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2011年9月25日

「平安の内に」  詩編121:1-8、ヨハネ福音書14:1-3
                             
 今年も、皆様と共に、召天者記念礼拝を捧げることができ、感謝しています。ただ、今年は、これまでとは違う年であることを覚えます。それは、3月11日に起こった東日本大震災で、多くの人が亡くなったからです。未だに行方不明の方も多く、合わせて、9月16日現在の警視庁の発表によりますと、19,846人です。ほぼ2万人とアバウトで言いたくありません。なぜなら、亡くなられた一人一人に対する、深い悲しみがあるからです。家族を失い、一人ぽっちになった人、両親を、愛するわが子を、親戚の人を亡くされて、深い悲しみに耐え、今も癒されない悲しみに沈んでいる人がおられます。亡くなられた方々の魂を神様が捉えて下さいますようにと祈り、悲しんでおられる方々のために、神様の支えと慰めがありますように、祈りつつ、ずっと過ごしてきました。これからも続きます。こうしたことを思いながら、召天者記念礼拝を捧げています。どうしても被災された方々のことを思わずには、この礼拝を捧げることができないのです。
 私たちが救い主と信じているイエス様が、こんなことを言われています。都エルサレムに建っていたシロアムという塔が、何かの理由で、地震なのか、嵐によってなのかは、解りませんが、倒れるという事件があり、死者18人が出ました。それに対して、ある人々が言いました。事故で死んだ18人は、罪深い人間だった、よく言われるように、ばちが当たったと。その噂が人々の間に広がっていきました。それを聞いたイエス様は、強い口調で「18人は、ほかの人に比べて罪深い人だったと思うのか、決してそうではない。」と言われています。イエス様は、このように事故や災害で亡くなった人が、罪深い人であるとか、神の裁きが下ったとかいう考えを真っ向から否定しておられます。私たちも安易に、亡くなった人が、ああだ、こうだと決めつけてしまってはいけないのです。むしろ、そうした考えを持ってしまう人こそ悔い改めなさい、と言われ、そうした考えを持ち続けることは、滅びることだと言われています。 東日本大震災が、どうしてこの年に起こったのか、またどうして多くの人が亡くなったのか、その出来事の意味を今、深く知ることができません。でもお一人一人の生も死も、決して無駄になるのではなく、意味があると信じていますし、今は良く解らなくても、この悲しい出来事の意味が解る時が来るのだと信じています。
 今朝は召天者記念礼拝です。今朝の聖書はヨハネ福音書の箇所です。ここは、葬儀の時、私は必ずと言っていいほどに、読むことにしています。教会では告別式と言われる葬儀を、神様を礼拝することと考えていますが、それは、私たちの命は、神様から与えられ、その命は神様によって取られる、それは天に召されると信じているからです。このように、生も死も神様の御手の中にあり、生も死も神様の御赦しの中で起こっていると信じているからです。ここでの言葉は、イエス・キリストが弟子たちに語られたことですが、また私たちにも語られていることでもあり、ここに来られた皆さんにも語られていることです。
 「神を信じなさい。そして、私を信じなさい。私の父の家には、住むところがたくさんある。行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻ってきてあなたがたをわたしのもとに迎える」と言われています。ここで、場所の用意に行く。その場所が用意できたなら、もう一度戻ってきて、私が用意した場所に迎えると言われています。戻って来られた時には、必ず場所が用意されているということです。イエス様の言われた「行く」という言葉は、単なる地上の場所の移動を言うのではありません。このヨハネ福音書を読んでいけば、すぐに解りますが、それは「死」を意味しています。イエス様は、弟子たちのため、否、すべての人のために死なれた、すべての人の罪のために死なれました。言葉通りに、イエス様は十字架の上で死なれました。しかし、それですべてが終わったのではないのです。イエス様は三日目によみがえられました。死は、この世を支配したように見えましたが、そうではありませんでした。死は、命に呑み込まれてしまったのです。つまり、死が勝利したのではなく、命に呑み込まれて、命が勝利したのです。この復活の命をイエス様は示されました。そして、弟子たちの所にやってきて、その復活の体を見せて、彼らに「平安あれ」と語り掛けられました。このことは、私たちが、たとい死んだとしても神の御手から奪い去られることはないということです。神が、迎えて下さるのです。
 私たちもいずれは、死を迎えます。どのような死を迎えるのか、誰も言い当てることはできません。しかし、死は必ずやってくるとのですから、生きているうちに、しっかりと死を見つめ、そして、生の大切さを知って生きて行って頂きたい。「神は、独り子イエス・キリストを世にお遣わしになりました。その方によってわたしたちが生きるようになるためです。ここに神の愛が私たちのうちに示されました。わたしたちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛して、私たちの罪を償ういけにえとして御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。」とヨハネの手紙にあります。
 神は人間の救いのために、イエス・キリストをこの世に与えられました。そのイエス・キリストは私たちの救いのために死んで下さいました。命をかけて私たちを愛して下さったのです。それは何よりも私たちを生かすためでした。私たちはイエス・キリストの愛を知ることによって、愛されて、生かされていることを知るのです。私たちはひとり、この世にほうりだされたのではありません。愛され生かされた存在なのです。
 新しい命を表して、弟子たちに「平安あれ」と言われたように、今、私たちにも語りかけて下さっています。神は、平安のうちに生きるように、私たちを導いて下さっているのです。このことを生きている間に受け止めイエス・キリストを見上げて生きて行って頂いたい。お一人お一人がキリストの愛、それに生かされて、平安の内に、大切な人生を歩んでいって頂きたいのです。
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by higacoch | 2011-09-26 16:23 | ヨハネ福音書

2011年9月18日

 「福音に生きて欲しい」 詩編62:2-13、Ⅰコリント1:10-17

 パウロは、手紙の冒頭で挨拶と感謝を表し、それが終わるといきなり勧告をしています。突飛な書き方だと感じますが、どうしても早く書きたかったのでしょう。それはクロエ家の人から聞いた、教会内に4つのグループがあって、「わたしはパウロにつく」とか「わたしはアポロにつく」、「わたしはケファ(ペトロ)につく」、「わたしはキリストにつく」と言って教会内で争っていることについてでした。こうした分派争いに対して勧告しているのです。
 パウロは、こうした分派争いが起こるのは、教会にとって困ったことだと思ったでしょう。ただそれだけではなく、こうした分派争いはもっと重大な問題をはらんでいるということを感じたと思うのです。それは単なる人間の争いによる分裂問題だけではなく、教会の本質的な問題にも及ぶことになると考えました。それはキリストの福音と、救いの本質にかかわることだったのです。それで突っ込んで、パウロは大事な二つを問いかけています。
 第一は、「キリストを分けることができるのか。」です。どうして一人のキリストを分けることができるのか、キリストは一人です。何人もキリストがいる訳ではありません。一人のキリストがいて、それを三つ、四つに分けて、それぞれに真理があると言えるでしょうか。そのうちの一つを信じていればいいというのではありません。キリストはただ一人なのです。それはイエス・キリストです。
 第二の問いかけは、「あなた方のためにパウロは十字架にかかって死んでくれたのですか。」です。アポロはどうか。ペトロはどうか、誰が、われわれのために死んでくれたのかです。それもただ一人、イエス・キリストです。
 パウロはこう問いかけて、自分がコリントでは洗礼を授けた人が少ない、それは良かったことだと言っています。「私はクリストとガイオ以外は、誰にも洗礼を授けていない」ことを神様に感謝していると言っています。よく誰々、大先生のお世話になった、先生によって洗礼を授けてもらった。その先生が有名であれば、それだけで箔がつくように考えている人がいたりします。それは全くの間違いです。洗礼を授けた先生によって、洗礼の価値が高まるものではありません。パウロがこんなことを言っているのは、自分が洗礼を授けたことが分派争いの原因の一つになってしまったのではないかと心配していたためかもしれません。自分が多くの人に洗礼を授けなかったことが良かったと言っています。このことは洗礼を授けることは必要ではない、重要でないと言っているのではありません。ここで洗礼論を議論しようとしているのでもありません。パウロは洗礼が勝手な理由に挙げられることを恐れたのです。そして誤解を恐れずに、パウロはこう言い切っています。「キリストが私を遣わされたのは、洗礼を授けるためでないのだ。そのようなために私は遣わされてはいない。そうではなく、福音を告げ知らせるために遣わされた」というのです。このことで、ここでパウロが一番言いたいことが解ります。
 分派争いをし「わたしはパウロに」「わたしはアポロに」と言って争っていることで、どんなことなるのか、それはひいてはキリストの十字架が空しいものになってしまわないのかと、問いかけています。パウロが一番言いたいことは、そのような争いは、キリストの十字架を空しくしてしまうということです。あなたがたがそのように争っていることによって、福音の中心である救い、キリストの十字架の死を空しいものとしてしまう事なんだと言いたいのです。キリスト者はイエス様の十字架によって、罪を赦され、神様との和解を与えられていると信じているのに、教会内で争い続けるなら、何のためのイエス様の十字架か、その死は無駄ではないかということであり、キリストの救いはありませんし、キリスト教はおしまいであります。こうした大事なことを失うようなことになってはならない、このことに気づいて欲しいとパウロは言いたかったのです。誰々が正しいからその人につくことによって、キリストをいくつにも分けてしまうことになります。そうすれば、だだ一人のキリストの十字架の死があいまいになってしまい、キリストによる救いが解らなくなってしまいます。そうした所では、キリストの福音から離れていくことになるので、どうしても言っておきたい大事なことだったのです。分派争いをするのではなく、キリストの救いをしっかりと受け止めて、キリストの救いの福音に生きて行って欲しいと願ったのです。
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by higacoch | 2011-09-19 16:58 | コリント

2011年9月11日

 「神の力、神の知恵」 イザヤ40:27-31、Ⅰコリント1:18-25 
                            
 先週は、パウロがコリントの教会の様子を聞いて教会員に勧告した箇所を共に読みました。コリントの教会では信徒たちの間に、4つの派閥があって互いに争っていました。パウロは彼らが教会内で争うことによって、キリストの救いの福音が空しくなっていることを示したかったのでしょう。争ってばかりでいると、キリストがわたしたちの罪のために十字架で死んで下さったことが無駄になってしまうし、キリストの十字架が空しいものになってしまうと言っています。だから、続けて十字架の救いの恵みを大胆に語るのです。「十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には、神の力です」と。これは宣言であり、私たちに感動を与えます。多くの人がそらんじている聖句です。以前、読んでいた口語訳聖書では、ここの「言葉」を「言」で表し、深い意味を表すものとしていました。この「言」は、ヨハネ福音書の冒頭にある「初めに言があった」とあり、「言」はイエス・キリストを表しています。ですので、今朝の「(十字架の)言葉」は、「イエス・キリスト」と言い換えていいのです。十字架のイエス・キリストの死を知っているものにとって、大きな恵みであります。しかしながら、十字架のイエス・キリストを知らない人にとっては、十字架に架けられた者は呪われたものであって、そうした者を信じるのは、愚かしいのであります。
 日本も明治から昭和の初期まで、キリスト者は世の中の人から「キリスト教徒の弱虫は、はりつけ拝んで涙を流す」とはやしたてられ、そしられました。コリントの町の人々も、十字架のイエス・キリストの恵みが解っていませんでした。だから、愚かしいことだと考えたのです。実際、同じギリシアの町、アテネでパウロが伝道した時も話がイエス・キリストの十字架と復活の話に至ると、人々はあざ笑い、その話はいずれまた、と言って離れて行きました。
 パウロも言っています。「ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探します」と。しるしとは、奇跡であります。人がそれを見て、それに触れて、驚き、そこに神の手を見て、神の働きを見ようとするのです。イエス様も人々がしるしだけを求めるのを嘆いておられます。神様を信じるためには、特別なしるしを求めたのです。それを見れば信じられると、考えました。これは、ユダヤ人だけの問題ではありません。しるしを求めるのは、私たちでもあるのです。
 次に、ギリシア人は知恵を探すとあります。ギリシアは哲学の国として知られています。多くの哲学者、思想家を輩出しています。哲学は、フィロソフィーと言い、フィロスとソフィアとの合成語で、フィロスは「愛する」の意味であり、ソフィアは「知恵」です。それを合わせて「知恵を愛する人」なのです。哲学者は、知恵を愛している人でした。ギリシア人はそのように知恵を愛しました。そして、人間の知恵で神を知ろうとしました。このことは私たちにも通じるもので、理性によって神を知ろうとするのです。
 パウロは、教会の人たちに問い掛けています。「知恵ある人はどこにいる。神は世の知恵を愚かなものにされたではないか。世は自分の知恵で神を知ることはできなかった。それは神の知恵にかなっていた」と。ここでの「神を知る」とは、「十字架の救いの出来事を知る」ことです。これは人間の知恵では知りえなかったと言っています。こうしたことで、人間の知恵の限界を言っています。この限界を神は知っておられた。だからと言って、神を知り得ない人間を神は見捨てられたかと言いますと、そうではありません。その救いの出来事を、知恵によってではなく、宣教という手段でもって知らせ、それを信じる者に救いを与えられました。
 パウロは、言い争っている教会員に言っています。あなた方は、それを知らされ、受け入れ、主に召されたものですと。そのような人はユダヤ人であろうと、ギリシア人であろうと、神に愛されたものなのです。そして、召された者にとっては、十字架のイエス・キリストは、神の力、神の知恵なのですと、力強く語っています。だから、教会内で争うことは、十字架の救いが空しいものになってしまうので、そうではなく、務めて十字架のイエス・キリストの救いを証して、伝えていこうと勧めているのです。
 私たちもこの地で召されたものとして、十字架のイエス・キリストの救いの恵みを伝えていきましょう。
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by higacoch | 2011-09-12 16:53 | コリント

2011年9月4日

「キリストとの交わりに」 イザヤ49:7-8.Ⅰコリント1:1-9

 パウロは第2回目の伝道旅行で、コリントの町にも留まり、会堂を中心してイエス・キリストの福音を大胆に説教していきました。こうして、コリントにも信仰者が与えられ、教会が建てられていきました。今朝は、パウロがその教会に宛てた手紙から、御言葉に聞きたいと思います。
 伝道者パウロのコリントの前のアテネでの伝道は、うまくいかなかったようです。そこで、パウロはアテネを離れ、次に一人で向かったのが、当時、大都市として知られていたコリントでした。ここはローマ帝国の植民地都市で、貿易、商業で繁栄していました。人口はすでに70万人位だった言われます。そのうち自由人と言われた人が20万人、他は奴隷でした。奴隷が50万人、自由人の2倍半です。これほど奴隷が多いこの町は健全な町とはとうてい言えないでしょう。町の活動は、ほとんと奴隷によって支えられていたのですから。そして奴隷は、自由人の所有物のように考えられ、家畜のように扱われていたとも言われます。またこのコリントには、ギリシヤの神々の大神殿があり、そこには女性の祭司が千人以上いたとも言われています。これらの祭司は、神殿娼婦であり、その信仰では、祭司と交われば、救いが与えられると教えられ、夜に祭司たちはさかんに活動していました。しかもおおっぴらになされていたのです。ギリシヤ語で、「コリントする」というのは、売春するという意味であり、また「コリントの出身」というのは、みだらな人の代名詞でした。
 パウロがコリントの町で伝道した時、ひと組のクリスチャン夫婦に会いました。アキラとプリスキラです。二人は、以前ローマ帝国の都に住んでいましたが、当時の皇帝クラウデオがユダヤ人追放令を出したので、難を逃れて、コリントに移住してきたばかりでした。このユダヤ人追放令は、実際のところは、キリスト者への迫害であり、キリスト者追放であったのです。二人ともユダヤ人で、パウロとこの夫婦を結びつけたのは、どちらも天幕造りという同業であったことが大きかったでしょう。パウロもユダヤでは律法学者でしたが、そうした律法学者はただ教えるだけで生活していたわけではなく、手に何らかの職をつけており、そこから収入を得ていたといわれます。パウロは、羊の皮を縫い合わせてテントを造っていたのです。
 パウロは新しい場所で伝道するとき、まずその町にあるユダヤ人の会堂に出かけ、そこでユダヤ人と議論しました。そして、彼の教えがユダヤ教とは違うことが解ってくると、会堂の人たちはパウロを迫害し、追い出しにかかりました。そして、コリントの場合は、ついに会堂から追い出されて、クリスチャンになったユストの家(会堂の隣にありました)で説教し、神の福音をのべ伝えていきました。そんな中で、多くの人々がパウロの言葉を受け入れ、キリストを信じて、洗礼を受けたとあります。コリントの町に、1年半ほどいて、また伝道に旅立ち、しばらく後にエフェソの町に行きました。ここで伝道していた時にコリントの教会にあてて手紙を書いたといわれます。
 今朝は、手紙の冒頭です。最初は、挨拶から書き始め、彼は自分を紹介して、こう言っています。「神の御心によって召されたキリスト・イエスの使徒となったパウロ」と。自分を主の弟子たちと並ぶ使徒と言っています。そして、「コリントの神の教会へ」と書いています。
 私は、ここで「神の教会」と言っているのに、まず驚きました。パウロの特別な思いがあると感じます。というのは、コリントの教会は、これから学びますが、実に多くの問題を抱えていました。冒頭の挨拶と感謝を述べた後、すぐに信徒たちの争いという問題を取り上げています。また、異教の神々の教えや信仰に惑わされるとか、多くの問題がありました。異教の神々にささげられた供え物を食べていいのか、食べたら、異教の神々を信じることになるのか、また結婚問題についてなど、また主の記念として守る聖餐の執行の問題などが、つづられています。このような問題を考えてみますと、人の教会、罪を犯してどうしようもない罪人の教会という言い方も考えられます。しかし、パウロは「コリントにある神の教会」と呼ぶのです。
 パウロ自身、自分を使徒と言っていますが、その根底には神が福音を伝える者として自分を召して下さったという確信があります。自分の意思で、自分の能力で、信仰を得、使徒となったとは思っていないのです。あくまでの神からの召しによって、神の恵みによって信仰が与えられ、使徒として召されたと信じています。そして同じようにコリントの信徒たちも、神の召しによって信仰者となっていると信じているのです。ですから、はっきりと「神の教会」と呼ぶのです。
 パウロは、「神があなたがたをイエス・キリストとの交わりの中に招き入れて下さっているのだ。だから、あなたがたは、神の教会であり、キリスト者であるのだ」と語りかけています。今朝も、私たちは主の聖餐を頂きます。私たちもキリストの霊との交わりを頂き、今、神の救いの恵みを証詞するようにと遣わされています。教会は、人の集まりですから、人のもめごと、人の問題が起こるでしょう。しかし、一人一人は神によって召し出されて主の救いに生かされている人、神の恵みによって救われて生かされている人々なのです。そしてイエス・キリストの一方的な召しによって、福音によって生きるようにされ、キリストの交わりに入れられた者たちなのです。 
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by higacoch | 2011-09-05 17:04 | コリント