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2011年6月26日

「喜びの讃美は力なり」
詩編137:1-4 ネヘミヤ書8:9-10 コロサイ3:16-17


 先程、皆さんと讃美しました聖歌397番「遠き国や海のはて」という讃美は、J.V.マルティン氏が、1923年に作詞・作曲をしたものです。この年は大正12年、9月1日に関東大震災が起こりました。 
 彼は宣教師として日本に来られ、大阪商科大学、神戸商科大学で英語教師をしながら、宣教された方でした。日本で働かれたこともあって、日本の被災者の方々のために、この聖歌を作られました。歌詞に「遠き国や海の果て、いずこに住む民も見よ、」とあります。「なぐさめもて、かわらざる主の十字架はかがやけり」と、変わることのない、主の慰めと愛が、十字架に輝き示されていると歌われています。
 さて、今朝はユダヤの民が悲しみの中にありましたが、主なる神様によって慰められ、支えられて、生きていったことを学びたい。神様は、決して悲しみをそのままにされない。悲しむ人たちを慰めて、そのような者たちを立ち上がらせ、希望をもって生きるようにしてくださるのです。
 詩編137編には、「バビロンの流れのほとりに座り、シオンを思って、私たちは泣いた。」とあります。ここでの「私たち」はユダヤの民なのです。民全体が共に泣いたのです。ユダヤはバビロン帝国という巨大軍事国によって紀元前587年に滅ばされ、都も神殿も破壊されていきました。それだけでなく、神殿の祭司たちや、宮中の人々や指導者層の多くの人たちが捕虜としてバビロンの国に連行されて行きました。そして、敵地での捕虜生活を強いられました。その時に歌われた歌なのです。抑留生活はとても辛いものでした。「バビロン人が酒の席で余興のために歌えと命じ、強いてくる」そのようにユダヤの民は、苦しみを味わっていました。讃美というのは強制されて歌えるものではありません。宴会のための慰みで歌を歌うことができるでしょうか。悲しみを抱え、辱めを受けて歌えるでしょうか。しかも神様をたたえる歌を歌えるはずがありません。2節に「竪琴は柳の木にかけた」とあります。これは竪琴を使って賛美するのを止めたと言うことで、竪琴を使っていたことを考えますと、彼らは神殿の祭司たちであり、楽隊員だったのかもしれません。
 ユダヤの民の抑留生活は長くほぼ50年間続きました。その後、神はその民を憐れんで下さり、その苦しい生活から解放して下さいました。以前にもモーセを通してエジプトから脱出させて解放してくださったように、今度は、ペルシャのキュロス王を通して解放して下さいました。ユダヤの国を滅ぼしたバビロン大帝国が、ペルシャ帝国によって滅ぼされ、そのペルシャ王がユダヤの人々の故国への帰還を赦したのです。
 ペルシャ王のユダヤ人解放令によって、故国に帰還する者たちがいました。(また一方では、この地にとどまる者もいたようです。)そして、故国に帰還した人々がエルサレムの城壁の再建を目指していった様子がネヘミヤ記に記されています。そして今朝のネヘミヤ記8章は、イスラエルの人々が城壁の完成を祝い、祭司エズラから律法を聞いている様子が記されています。この日は聖なる礼拝の日でした。祭司エズラは神の言葉である律法を、男も女も律法を聞いて理解することができる者たちすべてに向かって読み上げ、説明していきました。それを聞いた人々は律法を理解し、泣いてしまったとあります。彼らは、どうして泣いたのでしょうか。久しぶりに聞いたので感極まって泣いたのでしょうか。或いは城壁が完成したので嬉しくて泣いたのでしょうか。そうではありません。彼らは律法を通して自分たちの罪が指摘され、自らの罪を自覚して、そして神様の前で泣いたのです。自分自身を知り、そして泣いたのです。その様子を見て、エズラは悲しんではならない、「主を喜び祝うことこそ、あなたがたの力の源だと」と人々に言いました。そうです。都の城壁を再建出来たのです。完成に至ったことは主の恵みであります。そうであるなら、主の恵みを感謝して主をほめたたえ、主を喜び祝うことが大事です。このことをエズラは民に力強く、言いたかったのでしょう。だから、主を喜び祝うことこそ、あなたがたの力の源だと。主を喜ぶことは、私たちの力なのだと。
 私たちは主の日に礼拝を献げ、神の言葉を聞き、そこで自分の罪を指摘され、悲しみ泣くことが求められているのでしょうか。そうではありません。罪の赦しが語られ、罪が赦されているのです。主イエス・キリストによって、罪赦されて、私たちは神に愛されているのです。主イエス様は、私たちを愛し、私たちの罪のために、命を賭けて愛して下さいました。それが主イエス様の十字架の贖いの死とその死から復活で示されているのです。
 マルティンさんが作詞作曲された賛美に「主の十字架はかがやけり」と繰り返されているように、主の十字架の愛が、悲しむ者たちに注がれています。そして復活の命が約束されています。主の日に私たちは、主が為して下さったことを受け止めて生きるようにされています。礼拝を献げるのは、わたしたちが、真理を求めて探求し続けるためだけではありません。悲しむために、礼拝に集っているのではありません。主が為して下さった救いの御業をほめたたえて生きるように、喜びの民とされているのです。
 だから、悲しんではならない。むしろ、喜びなさい、なのです。そして、エズラが言っているように、「主を喜び祝うことは、あなたたちの力の源」これは、こうも言えると思います。「主を喜び賛美するのは、私たちの力なのだ」と。賛美によって力が湧いて来るのです。
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by higacoch | 2011-06-27 17:39 | 詩篇

2011年6月19日

「小さな働き、心をこめて」
 ルツ記 2:10-13、4:1-17、 Ⅰコリント3:6-9

                            鈴木 手以 伝道師

 4月の最後の日曜日からの三日間、相模原の牧師先生と共に被災地を訪問してまいりました。全てが押し流され崩壊した、がれきを前にしますと、一体自分たちに何ができるだろうかと、ただただ無力さを覚えたことでした。しかし、被災された7つの教会の先生方を見舞い、お話を伺う中で、大きな悲しみと苦しみの中にあっても、神様が一人一人を支えてくださり、励ましと希望となるような出来事を起してくださっていることを知ることができました。
 今朝はルツ記を通して、神様の語りかけに共に聴いていきたいと思います。
 ルツ記は、飢饉という大きな苦難の中で、すべてを失い、望みを失っていた一人の女性ナオミを、神様が心にかけ、思いもよらなかった大きな助けと祝福を備えていて下さったことを伝えている物語です。
 夫と息子たちに先立たれ一人残されたナオミは、モアブの地を去って、国に帰ることを決意します。モアブの地では10年ほどを過ごしましたが、今や彼女は全てを失い、残されたのは、二人の息子の嫁たち、オルパとルツというモアブの女たちでした。
 ナオミは、二人の嫁たちにベツレヘムに帰る自分と一緒に来ても希望がないと言って、それぞれ再婚してモアブの地にとどまることを勧めましたが、二人は離れようとしませんでした。特にルツは、しゅうとめのナオミと一緒にベツレヘムに行き、死ぬまでそこにとどまる決意を表明しました。「あなたの民はわたしの民、あなたの神は私の神。/死んでお別れするならともかく、そのほかのことであなたを離れるようなことをしたなら、主よ、どうかわたしを幾重にも罰してください」(1:16-17)。
 それは信仰による決意でした。苦しみの他何も残らなかったと思われたモアブでの生活、けれども神様はそのような中で一人のモアブの女性に神様を信じる信仰を与えられていたのです。こうしてナオミとルツは一緒にベツレヘムに向かうこととなりました。ルツにとってはベツレヘム村は異国の地。外国の女と言うだけで物珍しげな目で見られ、やもめで貧しいと言うことで、軽蔑の目にさらされる。決して過ごしやすい場所ではなかったでしょう。しかも、この時代、イスラエルは常に隣国に攻められ、土地は荒れ果て、人の心も殺伐としていました。心のゆとりのない、極度の自己中心が蔓延する暗い時代でした。ベツレヘムに戻っては来ても、二人の生活は先行きの見えない暗いものだったのです。
 けれども、ルツはめげませんでした。「畑に行ってみます。誰か厚意を示してくださる方のもとで、落ち穂を拾わせてもらいます。」と、落穂拾いの仕事を願い出ます。
 当時イスラエルでは、刈り取っていった後の落穂は、貧しい者、やもめ、みなし子、外国からの寄留者のため残しておくべし、と定められていました(レビ23:22)。ルツは困難な状況でも腐ることなく前向きに自分の出来る働きを心を込めて行なったのです。そこに、さらなる神様の大きな助けが起こされていくのでした。
 4月の終わりに津波の被害に遭った教会を訪れましたが、気仙沼の海岸近くの教会では、無くなっていた十字架が戻ってくるという出来事があったそうです。私の後輩であります伊能神学生がボランティアチームの一員としてその教会を訪れ、瓦礫や泥を取り除ける働きに参加した際、彼はボーイスカウトの経験を活かして流木をロープで結び十字架を立ててきました。すると、流された十字架を見つけた地域の方が、その場所へ届けてくれたというのです。土台の他、何一つ残らなかったその教会に「十字架」が戻って来たという出来事は牧師夫妻の心に大きな励ましとなりました。伊能神学生は自分の出来る小さな働きを心を込めてささげてきた、そこに更なる助けが起こされたのです。
 落ち穂を拾いに行ったルツに大きな助けが起こされます。ルツが出かけて行った先の畑は、はからずもボアズというエリメレクの一族にあたる人の土地だったのです。このボアズの目に、熱心に落ち穂を拾い集める外国人ルツの姿が留まるのです。そしてルツのことを知って、大変親切にしてくれるのでした(2:11・12)。ボアズはルツに「ずっとこの畑で穂を拾うといい。喉が乾いたら、いつでも水がめの水をお飲みなさい」と声をかけ、食事の席に招いたり、彼女の前に刈り取った束からわざと穂を落としてくれたりまでしてくれたのです。ルツがそれらのことをナオミに告げますと、ナオミはその人物が自分たちの近親者で、しかも「家を絶やさないようにする責任のある(買い戻しの権利のある)」親類の一人であると伝えました。ナオミとルツにとりましては、この買い戻す権利をもつ人が現れるということは大きな大きな希望でした。あの大変なモアブから戻って来て、そして故郷のベツレヘムで自分たちの土地が買い戻される、それはもう一度自分たちが神様のものとなるようなそんな大きな喜びだったのです。
 神様が慈しみをもって自分たちに臨んでいてくださるのを知ったナオミは、ルツにボアズのもとに行って求婚することを勧めるのでした(3:4)。ルツがナオミの言葉に従ってボアズの足下で寝ていますと、ボアズは衣の裾を広げて彼女を受け入れ、明け方、大麦をもたせてナオミの所へ帰しました。そして朝を迎えるとボアズは、町の門のところへ出て行って、長老たちや町の人々の前で正式にルツとナオミを家に迎えて責任を果たすことを表明するのです。この時、ボアズ以上に責任を負っている近親者の人がおりましたが、彼は、「畑地を買い取る時には、モアブの婦人ルツも引き取らなければならない(5)」と聞くと、「そこまで責任を負うことは、私には出来かねます」と身を引きました。そこには異邦人の女性と結婚することへの躊躇があったのかもしれません。一方、ボアズには、そうしたところが見られません。異邦の者や貧しい者に対する蔑視や隔てはありません。ボアズの心は、生きておられる主に向けられ、民族性や文化を乗り越えた深い神様の愛に結ばれていたのです。ルツをめとったボアズには、男の子が与えられ、エリメレクの家は絶やされることなく続きました。そしてその家系から私たちを贖ってくださる救い主がお生まれになるのです。ナオミにはルツ、ルツにはボアズという助け手が備えられていました。そして神様はこのエリメレクの一家を通して、イスラエルの共同体としての結びつきを回復させ、神様を礼拝し、支え合って生きる神の民をここに興して下さったのです。
 贖う。これは聖書のなかで、またイスラエルの人々にとって特別な意味のある言葉なのです。どういうことかと申しますと、イスラエルの人々は神様の約束の地に導かれてきました。ですから自分たちが住んでいる、収穫をしている土地というのは神様の土地、神様からの(与えられた)ものでした。ですからそれを勝手に他の人に渡したり、何らかの理由や事情で手放すということが簡単に許されてはいなかったのです。どんなことがあってもそれを手放すことはあってはならない。けれども、何らかの理由、貧しさや子どもがいないことで、自分たちの土地を手放さなくてはならないという状況があった。けれども、そういうことがどんどん起こってきますと、いわゆる外国の人たちの手に渡って行くという可能性もあったでしょうし、当時の世界・社会のなかでは戦略的にも危険があったようです。神様はその土地をイスラエルの人たちのためのもの、神様が本当に与えたもの、そのことを明らかにするために、お互いがそれをカバーし合う助け合うシステムが与えられていました。それがこの買い戻す・贖うという言葉の意味なんです。どんなに手放さなければならない状況、そういう土地であったとしても、ある年月が過ぎた時点では、またある人(親戚など)によって、ちゃんと買い戻されるというルールがあり、その土地、また穀物などはイスラエルの民が本当に所有して神様からのものなんだということを確認していたわけです。ですから買い戻す人、その権利をもっている人というのは大切な特別な意味があったのです。その権利をもつ人とは、土地を手放してしまった人から身近な親戚であることが条件とされていました。ナオミとルツにとりましては、この買い戻す権利をもつ人が現れるということは大きな大きな希望でした。あの大変なモアブから戻って来て、そして故郷のベツレヘムで自分たちの土地が買い戻される、それはもう一度自分たちが神様のものとなるようなそんな大きな喜びだったんです。
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by higacoch | 2011-06-20 17:49 | ルツ記

2011年6月12日

 「復活の証人」  詩編16:7-11、使徒言行録2:14-42

 5月29日に臨時中会会議が行われました。その会議で3月11日に起こった大地震、大津波、そして福島原発の事故等の被災者の方々に仕えるための特別な対策小委員会が設置されました。実際の活動は、もうすでに始まっていましたが、正式に会議で承認されました。活動の根拠とし聖書箇所マタイ福音書20章28節「人の子が来たのも、仕えられるためではなく、仕えるためであり、また多くの人のあがないとして、自分の命を与えるためである」があげられました。
 震災後、被災者の方々のために、いろいろな支援活動がなされました。救命・救助、物資輸送のボランティア、炊き出し、義捐金、チャリティコンサート、応援メッセージなど、今も多種多様な活動がなされています。教会も同様な活動を行いました。そのような中で、教会が行う活動の根拠がもう一度確認されました。それは、主イエス様がまず私たちに仕えてくださったことに応答する活動だということです。教会の活動は単なる人道的な動機からではありません。主イエス様が、私たちのために、命を注いで、死んでくださったことに対して、私たちも苦しんでいる人に、飢えている人に、病気の人などに、隣人に仕えていくことなのです。
 教会は、ペンテコステの日に誕生しました。その出来事は使徒言行録2章に記されています。弟子たちは、一つ所に集まって祈りを合わせて集会を行っていました。そこに、突然、激しい風が吹いてくるような音がして、家中に響きました。そして炎のような舌が分かれて現れて、ひとりひとりの上にとどまり、聖霊が弟子たち一人一人に注がれ、彼らは語り出しました。弟子たちはガリラヤ地方の出身でしたが、彼らが話した言葉は、外国の国々の言葉でした。あまりにも突然の出来事で、周りの人は驚き、主の弟子たちが酒に酔っているのだと言い出しました。それに対して弟子のリーダー格であったペトロがみんなと一緒に立ちあがり、説教したのです。
 ペトロは、「今は朝9時なので、私たちは酒によっているのではありません。そうではなく、預言者ヨエルによって預言されているように、神様の霊によって力を得て、私たちは語っていますと語り出し、そして、すぐにイエス様のことを語り、イエス様をあなたがたは殺しましたが、神様はイエス様を復活させられました。それはイエス様が死に支配されたままでおられるなどということはあり得なかったからです。私たちは、皆、イエスの復活の証人なのです」と語ったのでした。
 今まで人前で説教したことがなかった弟子たちが、聖霊によって力を得て、大胆に説教しました。それはイエス様が、あなた方によって殺されてしまったこと。そしてその死で終わってしまったのではなく、復活なさって、生きておられること。この復活の命は神様から与えられたものであり、自分たちは、イエス様の復活の証人だと証言しました。これは彼らの知識から出た言葉ではなく、聖霊の力によって与えられた言葉でした。彼らは、同胞のユダヤ人の前でひるむことなく、イエス様は神様から遣わされた方だと証言しました。彼らは、イエス様についての説明をしたのではありません。説明ではなく、イエス様は救い主だと信仰告白し、復活されたと証言しました。彼らは、聖霊によって証言する者と変えられていったのです。「そのイエス様を、あなた方が十字架上で罪人して殺した。しかし、あなたがたの罪のために死なれたのであった。そして、その死ですべてが終わらなかったということ。主イエス様が復活して新しい命を現されたのは、神様が勝利されたことであり、神様による救いの完成であるということ。イエス様の死は、あくまで私たちの罪のためであり、私たちを救うためであった」と説教しました。ペトロは、イエス様が救い主、メシアだと力強く語ったのです。
 これを聞いた人々は、心刺されました。ペトロは、人々に勧めました。「キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦して頂きなさい。そうすれば、聖霊を受けます。この約束は、あなたがたにもあなたがたの子供にも遠くにいるすべての人にも、主が招いてくださっている人なら、だれでも与えられる」と語りかけました。このペトロの言葉を受け入れて、人々は洗礼を受けたのです。その日受け入れたものは3千人ほどであったとあります。ここに聖霊によって導かれた洗礼者が加えられて、教会が誕生したのです。そして、教会は、聖霊によって、建てられていき、世界に広がっていきました。今も、教会が生まれる時、そこには、聖霊が注がれています。そして、教会はイエス様を救い主と信じる者たちによって、イエス様の復活の証人として活動しているのです。
 教会は、単なる人間の集団ではありません。慈善団体でも、支援団体でも、NPOでもありません。主が私たちのために仕えてくださったことを知り、神に、隣人に仕える者として遣わされている者たちなのです。弟子たちが聖霊によって「私たちは、皆、復活の証人です」と証言したように、今の時代にも、私たちは、この国で、この町で、イエス様の復活の証人として遣わされています。私たちの罪を赦し、復活の命を現してくださったキリストである主イエスの復活の証人にとして、遣わされていきましょう。復活の命の希望に生かされつつ。
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by higacoch | 2011-06-13 17:59 | 使徒言行録

2011年6月5日

「心からの献げもの」 申命記12:1-7 ルカ福音書 21:1-4 

 今朝与えられた聖書箇所は、一人の貧しいやもめがレプトン銅貨(当時の最少貨幣)2枚を捧げた箇所です。イエス様は多くの金持ちたちが賽銭箱に献金していく様子をじっと見ておられました。そのような中で、やもめの捧げものを「誰よりもたくさん入れた」と言って感心され、褒められました。実際、金持ちたちは、たくさんのお金を捧げていましたが、イエス様は「彼らは有り余る中から献金したが、やもめは乏しい中から持っている生活費全部を入れたからだ」と言われました。
 先月、カトリック新聞を見ていましたら、こんな記事が載っていました。「あるコンビニエンスストア。小さな小学生の子どもがお菓子を買いにきた。手になにがししかのお金を握りしめて。買うつもりのお菓子を手にとってレジに行きかけた。しかし立ち止まりお菓子をじっと見つめ、しばし考え込む。そして元のお菓子売り場へ戻り、買うはずだったお菓子を棚に返した。店を出る時、レジの横にある「東日本大震災」の義捐金箱へ、握りしめていたお金を入れた。レジからその様子をじっと見ていた女性の店員さん。目に涙を溜め、その子の背中に向かって、ひときわ大きな声で言った。「ありがとうございます」 お金でお菓子は買わなかった。しかし心で大切なものを買った。お店に売り上げはなかった。しかし、大切な心の買い物があった。」
 イエス様は、献金する者たちの様子を見ておられながら、その心の中で、どんなことを思っておられたのでしょうか。この後、イエス様は十字架への歩みをされていきます。これは受難週の火曜日の出来事であり、3日後にはイエス様は十字架につけられて殺されます。イエス様の心には、十字架の死への覚悟があったことでしょう。自らを献げる思い、そのことがあったと思います。そのような時、このやもめのささげものが、まさしく自分の心と重なったと思うのです。生活費全体を献げるやもめの行為が、イエス様がこれからご自身を捧げようとされたことと重なりました。だから、やもめは誰よりもたくさん捧げたと、感心し、褒められたと思います。それはちょうど、ナルドの香油を入れた壺を壊して、イエス様の頭に注いだ女性と同じでした。とても高価であり、しかも一番大切なものを、女性はイエス様にささげました。弟子たちが、どうしてそんな無駄使いをするのかと女性に文句を言った時、イエス様は「私に良いことをしてくれたのだ。わたしの体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた。世界中どこでも、福音がのべ伝えられるところでは、この人がしたことも記念として語り伝えられるだろう」と言っておられます。
 今朝のこの箇所は、教会では献金アピールの時によく取り上げられます。この箇所が語られると、皆さんも自分の献金のことを考えられるでしょうし、またイエス様は、生活費全体を捧げるようにと求めておられるのだろうかと、思われる方がいらっしゃるかもしれません。そのようなことができるのだろうかと、考え込んでしまわれる方がおられるでしょう。しかしここでイエス様が感動されたこと、そのことを深く考えていきたいのです。
 十字架に向かわれるイエス様の心に通じるやもめの献金、それに感動し、イエス様は弟子たちに話されました。そして、やもめのささげものを褒められました。私はやもめのささげる姿勢、心をしっかりと受け止めなければならないと思います。ここで、イエス様は、ただやもめがしたことを、あなた方もそのようにしなさいとか、良い模範だから真似なさいと言われてはいません。献金の勧めをしておられるのではないのです。ただ確かに言えるのは、有り余る所から献げること、それを神様に喜ばれないということです。私たちにとっては、いろいろな生活費の出費を考えて、その後に捧げものを決める、ささげものを後にしてしまうと、金持ちたちの有り余るところからの献金と同じようになってしまうのだと思います。
 私は、このやもめが捧げた時、自分の持っているお金が、今の生活費全体のすべてと意識して捧げたのではなく、神様のことを思った結果、心から捧げたのではないかと思うのです。ですから、捧げものは、いろいろと生活の細かなことも考えてからというのではなく、心から自由な思いで捧げることが大事なのです。そうでないと、人は他の人が気になりすぎて、誰がどれくらい捧げているのか、それが解れば解るだけ、自分の心がゆれるかもしれません。教会では、誰がどれくらい捧げているのかを知らせていません。知らせることによって心が乱れる、つまり、神様の方に心が向かないことが起こると思うからです。
 イエス様は、献げものについては、有り余るものからではなく、心から献げるものを喜ばれますし、そうした人を祝福して下さいます。ささげものは、決して強制ではありません。伝道師パウロも、コリントの信徒への手紙のⅡの9章6節に、「惜しんでわずかにしか種を蒔かないものは、刈り入れもわずかで、惜しまず豊かに蒔く人は、刈り入れも豊かなのです。各自、不承不承ではなく、強制されてでもなくこうしようと心に決めた通りにしなさい。喜んで与える人を、神は愛して下さるからです。」と言っています。
 何よりもイエス様が喜ばれるのは、イエス様が私たちのために命をかけて自らすべてを捧げて下さったことへの感謝をもって、それに応える自由な心からの捧げものです。金額の多少ではなく、心から神様に捧げているかが問われるのです。
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by higacoch | 2011-06-06 18:03 | ルカ