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2012年6月24日

「 あなたを愛された神 」  詩編99:1-9、ヨハネ福音書3:16 

 今朝は皆様と共に讃美礼拝を捧げることができ、大変嬉しく思います。元々讃美礼拝を捧げることになったのは、私が赴任した2006年秋の教会懇談会で「明日の教会形成のために」というテーマのもとに、皆様に教会で何を行いたいかというアンケートを取ったことからです。そこに皆様からの要望としてもっと神様への讃美をしたいとありましたので、その翌年(2007年)から讃美礼拝を始めました。ですから今年で6回目となります。今年は「私たちの教会」カンバーランド長老キリスト教会を覚えての礼拝にしようと讃美委員会で決めました。私たちは、カンバーランド長老キリスト教会という教派の群れに属しています。(先週、私たちの教会の最も大切な会議である総会がアメリカのアラバマ州のフローレンスという地で月曜日から金曜日まで行われました。)
 私たちの教会は1810年2月4日にアメリカにおいて創立されました。先ほど讃美しました「カンバーランド・プレスビテリアン」の歌にありましたように、3人の牧師が徹夜の祈りを捧げることによって押し出されて新しい教会が生み出されていきました。その3人が祈ったという丸太小屋の絵が、この礼拝堂の後方の壁の上の方に掲げてありますので、ぜひご覧ください。このことを記念する丸太小屋が今もテネシー州ディクソン郡の州立公園内に建てられています。2年前の2010年に創立200年祭をその場所で行い、多くの人が集まってお祝いしました。その当時の服装をし、またその当時の説教をまねて説教がなされたりしました。このように私たちの教会はほぼ200年の歴史を刻んでいます。
 創立当初、最初の3人は、新しい教派を創ろうという思いはありませんでしたが、その後の状況で新しい教派を創り出すことになったのです。この19世紀初頭のアメリカではリバイバル(信仰復興)運動が盛んで、信仰者が多く起されていった時代でした。そのような中で福音を語る伝道者が不足していた時代であり、特にケンタッキー州とテネシー州にまたがるカンバーランド地方と呼ばれた地域は「聖書地帯」とも呼ばれ、リバイバルが盛んな場所でした。この地域で私たちの教会は誕生しました。そこで地名を取って、カンバーランドと言う名を冠したのです。そして、最初の3名の牧師たちはアメリカ長老教会の牧師でありましたから、長老教会の教会政治をもって教会形成を行って行きました。こうして私たちの教会は二つの特徴をその名に大きく教派の名前に用いました。一つは誕生した場所から「カンバーランド」、もう一つが「長老教会」の流れを汲むということから、こうして「カンバーランド長老キリスト教会」と呼ぶようになったのです。
 私たちの教会は当初から伝道に熱心な教会でした。こうしたことから私たちの日本中会の福音を伝える宣教理念でこう宣言しています。「カンバーランド長老キリスト教会は、フロンティアの教会です。私たちは宣教のフロンティアへと赴き、キリストの福音を人々に分かちあうことを自らの使命とします。」また、宣教方針の最初に、「私たちは、隣にあるまだ福音を伝えられていない所へ出かけます。」と掲げています。
 私たちの教会が、日本で宣教を始めたのは、1877年、明治10年。J.B.ヘール氏が最初に日本に宣教師として来日しました。キリシタン禁令の高札が撤去された4年後です。その翌年、お兄さんのA.D.ヘール氏がやってきて、兄弟で大阪、和歌山、三重の紀伊半島を伝道していき、多くの教会を設立していきました。また初期の20年間に、合わせて20名位の人たちが来日していて、その多くが女性たちでしたが、彼女たちの働きで、大阪女学院、また名古屋の金城学園などの設立に大きな働きをしました。他にも信徒たちによって河内長野の清教学園が建てられていきました。このように教会、学校を立てて伝道していったのです。
 それらの教会は、その後日本キリスト教団や、その他の教派の中に移っていったりして、現在の日本中会の教会には所属していません。現在の私たちの教会の群れは戦後からで、現在日本中会には14の教会があり、そのうちの1つがブラジルにあります。本日は、また私たちの教会での「ミッションサンデー」でもあります。今年のテーマは「伝道所、伝道教会を支援する」であり、「あさひ」「市川グレース」の伝道所と「泉」、「田園」、「マッタ」の伝道教会の活動、福音宣教と教会形成のために、共同の祈りを合わせます。 
 教派の教会には、それぞれの信仰告白があります。私たちの教会も1810年に誕生し、4年後の1814年に最初の信仰告白を言い現しました。そして後、ほぼ70年経った1883年に、新たに信仰告白を言い現しました。そして現在、1984年に信仰告白したものがあります。
 現在の「信仰告白」の最初に、今朝読みましたヨハネ福音書3章16節「神は、その独り子をお与えになったほどに世を愛された」が記されています。私たちはこの聖句にキリストの福音が凝縮されていると信じているのです。「神様が、その独り子、これはイエス・キリストを表していますが、その独り子をお与えになったほどに愛された」と言っています。イエス様は、私たちの罪を贖うために、自らの命を捧げられました。十字架の上において死んで下さったのです。私たちの教会は、この出来事が、すべての人のためであったと信仰告白し始めました。私たちだけではありません。すべての人です。求道者の方々にも、「イエス様はあなたを愛された方だ」と言えます。私たちは、この方を知らせることができます。「あなたのために十字架にかかり、あなたを命をかけて愛して下さった」のだと。「独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」と、イエス・キリストを伝えていくのです。
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by higacoch | 2012-06-30 15:53 | ヨハネ福音書

2012年6月17日

「地の塩・世の光として生きる」 
  創世記18:22-33、マタイ福音書5:13-16  関 伸子 伝道師


 イエスは、「あなたがたは地の塩である」また「あなたがたは世の光である」と言われます。「地の塩・世の光」とは、語りかけられているキリスト者、また教会の使命、あるいは存在理由に関わることです。使命であり任務であり、また存在理由である限り、確かに命令を内に含んでいます。しかしここに語られているのは命令以上のことだと思います。
 マタイは、塩と光ということで一体何を言おうとしているのでしょうか。13節で、イエスは「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩付けられよう。もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられる」と言われます。塩が塩としての効力を失うというようなことは、今日わたしたちが用いている塩については考えることができません。しかし新約聖書の時代にその地方で用いられていた塩は、多くの不純物を含んだ岩塩で、湿気などで塩分が溶けると、塩という名で呼ばれても、もはや塩ではないということがあり得ました。そのような塩は、もはや何の働きもしません。この「地の塩」の譬えによってイエスが弟子たち、またわたしたちに求めておられるのは、塩が不純物によって塩としての本質を失わずに、それを保持し続けることと共に、しかし、塩が純度の高い塩として塩壺の中に留まり続けるのではなく、地に播かれて塩としての効力を示すことです。そのためには、塩はまず塩壺の中から取り出されなければなりません。それが塩にとってどのように居心地のよい場所であっても、塩壺は最終的に塩のいるべき場所ではないのです。塩は塩自身のために存在するのではなく、地に播かれるために存在しているのですから、塩は塩壺から取り出されて地に播かれなければなりません。塩としての効力を示しつつ、地中に深く浸透してゆかなければなりません。
 さらにイエスは14節で「あなたがたは世の光である」と語りかけられます。この御言葉は、わたしたちを驚かせます。なぜかと言えば、ここでは、「あなたがたは世の光であるべきだ」とは語られずに「あなたがたは世の光である」と語られているからです。もしこれが「世の光であるべき」というのであれば、たといそれがどのように厳しい要求であっても、それは不可解な言葉ではありません。そのような言葉をわたしたちは、世の道徳家や教育者からいつも聞いています。
 わたしたちがこの御言葉に驚くのは、イエスご自身が「わたしは世の光である」(ヨハネ8:12)と語られるのを思い出すからです。イエスはここで、ご自身について語られるのと同じ言い方で、「あなたがたは世の光である」と語られます。イエスは、ご自身についてだけ用いることができるはずの「光」という言葉を、弟子たちについて、またわたしたちについて用いられるのです。それは、イエスが、弟子たちを、またわたしたちを、また教会をご自身と等しく置かれるということではないでしょうか。したがって、これは驚くべき御言葉だと言わざるをえないのです。
 イエスは、その昇天と再臨の間の時間の中に、すなわちイエスが地上にいない「中間の時」と呼ばれる時間の中に、わたしたち、すなわち教会がそのようなものとして存在し続けることを望まれました。ただひとり真の光である方の照り返しとして、その方を指し示すものとして、存続し続けることを望まれました。
 創世記18:22以下で、昔、神はアブラハムに、罪の町ソドムの中に義人が50人、45人、30人、20人、いや10人いても、この町を滅ぼさない、と約束なさいました。アブラハムは10人まで粘って、祈りを終えました。残念ながら、御使いの声に従ったのは、10人でも5人でもない、4人だけでした。それはロトと、ロトの妻と二人の娘でした。結果としては、ソドムの町は滅ぼされてしまいます。しかし、ロトの家族だけが救われた。これは祈っても無駄だったということでしょうか。神様は必ずご計画を成し遂げられるお方です。だったら、人間の祈りが入り込むすきがないことになります。しかし、祈りは決して無駄ではありません。なぜなら、神のご計画は、人間の思いを遥かに超えて働くことをわたしたちは知っているからです。
 わたしたち自身が「世の光」と呼ばれる者として、わたしたしの全生活・全存在をもって、ただひとりの真の光である方を証しする者でありたいと思います。わたしたちがキリスト者として生き、教会が教会としてこの世に存在することの意義は、それ以外にありません。塩も光も周囲とは異質な存在であるからこそ意味を持つのです。更にそのどちらも、僅かであっても周囲の状況を変えることに注意したいのです。
 もちろん、イエスは、わたしたち一人ひとりの慰めや平安や喜びも無視されません。しかし、イエスにとって重要なのは世界全体の救いであり、人間全体の解放です。あの山上で弟子たちを囲んでいた、悩み苦しむ群衆全体の救いです。そのためにこそ、イエスは弟子たちを召しだしました。わたしたちがそのようなイエスの目的に従って、そのために働くときにこそ、そのような働きの中で、わたしたち一人ひとりの慰めや平安や喜びも、「付随的に」(バルト)与えられるに違いありません。
 イエスはわたしたちを「地の塩、世の光」と呼んでくださいます。わたしたちは、地の塩、世の光の名に値するイエスに生かされる以外にないのです。そしてその時、わたしたちもまた、イエスに似た塩、光になるという奇跡が始まるのです。わたしたちは、このイエスにすべてを委ねつつ歩みましょう。
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by higacoch | 2012-06-23 10:14 | マタイ

2012年6月10日

『 人生の文様 』  ルカ福音書 19章11節~27節
                         荒瀬 正彦 牧師

 私たちの人生はしばしば機織りに譬えられることがあります。機織りというのは縦糸と横糸が布を織りなして行くものです。人生の機織りにおいて縦糸というのは神様の元から私たちの方に向かってずっと引かれている神様の愛の御計画であろうと思います。この縦糸が無ければ私たちの人生と言う布は織れません。私たちの計画、私たちの生き方という横糸だけでは、いくら努力してもこんがらがるばかりで布にはなって行かない。神様の摂理、神様のご計画という縦糸をかいくぐりながら、私たちの人生の横糸は右へ左へと揺れています。いや、揺れるというより右へ放り投げられ、左に放り投げられるように思える時すらある。
 新約聖書の民である私たちにとって、その縦糸は復活のイエス様が再臨されるという希望の糸です。その縦糸を見詰めつつも、私たちの生活という横糸はあちらへ振られ、こちらへ振られて行きます。いつの日か、織り上げられた人生という布地を広げたとき、そこに織り成されている人生の文様を見るのです。布地の文様はそれ一枚だけのもの。それしかない。その人だけの文様です。それだから意味があって美しいと言える人間の生き様の文様です。人は、自分がどんな文様を織り成しているのか、目の前に向かっては知る由もありません。そこでつい現在や未来を見ようとするとき、過去からの線を引いて、その延長上に見ようといたします。しかし実は未来は、いや現在すらも、未来のあるべき姿から線を引いて決定されている。あるべき未来とは、再臨の主という縦糸です。復活の主が再び来られる日です。この日があるから、今こうして希望に生きているのではないでしょうか。ルカ19章11節からの「ムナの譬え話」は、再び来られる主イエス・キリスト、即ち、旅から帰って来られる再臨の主を迎える生き方を、譬えをもって語られているところです。その日は必ずやってくる。来るべきその日を基点として今の生き方を整える。現在は新しい未来によって決定される。つまりは縦糸について語られている。
 10人の僕に皆同じに1ムナずつ渡されます。そして「これで商売しなさい」と言います。使命が申し渡されます。ムナが表すものは福音と考えてよいでしょう。十字架の恵み、神様の愛です。私たちが神様から頂く愛、キリストの恵み、聖霊の導きは、人によって違うということはありません。皆、平等です。
 旅から帰って来た主人が僕に「あのムナをどう用いたか」と聞きますと、第1の僕も第2の僕も「あなたの1ムナは更に10ムナを(5ムナを)生み出しました」。と答えます。僕たちは、自分が労苦し努力した結果、儲けたとは言わない。私という小さな存在と、その私が右に左に放り投げられるように揺れて生きてきた人生、自慢にもならない生き様・・、そのことを用いてムナそのものが生きて働いて、人の思いを超えて大きなものを生み出して行く。御言葉そのものが、私たちを用いて大きく育って行く。からし種一粒のような小さな福音が、福音そのものの力によって鳥を宿すような大きな木に成長する、そのことを証しするのです。
 ところが第3の僕はこう答える。「ご主人様、これがあなたの1ムナです。布に包んで仕舞っておきました」。ユダヤの掟では布にくるんで仕舞うのは雑なやり方です。つまり第3の僕は神様の恵みを粗末にしていたということです。しかも福音は、与えられた人だけのものではない。十字架はすべての人のためのものでした。主は私のために十字架につかれた・・それは事実です。がしかし、同時にあの人のためでもあり、この人のためでもあるのです。隣人のものでもある福音を、自分一人のためにとっておいて、布に包んで仕舞っておいて良いものだろうか。1ムナは小さなもの。だが小さな事への忠実さが求められています。神の言葉、即ち福音は、この世の中では最も小さいもののように見えます。からし種ほどのものです。この頼りなく小さなものにどこまでも忠実であることが求められているのです。
 人生は、振り返って過去を見るのではなく、主が再び来られる日から見なければならない。縦糸は向こうから此方へ向かって張られている。終わりの日から現在の有り様が指示されているのです。終わりの日に私たちの生き方が問われるのです。
 1ムナが10ムナになるには、私たちが努力して儲けるのではない。むしろその反対に、1ムナを皆で分かち合えばよいのです。その時ムナは増えるのです。
 信仰に生きる世界は、1ムナが5ムナとなり、10ムナとなるという恵みの世界です。そしてそこに美しい文様が織り成されて行くのです。
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by higacoch | 2012-06-15 10:09 | ルカ

2012年6月3日

「 あなたは招かれている 」  
            イザヤ書6:1-6、マタイ福音書11:25-30
 
                              
 本屋さんのベストセラーの棚に「ふしぎなキリスト教」という新書が並べてあります。随分売れているようで、数か月前は20万部でしたが、今では30万部と本の帯に記されています。私はもう随分前に読みましたが、聖書の多くの箇所のイエス様の譬え話等が解説されていて、著者のお二人の対話集の形式で書かれた本です。私はお二人は何とか多くの人にキリスト教を知って貰いたい、もっと親しんでもらいたいという思いで書いておられるのだなあと感じました。キリスト教を毛嫌いしたり、敬遠したり、変に思ったりするのではなく、キリスト教を不思議に感じて、聖書の言葉(イエス様の教え)に触れて欲しいという願いを持っておられる方たちだと思います。
 私は、説教の準備をしている中で、キリスト教にあまり触れていない人たちは、どんな風にキリスト教を見ているのだろうかと思い巡らしていましたら、もう30年位前のアンケート調査を思い出しました。それは、私がここに来る前に仕えていた成瀬教会の周辺の方々へのキリスト教に対する意識調査です。神学校の学生さん5人位がしてくれたのでした。その中に今ブラジルでご奉仕されている石塚先生もいらっしゃったと思います。教会に泊って1週間ほどかけて行われました。その結果から解ったのは、近隣の方々は、玉川学園という学園の町ということの地域性もあったかもしれませんが、実にキリスト教に対して好感的で、調査した学生さんたちも驚くほどでした。キリスト教に対する理解も良かったのです。しかし、壁がありました。それは生活としてのキリスト教という壁でした。自分の子どもをキリスト教に触れさせたいと思い、また大人でもキリスト教を教養として身につけたいと大いに思っておられました。しかしながら、自分の生活に、キリスト教を取り入れ、教会に行って礼拝を捧げたいという所には壁があったのです。キリスト教を理解はしても、教会は行かない。ですから、教会の横や前を通りすぎて行きますが、教会の中には入らないという通り過ぎの生き方のようでした。
 さて、今朝の箇所はよく知られた聖句です。というより、昔、よく知られた聖句と言った方がいいのかもしれません。かつては、教会の案内板に、教会のそばを通り過ぎて行く人に見えるように、よく書かれていた聖句です。「すべて労する者・重荷を負う者、われに来たれ、われ汝らを休ません」。(文語訳)。皆さんの中には文語訳よりも口語訳「すべて重荷を負うて、苦労している者は、わたしのもとに来なさい。あなたがたを休ませてあげよう」の方をよく見たと言われるかもしれません。
 しかし、最近、この聖句が教会の看板で見られなくなってきているなあと思ったりします。それはどうしてなのでしょうか。私は言葉が心に響かなくなってきているのではないかと思うのです。それで、教会の看板からもだんだんと消えているように思えます。では、どうしてなのか。神様の力が弱まってきているからなのでしょうか。神様が働いておられないからなのでしょうか。そうではありません。心に響かなくなってきているのは、私たちの側に問題があると思うのです。それは私たちが人間的な知恵によって生きようとしている、イエス様の言葉から言うと「賢い者となっている」からではないでしょうか。現代は多くの情報が溢れています。スマートフォン、アイパッドですぐに情報を取り入れて、どこにいても調べたいことを調べることができます。こうして人は多くの情報を得て、自分の知恵で賢い生活をし、生きようとしています。
 28節の原文のギリシア語を直訳しますと、「私のもとに来なさい。重荷を負い、苦労している誰でも。そうしたなら、私はあなたがたを休ませてあげます」となります。最初にイエス様が「私のもとに来なさい」と言われていることを私は強調したいのです。誰かの所、友人、知人、先輩、上司の所、また電子情報によるのではなく、「私のもとに来なさい」と招いておられる。だからイエス様の所に行くこと、これこそがイエス様が言われているように、幼子のようになることではないかと思います。イエス様の言葉を聞き、イエス様を信頼して生きること、イエス様を信じて生きることだと思うのです。「疲れた者、重荷を負う者、誰でも」とは、自分以外の誰でも、ではありません。あなたにも語られています。「わたしのもとにきなさい。」と。このイエス様の語り掛け、イエス様の招きを受け止めて頂きたい。そうすることで、あなたに休みが与えられるのです、
 イエス様は、あなたを招いて下さっています。疲れている人、重荷を負って苦労している者に声をかけて下さっています。私のもとに来なさいと。イエス様は言われています。疲れた者、重荷を負う者、誰でも、と。あの人なら、この人はダメと選んで招いてはおられません。またあなたは、順番待ちだから、も少し待っていなさいといわれていません。誰でも、何時でも、「わたしのもとにきなさい」と声をかけて下さっています。このことを受け止めていて頂きたい。そして、イエス様を見上げて、イエス様を信じて生きていって頂きたいのです。そこには、今まで思いもつかない安らぎがあり、また生きる希望が、力が与えられます。
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by higacoch | 2012-06-09 16:28 | マタイ

2012年5月27日

 「神の霊が注がれた日」  
             ヨエル書2:23-3:2、使徒言行録2:1-13

 
 皆さんと共にペンテコステの礼拝を捧げることができることを、主にあって感謝し、とても嬉しく思います。この日に神の霊が弟子たちに注がれて、彼らは力を得、イエス様がキリスト(救い主)だと語り出しました。聖霊の注ぎはイエス様の約束でした。「あなたがたの上に聖霊が降るとあなたがたは力を受ける。そしてエルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリヤの全土で、また地の果てに至るまで、わたしの証人となる」(使徒1:8)ただこの聖霊が何時、どこで注がれるのかは語られてはいませんでした。弟子たちは一つの所に集まって祈っていました。五旬祭の日でした。この日を境にして、彼らは使徒と呼ばれるようになりました。キリストの証人として遣わされた者とされたからです。この使徒たちの活動記録が使徒言行録です。彼らの伝道は、ユダヤの都エルサレムだけに留まりませんでした。エルサレムから始まり、ユダヤ、サマリヤの全域に、さらに地の果てまで神によって遣わされていったのです。
 彼らが聖霊の力によって為したことに既に遣わされる使命が現れていました。使徒たちは、それぞれ違った外国の言葉、現在のイラク、サウジアラビア、トルコ、エジプト、リビア、イタリア等の言葉で話し出しました。当時で言えば、世界の国々です。これは後にその国々にもその国の言葉で福音が宣べ伝えられることが暗示されています。使徒たちはそれぞれ違った外国の言葉で話し出しましたが、その内容は神の偉大なる出来事、救いの出来事、主イエス・キリストの出来事を誰もが語っていました。言葉は違っていても、同じ神の救いの出来事を語っていました。
 旧約聖書に、人々がどうして、いろいろな国々の言葉を話すのか、その元となった物語が記されています。バベルの塔の物語(創世記11章)ですが、人間たちが傲慢になり、神のようになろうとした結果、神の裁きを受けた物語です。その結果、人々が語る言葉が通じなくなり、人々は散らされていき、多くの言葉が語られるようになったとあります。ですから多くの言葉は、神の裁きの結果と考えられてきました。しかしペンテコステには、言葉は違っていても同じ神の救いの出来事が語られたことによって、神によって一つとされ、神の裁きが祝福へと変えられたということが言えます。しかも、それぞれの言葉で神の偉大な御業をほめたたえ、多くの人がイエス・キリストを信じて洗礼を受け、その日に教会が建てられていきました。
 また外国語で神の偉大な救いの出来事が語られたのは、福音宣教の原型を表しているとも言われています。と言うのはユダヤ教では、現代でも多くの国々で神の出来事が語られていますが、礼拝の正式な用語はイエス様の時代から変わらず、ヘブライ語です。これはイスラム教でも同じで、聖典と言われているコーランは、アラビア語であり、このアラビア語が読まれるのです。日本にユダヤ教やイスラム今日の会堂があってもずっと変わらずヘブライ語、アラビア語です。
 それに対して、日本にある教会で、新約聖書を原語のギリシア語で読んで礼拝をしている教会を私は知りません。皆さんが解る言葉で、聖書は読まれます。ペンテコステの日には、使徒たちがそれぞれ外国語を話しました。それによって、その外国語を使う国からやってきた人々は、使徒たちが語る神の偉大な出来事が解り、感動し、心打たれたのです。もし、へブライ語で語られていたのなら、外国で生まれ育った人たちは、解らなかったでしょう。使徒たちがその人たちの国の言葉で話したから解ったのです。このことが、もうすでにペンテコステの日に起こっていたのです。神の出来事は、旧約聖書のへブル語でしか解らない。だから、元々のへブル語、新約聖書はギリシア語で読まれなければならないという、原語中心主義ではなかったのです。
 キリスト教はその国々の言葉で神の出来事が語られています。カトリック教会の礼拝用語はずっとラテン語でしたけれども、プロテスタントの教会では、宗教改革者マルチン・ルターによって、この点でも改革されました。ルターは人々が神の偉大な出来事を知り、解るために、その国の人々に通じる言葉で、聖書が読まれるべきだと考え、ドイツ語の聖書翻訳に精出しました。そしてドイツ語の聖書を印刷発行して、礼拝でドイツ語の聖書を読んでいったのです。こうして、プロテスタントの教会は、それぞれの国で聖書翻訳をし、その国々の言葉で聖書を読み、神の偉大な出来事を人々に知らせるようになり、そして人々はその国の言葉で、救いの出来事を知り、解るようになり、イエス様を救い主と信じていきました。そうして信仰者が起こされて、教会が建てられていったのです。ドイツでも、イギリスでも、フランスでもです。そして、ここ日本でもプロテスタントの教会は早い段階で、日本語による礼拝を守るようになっていきました。こうしたことを思うと、ペンテコステの日に、起こったことは、教会の本来の姿の基本形が、もうここに示され、起こっているということです。そして、この出来事をもたらしたのは神です。神が霊を弟子たちに注いで、彼らを使徒として下さいました。そして使徒たちは、復活のイエス様が救い主だと、大胆に説教し、多くの信仰者が起こされて、そこに教会が建てられていきました。神の霊が注がれた日に、このことが起こったのです。
 ここに東小金井教会が建てられていることも、神の霊、聖霊が注ぎがあってのことなのです。私たちも、聖霊を受けて、救い主イエス様を信じることができるようにされたのです。このことを深く受けとめ、思い巡らし、感謝しましょう。そして、私たちもキリストの証人とされていることを覚えて、キリストを伝える者として歩んでいきましょう。
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by higacoch | 2012-06-02 15:55 | 使徒言行録