。確かに病気は治った。しかし、彼女の新しい人生は決して容易なものではなかっただろう。12年間、孤独にあった彼女が社会生活に復帰するのは並大抵のことではない。しかも全財産を失ってもいる。彼女が健やかに生きるためには「病気のいやし」以上の救いが必要だったのだ。
 彼女にとって病気のいやし以上に必要だったのは、主イエスとの人格的な出会いだ。主イエスとの人格的な交わりこそ12年間孤独の中に置かれていた彼女に必要な癒しであった。彼女はついにイエスの前に進み出て「すべてをありのまま話した」。彼女はすべてをイエスにさらけ出した。涙しながらの告白だったかもしれない。12年の苦しみをすべて彼女は主の前に注ぎ出したのだ。そして主はそのすべてを受け止め、聞いてくださった。「娘よ。あなたの信仰があなたを救った」。まさに彼女の救いはイエスとの交わりの中にあったのだ。
 「安心して行きなさい。もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい」。口語訳では「すっかりなおって、達者でいなさい」とある。「達者」とは「真理に達した者」というのが元々の意味らしい。キリスト者にとってはこっちの方がなかなか味わい深い訳のように思える。私たちは主イエスに出会い、主イエスとの交わりにおいて「達者」でいることができるのだ。女性はイエスと別れた後の人生で変わらず困難なことがあったに違いない。だけども、彼女はイエスに出会った者として、イエスに「安心して行きなさい」と送り出された者として、「達者」に暮らしただろう。
 先日、のぞみ教会で行われたオープンチャーチで教会員の方々が「教会ってどんなところ」というライブトークを行った。その中で一人の姉妹が「信仰を持って変わったことはありますか」との質問に「信仰を持ったからといって何も変わらない。目の前の困難な現実は何一つ変わらない」と応答した。信仰を持ったからバラ色の人生が約束されるわけではない。病気と無縁になるわけでもない。これまでと同じように大変なこと、困難なこと、厳しい現実は相変わらず続く。「だけどもすべてが違う。……なぜか大丈夫と思える」と証された。私たちも「達者でいる」ことができるのだ。主イエスが「安心して行きなさい」(生きなさい!)と送り出してくださるのだから。Go in peace, Live in Peace!
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by higacoch | 2013-06-30 15:52 | マルコ

2013年6月23日

「創造された世界の秩序」 創世記1:1-31、Ⅰコリント4:1-2
                            
 私は昨年の6月に福島県相馬市にある原町教会に、除染ボランティアに出かけて、セシウムの値が高い場所、牧師館の庭の表土、最低5㎝を除去する作業をしてきました。5㎝と言いながらもより安全のために10㎝位、表土を削り取ったものをズタ袋に入れて、その数400袋位になりました。
 さて、この世界、大地、空、山、海、川などは神様の創造によるものです。この地は初め混沌であり、闇が覆っていました。そのような中にも神の霊はありました。そこで神様は「ひかりあれ」言われ、すると、そのように「光」が創造されました。そしてその光を見て「よし」とされました、これは神様にとって「光」が良いものであったということです。それから一日一日、一つ一つを創造し、最後の6日目に、神様は自分に似せて人間(男と女)を創造されました。こうして天地のあらゆるもの、生き物を創造されました。創造された後に、神様は、その創造したものをすべてご覧になって極めて良かったと喜んでおられます。このことはすべての創造物だけではなく、創造の秩序をも含んで良いものでした。すべての創造物の秩序も良いものであったということです。そして、神様は彼ら(男と女)を祝福して「産めよ、増えよ、地に満ちて、地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ」と命じられました。この「支配せよ」と言うのは、上から支配することではなく、「仕えよ」という意味があり、創造されたものに仕えながら、かつ管理することが求められているのです。
 私たちのカンバーランド教会は20世紀の後半になって初めて、私たちの信仰告白のなかに、クリスチャン・スチュワードシップという項目を入れました。これは「キリスト者の管理の務め」として訳され、自然の被造物、また生物なども含めて、キリスト者がよき管理をすることが求められています。その最初には「キリスト者の管理の務めは、すべての命と創造物は、神から委託されたものであり、神の栄光と奉仕のために用いられるべきことを承認することである。それは、人間の技能や力を創造的に用いるだけではなく、天然資源を保護し、責任をもって用いることである。これらの神からの賜物は、すべての人、特に貧しい人々と分かち合うものである」とあります。ここにすべての命と創造物は、神から委託されたもの、神の栄光と奉仕のために用いられるべきとあります。それがどうでしょう。神の栄光のためではなく、人間の栄光のために用い、奉仕のためではなく、むさぼりのために使われ、かつ不要となれば、勝手に捨てられたりしました。それ以前は、神様が創造された世界では、それぞれの創造物が、時と共に死を迎え、土に帰っていきました。土に還らないものはありませんでした。しかし土に還らず、分解されないものを人間が造ってしまいました。それはゴミです。そして今や「原発のごみ」「核のゴミ」が大きな問題となっています。このゴミは人間が扱えないものです。処理できないので地中深く埋めたり、自分の国では危ないので、外国の地に持って行き、地下深くに埋めるとかの計画がなされていますが、これは危険物をただ目に見えなくしているだけなのです。
 私が福島の地へボランティアに行った時、早朝に原町教会の周辺を散歩しました。近所の農家の庭の果実は収穫されずに、そのまま放置されていました。また畑も放置されて、草ぼうぼうでした。草を取ることも、耕すことができない様子でした。もっと放射能汚染が高い地域では、人も動物も住めないし、田畑の作物の収穫物も出荷できません。まさしく死の畑、死の村となっているのです。核のゴミは、死の霊のようなもので、その死の霊がただよった所のものは、死んで行くのです。こうしたものをゴミとして産み出すことは、神様が創造されたこの世界を死の世界としていくことです。神の栄光のためには決してなりません。その逆なのです。
 伝道者パウロは、コリントの教会にあてた手紙で、「わたしたちは憐れみを受けたものとして、この務めを委ねられているのですから、落胆しません。」と言っています。私たちの歩みの中には、いろいろな滅びに通じる道があります。自然破壊の道も、そうした道だと思います。そうした道へと、私たちは歩むべきではありません。そうではなく、この自然を、天地万物を創造された神様をほめたたえて、神様が与えて下さった創造の秩序をしっかりと受け止めて、託された務めを果たすようにしていかなければなりません。小鳥たちや草花が、創造され、生かされ、神様を讃美しているように、私たちも創造主なる神様をほめたたえて生きていきたいものです。そのためには、創造の秩序を壊す、特に、今日、原発における核汚染を進めてはならないのです。神様の創造の秩序を覚えて賛美することは、それを壊すものには、はっきりとNoと言わなければなりません。このことは、キリスト者の管理の務めとして為すべきことです。神様によって創造され、管理の務めを託された私たちは、神様の栄光のために、被造物を用いるのであって、人間の栄光のために用いるべきではないのです。神様の創造の秩序を壊すことなく、神様から与えられたものを生かし、生きていくことが、託された務めを果たす道だと信じています。
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by higacoch | 2013-06-29 11:49 | 創世記

2013年6月16日

「まっすぐな道をゆがめるな」 
        詩編107:17~22、使徒言行録13:1~12

                        
 今朝の箇所にアンティオキアという地名が記されていますが、現在のトルコにあり、アンタキヤと呼ばれています。キリスト教がユダヤから地中海沿岸地域に広がっていく時の伝道の拠点となった町です。この町に教会があり、その教会の役員たちの名前が記されています。最初にバルナバ、この人は地中海に浮かぶキプロス島の出身です。次にニゲルと呼ばれたシメオン、ニゲルとは黒人の意味でアフリカ出身でした。次にキレネ人のルキオ、キネレは地中海に浮かぶクレタ島のことですから、クレタ人です。さらに領主ヘロデと一緒に育ったマエナン、この人はユダヤ人で、しかもユダヤのヘロデ王と一緒に育った人でした。ヘロデ王は洗礼者ヨハネを殺した残虐な王様です。ですから彼は王家の人で、高位な人だったでしょう。最後に、サウロです。サウロもユダヤ人であり、後にパウロ(ラテン語読み)と呼ばれるようになりました。彼は由緒ある家に生まれ、ユダヤの最高の学府で学んで、律法学者となった人です。パウロはもとはキリストを信じる人々を迫害していましたが、キリストに出会い、キリストに変えられて、クリスチャンになった人です。ですからアンティオキア教会の役員たちはトルコ人、アフリカ人、クレタ人、ユダヤ人など国際色豊かで、民族も肌の色も違っていた人々でした。そのような彼らが一つの教会のメンバーとして共に神様をほめたたえて礼拝を捧げていました。これは民族、肌色、身分の高低を超えて、キリストにあって一つとなっていたということです。
 そんな教会が、その町だけの福音伝道にとどまることなく、さらに救いの福音を周辺国家にも伝えようと決議し、バルナバとパウロの二人を送り出したのです。二人が最初に向かった所は、バルナバの出身地であったキプロス島でした。その島にあったユダヤ教の会堂を巡回しました。そしてこの島に浸透していた魔術的な考えを知りました。魔術師バルイエスという人がいて、彼はこの島を統治していたローマ帝国の総督のセルギウス・パウルスと親しい間柄でした。総督はパウロたちに関心を持ち、二人を呼び寄せて話を聞くことにしました。しかし、総督のそばにも魔術師(エリマ)がいて、パウロたちの伝道の邪魔をしました。そこでパウロがエリマに「おまえは神様のまっすぐな道をどうしてゆがめようとするのか。」と叱り飛ばします。それから「ある時が来るまで、目が見えなくなってしまう」と語ると、彼はだんだん目がかすんでいき、ついに見えなくなってしまいました。
 パウロはエリマを呪ったのではありません。魔術師を滅ぼすためではなく、彼を生かすための行為でした。失明も一時的であり、永久にではありません。時が来れば、また見えるようになるのです。しかも、その見えるようになるというのは、ただ視力が回復するだけではなく、新しく見ることができるような力を与えられるということでした。彼自身が新しくなるということです。この島では、魔術師が人々の生き方を占い、教えていました。そうした教えや導きは人を生かす道ではなく、人を惑わし、ゆがめられた道にみちびくものだったのです。魔術師たちは、自分たちが何をしていたのかが、見えていませんでした。だから、パウロが迫ったのです。ある期間、目が見えなくなってしてしまうことはパウロ自身の体験でもありました。彼も熱心なユダヤ教徒でしたが、キリストに出会って一時的に目が見えなくなったことがあったのです。ユダヤ教を信じていた彼にとって、キリストの教えは、どうしても赦せないことでした。ですから、キリストの教えがユダヤ中に広がっては大変だと思い、容赦なくキリスト者たちを捕まえて獄に投げ込んだのです。そんなパウロがイエス・キリストに出会って変えられました。変えられるまでの期間、彼も一時的に目が見えなくなってしまいました。その盲目の期間の後に、彼が見えるようになった時、彼は変えられていたのです。目が見えなかった期間は彼の悔い改めの期間でありました。彼は悔い改め、見えるようになった時は、変えられた自分がいたのです。
 私たちは、どうでしょうか。神様を見上げているでしょうか。そうではなく、自分自身の計画、考えだけで生きようとしているのではないでしょうか、何かの占いではないにしても、何か神さま以外のものによって生きようとしていないでしょうか。旧約聖書の預言書イザヤの書55章8~9節には、こうあります。「わたしの道はあなたたちの道と異なると主は言われる。 天が地を高く超えているように、わたしの道は、あなたたちの道を高く超えている。」と。ゆがめられた道に気づかず、ゆがめられたままの道を歩んで人生を過ごすというのは、死に至る道です。パウロは魔術師にそうした歩みをして欲しくなかったのです。ゆがめらた道からまっすぐな道に戻ってきて、真実の道を歩んでいって欲しいと願ったのです。それはパウロ自身もイエス様を知る以前にはそのようなゆがめられた道を歩んでいたからです。新しい道は、神様が私たちを愛されたように、私たちも隣人を愛して生きていく道なのです。それには、イエス様を知らなければなりません。イエス様ご自身も「わたしは、道である」と言われました。イエス様を信じて生きていく道、それが神様に通じるまっすぐな道なのです。
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by higacoch | 2013-06-22 14:34 | 使徒言行録

2013年6月9日

「あなたも家族も救われます」
      サムエル記上 16:14~23、使徒言行録16:16~34
                               
 今朝、説教題を「あなたも家族も救われます。」としました。これは今朝与えられました31節の言葉で、パウロ(とシラス)が語り掛けた言葉です。パウロは、もともとはイエス様を信じる人たちを迫害していた人でした。そのパウロが、復活したイエス様に出会って、自らの生き方を、がらりと変えた、いや変えられたのです。自分でそうしたのではなく、神によって変えられたのです。イエス様の迫害者から、正反対のイエス様の伝道者となりました。変えられてからイエス様のことをすべての人に知って貰おうと、積極的に外国にも出かけていったのです。このパウロが言ったのです。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます」と。
 ここで、改めて考えたいのです。「救い」とは何でしょうか。救いというのは、特に教会ではよく使われ、良く言われます。教会内では、よく言われますので、改めて問うことはないと思っている人がいるでしょう。でも実際、救いというのは、何でしょうか。
 一般には、どう受け止められているのかと国語辞典を開いて見ますと、「救うこと、助けること。救助。救済」、「キリスト教会でイエス・キリストの十字架によって成就されるもの」とありました。宗教は仏教でも神道でもなく、キリスト教のことが記されていました。救いとは、イエス・キリストの十字架によって成就されるものなのです。そうはいっても教会に初めて来られた方はそう言われても良く解らないと思います。
 そこで今朝の箇所から「救い」について考えてみたいのです。ここはパウロとシラスが、フィリピの町に出かけて伝道した箇所です。フィリピという町は、ギリシアの大都市でした。パウロはこの町に入り、イエス様こそ救い主だと説教していました。すると一人の女占い師がパウロらについて回り「この人たちは神様のことを語り、救いの道を説いておられる方」だと叫ぶのでした。これが何日も続いたので、パウロは「イエス・キリストの名によって命じる、この人から出ていけ」と命じると、この人から霊が出ていったのです。すると、この女占い師から、彼女を支配していた霊が出ていき、この女性は本来の自分を取り戻しました。しかし女占い師によって金儲けしていた男たちは金儲けの道が絶たれたことで怒り出し、パウロを訴え、その町の役人はパウロらを捕らえ、獄に投げ込みました。
 その日の真夜中、思わぬ出来事、大地震が起こりました。パウロらを入れた獄屋の入り口の扉が大地震によって壊れ、開いたのです。看守は囚人皆が逃げたと思い込み、自らの命を絶とうとしました。すると、パウロの「自害してはいけない。皆はここにいる」という声が聞こえ、彼は思いとどまりました。こうして看守は命を絶つことなく、助かったのです
 さて、ここに救われた二人が描かれています。女占い師はパウロから救いの出来事であるイエスの十字架と復活を聞き、神の言葉を受け入れて、新しい歩みを始めました。それは占いによって生きる歩みから解放され、神を信じて生きる歩みとなりました。また看守は、自らの仕事を忠実に果たしていくことに熱心で、現代の企業戦士のような人であり、職務上、失敗をしたなら、人生も失敗と思い込み、もう生きていけないと思うような成功主義の生き方をしていたと思われます。その看守が、パウロの獄中での神を讃美し、神に祈る姿を見聞きし、さらにパウロの地震後の言動に心を動かされて、彼自身からパウロに尋ねたのです。「救われるために、どうすべきか」(どう生きるべきか)と。そこでパウロは「主イエスを信じなさい」と説教し、その後、彼と家族の者が、神の言葉(主イエスの救いの言葉)を聞き、それを受け入れて、主イエス様を信じたのです。その信仰によって救われて新しい歩みをしていきました。
 救いとは、神が愛されたことを受け止めて生きていくところに与えられる神の恵みであり、新しい歩みなのです。これはすべての人に与えられています。なぜなら、イエス様はすべての人の罪を赦し、自らの命を捧げて、すべての人を愛されたのですから。どうか、イエス・キリストによる救いをしっかりと受け止め、救いの道を歩んで頂きたい。そして家族の者にも伝えていきましょう。
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by higacoch | 2013-06-15 17:51 | 使徒言行録

2013年6月2日

「人にではなく、神に従う」 
          詩編 69:17~22、使徒言行録4:13~31
 
                            
 今朝与えられた箇所は、ペンテコステの出来事から、それほど経っていないある日の出来事で、使徒言行録の3章1節以降に書かれています。ペトロとヨハネが祈りのために美しの門から神殿に入って行こうとしましたら、そこに足の不自由な男がいました。男はペトロとヨハネに物乞いをしてきました。するとペトロらはじっと男を見つめました。男はてっきり何か貰えるだろうと期待したでしょう。しかしペトロは「私たちを見なさい」と声をかけ、その後「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり歩きなさい」と語り掛けました。私は、ここでペトロが言った「わたしには、金や銀はない」という言葉は深い意味を含んでいると思います。それは、普通はこの世で価値があるもの、これがあればいいと考えている第一のもの、それはお金です。その点について、はっきりとペトロは、「ない」と言っている。しかし、何もないのではない。あるものがある。それはイエス・キリストを信じて生きること、と大胆にイエス・キリストを伝えました。すると男はペトロの言葉を受け入れました。そして彼は立ち上がり、自分の足で歩くことをできるようになったのです。男は、躍りあがり、立って歩き出し、ペトロとヨハネと共に、境内に入っていきました。境内の中で人々は驚きました。なぜなら、美しの門の入り口で、物乞いしていた男が歩いているのを見たからです。われを忘れる程に驚いた民衆は、ペトロらの周りに集まってきたので、ペトロは説教し始めました。「あなたがたは命の導き手であるイエス様を殺してしまいましたが、神様はそのイエス様を死者の中から復活させて下さいました。私たちは、このことの証人です。神様がイエス様をこの世に送って下さったのは、あなたがた一人一人を悪から離れさせ、神の祝福に預からせるためだ」と。すると、そこに神殿の責任者や神殿で働いていた祭司たちがやってきて、腹を立てて、二人を捕らえて牢にぶち込みました。その翌日も二人は再び審問を受けます。その時も二人は、大胆に、神が死者から復活させられたナザレ人・イエス・キリストを語り、旧約の詩編にも預言されていたことだと説き、イエス様が救い主だと説教しました。指導者たちは、ペトロたちに「今後は、決してイエスの名によって、話したり、説教したりするな」と厳しく命令しました。しかし二人は「神に従たがわなくて、あなたがたに従うことが神様の前に、正しいことであろうか」と反論しました。すると指導者たちは、さらに二人を脅してから釈放しました。どんな脅しだったのか、ここには書かれていないので、詳しくは解りません。しかし、二人は指導者たち(人)に従うのではなく、神に従う歩みをしていきました。
 ペトロらは聖霊の力を頂いて、ペンテコステ以後、イエス・キリストを救い主だと告白し、そして人々の前で説教しました。捕らえられても、イエス・キリストの名を語り、語るのをやめませんでした。たとえ指導者たちから脅かされても、「語るな」と命令されても、イエス・キリストの名を語り、御言葉を語り続けました。このことは、人に従うのではなく、神に従う生き方でした。なぜなら聖霊によって力を頂き語らずにおれなかったのです。
 ペトロが神に従うという時、まず何よりも初めにしたのが、神がイエス・キリストによって私たちを救って下さったことを語ることでした。黙っていることは、神に従っていないことだったのです。
 このことは私たちにも言えることです。私たちも神に従うということは、何よりも神が為して下さった救いの出来事を語ること、そして神の言葉に従って生きていくことです。
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by higacoch | 2013-06-08 10:36 | 使徒言行録