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2010年12月26日

「落ち穂を拾う祈り」 ルツ記2:1~23 マタイ福音書1:1~6a
                  濵崎 孝牧師(日本中会 牧師)


 困難な状況にあっても腐らず、地の塩、世の光になる祈りの路づくりにつとめ、私どもを大いに励ましてくれたのがルツ姉です。
 ルツ姉は、「落ち穂を拾わせてもらいます」(2章2節)という決意を表明しました。それは、プライドにかかわることでした(9節には「邪魔」をすること、22節には「だれかからひどい目に遭わされる」ことが語られています)。彼女は、「おかあさん(ナオミさん)は、すっかり落ち込んでいらっしゃる。私が痛みを引き受け、何とかしなければ」と想ったのでしょう。教会の困難な折にも、そんなふうに立ち上がる会員が必要です。
 ルツ姉は、「畑に行ってみます。だれか厚意を示してくださる方の後ろで、落ち穂を拾わせてもらいます」と言いました。彼女にとって「厚意を示してくださる」誰かは、やがてボアズという人だったということが明らかになります。私どもキリスト者も、実は、「厚意を示してくださる方の後ろ」にいるのです。主イエスさまの後ろです。常に慈しみを垂れてくださる主は、私どもの人生や教会の明日を切り拓くために先立ち歩んでくださるのです。神のドラマは、主なる神さまの後ろに展開されて行く……。だからこそ、先が見えない困難な時には焦らず、主に信頼して落ち穂拾いのようなことをする意味があるのです。主イエスさまは、私どもに「パンの屑を集めなさい」(ヨハネ福音書6章12節)と語りかける神さまでしたね。
 ルツ姉の落ち穂拾いは、ボアズ兄やナオミ姉の心を動かしました。「うつろな帰国」となり、「全能者がわたしをひどい目に遭わせた」(1章20節)、「全能者がわたしを不幸に落とされた」(1章21節)と呟いていたナオミ姉は、主の恵みを数え、隣人愛を回復しました。「どうか、生きている人にも死んだ人にも慈しみを惜しまれない主が、その人を祝福してくださるように」(20節)……。ルツ姉の落ち穂を拾う祈りの路づくりは、隣人の心の傷の癒しをも引き出したのです。どうぞ、私どもも、「厚意を示してくださる方の後ろで、落ち穂を拾わせてもらいます」という信仰に立とうではありませんか。
 ルツ姉の祈りは、新約聖書にまで憶えられるようなドラマに発展しました(マタイ福音書1章5節にルツ姉の名が記されています)。そのスケールには及びませんが、私どもも神さまの偉大なドラマに与かることは出来るのです。そして、それは、とても大きな喜びと感謝の体験になります。
 渋沢教会新会堂は、2005年5月に献堂されました。1982年11月の定期教会総会でそのための献金が呼びかけられてから、実に20数年後の夢の実現でした。200名収容可能な会堂と牧師館建築の財的必要(専門家から1億円を示された)がなかなか満たされなかった上に、1千万円は必要と言われた敷地の整備(細い公道に面した境内地に擁壁を構築することは切実で、牧師と2名の長老が市の建設部長に面会し、協力を要請したが回答は「否」だった)の課題が重荷になっていたのでした。新会堂建築委員会が意気消沈し、元気が無くなったことを憶えています。しかし、私どもは聖書に生きて来た教会ですから、ルツ姉のような祈りの路づくりを進めました。暗澹として希望の光が見えてこない時にも、落ち穂を拾うような信仰生活を形づくることは出来るのです。私どもは、主日礼拝の中で「新会堂建築ヴィジョンへの祈り」(その小説教10年分をまとめた印刷物が配布されている)を積み重ねると共に、その時私どもに出来ることを黙々とやりました。やがて、先立ち歩んでくださっていた主イエスさまから、眩しい光が届きました。擁壁構築は、市役所との協力が実現し、クリア出来ました(建築許可を得るための測量を依頼した業者S氏が、私どもの願いを、再度市役所に伝えてくれたのでした……。でも、「駄目だ」と言われたことがどうしてOKになったのか、私どもにとってはただただ不思議な展開でした)。そして、これも私どもにとっては不思議な巡り合わせでしたが、(渋沢教会からではなく)姉妹教会複数の呼びかけから、中会のFDS基金の借り入れ限度額が5千万円(30年返済)にアップされ(それまでは、2千万円10年返済)、自己資金と合わせ全ての財的必要が整ったのでした。ほんとうに大きな感動、そして深い感謝……でした。
 どうか敬愛する東小金井教会とその一人一人の歩みが、落ち穂を拾う祈りの路づくりに健闘して行くことを心から期待しています。ヤーウェ・イルエ(主は備えてくださる)。   
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by higacoch | 2010-12-28 16:57 | ルツ記

2010年12月19日

「この目で救いを見た」 
           イザヤ書 52:7-10、ルカ福音書2:22-35

 
 今週の聖書の箇所にはシメオンという人が記されています。彼がどんな家柄の人なのか、年齢はどれくらいのかよく解りません。「彼は正しい人で、信仰が厚く、イスラエルの慰められるのを待ち望んでいた」と短く紹介されています。彼は祭司でも、律法学者でもありません。が、彼はイスラエルの慰められるのを待っていたのです。これは個人的な慰めではなく、イスラエルの民の慰めであり、その民が神様によって慰められるということであります。
 クリスマスに多くの所でヘンデルの『メサイア』が賛美されますが、イザヤ書の40章1節「慰めよ、私の民を慰めよ」という歌い出だしから始まります。このように「慰められる」ことを待つというのは、救い主を待ち望むということです。ですから、シメオンは信仰をもってイスラエルが救われるのを待ち望みつつ歩んでいた人でした。
 また彼は聖霊によって「メシアに会うまでは、あなたは死なない」と告げられていました。いつ、どこで、メシア(救い主)が生まれると具体的に聞いていたわけではありません。ただ「メシアに会うまでは、あなたは死なない」ということだけでした。彼は、それをしっかりと心に留めて生きてきました。それだけではなく、彼の生きる希望となっていました。「救い主に会うまでは、死なない」と言うことは、生きている間に救い主に会えるということであり、シメオンが生きている間に救い主が来られるということです。こうしたことからシメオンは死期が近い、もうかなり年配の人だったのではないかとも言われています。人はいつかは死を迎えます。その死が近づいてきているシメオンですが、救いを見ると聖霊によって告げられていたのです。この確信が、いつ頃からあったのか解りません。もう5年、10年経っていたかも知れない、もっと経っていたかもしれません。この確信は人によってではなく、自分の信念によってでもなく、神から与えられたものでした。
 ヨセフとマリアは、最初に与えられた子、イエス様を連れて、主に捧げるためにエルサレムにやってきました。モーセの律法に定められたきよめの期間が過ぎて、神殿の境内に入ってきたときのです。シメオンも境内に入ってきて、母マリアに抱かれたイエス様を見つけました。すぐにわかったのでしょう。彼はそばにきて、その幼な子イエス様を抱いて、神をたたえて賛美しました。シメオンは救い主に出会ったのです。
 この出会いはどうして起こったのでしょうか。27節には「シメオンが霊に導かれて神殿の境内に入ってきた」とあります。彼が霊に導かれていたことがはっきり記されています。人間的な知恵によってではなく、また全くの偶然でもありません。霊の導きで出会いが起こっているのです。このことはとても大事なことを私たちに示しています。シメオンは導かれていたのです。私たちがここにいることも聖霊の導きなくしてはあり得ないことなのです。
 シメオンは、幼子イエス様を抱いて、神をたたえて歌いました。「主よ、今こそ、あなたは、お言葉どおり、この僕を安らかに去らせて下さいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです」と。シメオンは「お言葉どおり」と言っています。ここでの「お言葉通り」というのは、先主日のマリアが天使に応えた言葉「わたしは主のはしためです。『お言葉通り』、この身になりますように。」と同じです。マリアが、神様の御言葉に身をゆだねたように、シメオンも、神様が告げて下さった言葉を信じ委ねて生きてきたのです。そして、神様の約束が実現したことを喜びながら、神様を賛美し、安らかに死んでいけますと歌っています。神様がおっしゃったのは、本当だと実感して感謝しているのです。
 シメオンは、「この目で、イエス様を見た」と言っていません。そうではなく、「あなたの救いを見た」と歌っています。イエス様を通して、神様の救いを見たというのです。幼子イエス様を見て、未来を見たのです。将来に起こる出来事を見ました。ですから、母マリアに「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を倒したり、立ちあがらせたりするために定められ、また反対を受けるしるしとして定められています」これはイエス様を拒絶するか、受け入れるのかで、人々の間で分裂が起こり、そして最終的に、反対、拒絶を受けるしるしとして定められているということで、十字架へと定められているということです。そして、マリア自身も、イエス様が苦しまれることによって、剣で心が刺し貫かれるような苦しみと悲しみを味わうと預言しています。このイエス様の苦難、十字架によって救いが実現されることをシメオンははっきり見ているのです。
 私たちは、シメオンが見た救いが成就した時代に生かされています。幼な子イエス様は、成長し、神の国の宣教をし、神の国と神の義を求めて生きるように教え、そして、私たちを愛して、十字架にかかって死んで下さいました。私たちの罪のために、死んで下さったのです。それは、私たちを神の赦しの愛によって生かすためでした。シメオンはイエス様と出会って、未来を見、救いが起こる前に見ましたが、私たちは、聖書の御言葉を通して、イエス・キリストの救いを見ることができます。イエス・キリストによって救いが成就したことを知っています。そこ生かされています。この救いがすべての人のためになされました。それはあなたのためでもあります。
 あなたのために、救いの道を開いて下さった、救い主イエス様を見上げて歩みましょう。そして、一人でも多くの方が、イエス様によってなされた救いの成就を受け止めて、救われる人が起こされますように祈ります。この命があるうちに、私たちを愛して下さった救い主イエス様を信じて歩むことができますように。
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by higacoch | 2010-12-25 17:23 | ルカ

2010年12月12日

「目を留めてくださった」 イザヤ11:1-10、ルカ福音書1:39-56
 
 十代だったと言われているマリア、まだ多感な少女と言ってもいいかもしれませんが、ヨセフと結婚の約束していました。そのマリアの所に、天使が現れて、挨拶をしました。「おめでとう」と告げたのです。この言葉は、ギリシア語で言いますと「喜びなさい」とも訳せるものです。いきなり「喜びなさい」と告げられたのです。マリアはこの言葉に驚き戸惑いました。何を喜んでいいのか解りません。そんなマリアに天使は続けてこう告げたのです。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みを頂いた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。」と。これを聞いたマリアは、戸惑いからさらに深く悩んでしまったと思います。ヨセフとは婚約していてもまだ関係がなかったからです。だから「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに」と応えています。マリアにとって信じられない、あり得ないことだったのです。どのように信じたらいいのか解りませんでした。すると天使は、「聖霊があなたにくだり、いと高き方の力があなたを包む」と言い、は「神にはできないことは何一つない」と告げています。
 マリアは天使の語り掛けに戸惑い、苦しんだと思います。そして心の中では、それを受け止めることはできない、自分はそれほどの者ではないなどと、いろいろ自分の限界を並べて、断りたいと願ったと思います。そんなマリアを包み込むように、天使が一つ一つを説きながら、語り掛けていると私は思うのです。そして、最後に、「神にはできないことは何一つない」と伝えています。天使がそういったのには、理由があるでしょう。マリアの心のなかには、まだ自分が聖霊によってであろうと男の子を身ごもるということはあり得ない、どうしてそんなことがあり得ようとかという疑いがあったのだと思うのです。そんなことがあったら困る、ヨセフに何と説明したらいいかという思いもあったと思います。もしそのまま心の中に疑いや不安な思いを残したままなら、天使の言葉を受け入れることができなかったし、先に進むことはできなかったでしょう。
 私たちは、将来をすべて見通すことはできません。できないので、間近に起こることが心配です。自分には、これも難しい、あれも難しいといろいろと思いめぐらし戸惑ってしまいます。そうした悩みのうずに巻きこまれてしまい、そこから抜け出せないことが多くあります。マリアには、自分がどうなっていくのかという不安もあったでしょうが、そうした人間的な思いをも含めて、自分自身を神にゆだねていこう、自分にできないことがあっても、神が自分を通して成して下さることを信じて歩んでいこうとしました。だから、マリアは、「私は主のはしためです。お言葉どおりに、この身になりますように」と祈って踏み出したのです。自分には問題があっても、神に身をゆだね、まだ現実となっていない出来事に、信仰をもって、マリアは進んだと言えます。
 天使から「神にはできないことは何一つない」と言われ、マリアは「お言葉どおり、この身になりますよう」と歩み始め、さらにエリザベトから「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた者は、なんと幸せでしょう」と言われたことが重なったのでしょう。こうしてマリアは、主の言葉にゆだねて生きていこうという確信をさらに深めたと思います。それゆえに心からの喜びの歌が心から湧き上がりました。「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。身分の低い、こんな私に目を留めて下さった」と。聖書はマリアという女性を、彼女の生まれや育ちなどの人間的な評価からは全く見ていません。ただ彼女は、自分の思いではなく、神の言葉を受け入れて、身をゆだねていきました。
 私が以前、牧会していた教会に一人の老婦人がおられました。その方は家が貧しくて、若い時から働いたお金を家に送らなければなりませんでした。そしてある資産家のお手伝いさんになりました。そこの主人が精神的な病いを患い、病院に入院することになると、その方も付き添いで病院に入り、個室の病室で病んだ主人に仕えて20年近く生活されました。その病室から唯一外出できたのは、日曜日の礼拝の時間だけでした。人間的に見ればこの方の人生は苦難の連続です。家が貧しかった、結婚したけれども、ご主人に先立たれた、病院での籠の鳥の生活を長年なさった…。 けれども神様が共にいて下さるという信仰を頼りに歩まれました。こんな私をも救って下さったという感謝の信仰に立ち続けて、歩み通されました。「ああ、今日も教会にこられた、感謝です」という言葉をいつも口にし、祈っていらっしゃいました。私たち夫婦はもちろん、教会全体が支えられ、励まされていました。教会が困難な時も、誰かが悲しんでいる時も、いつも祈り続けて下さいました。
 マリアが主の言葉に従って「主のはしためです。お言葉通り、この身になりますように」と歩んでいった道は、私たちにとっても、同じ喜びへの道なのです。なぜなら、イエス・キリストは、すべての人に、私たち一人一人に「喜び」を与えて下さった方だからです。この方を受け入れることは、イエス・キリストを信じて生きていくことなのです。それは喜びへの道を歩んでいくことになるのですから。
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by higacoch | 2010-12-18 17:04 | ルカ

2010年12月5日

「しるしが与えられる」  イザヤ7:3-14、マタイ福音書1:21-23

 アドベントになると礼拝堂にはクランツ、また壁やドアにはクリスマス・リースが飾られますが、最近ではクリスチャンでない家でも、玄関ドアにリースを飾ることが多くなってきました。そして商店街にはイルミネーションが飾られ、クリスマス・ソングが流れてきます。このような光景をみますとクリスマスが多くの方々に知られ、日本の社会に浸透してきているようにも感じられます。しかしクリスマスはイエス・キリストの誕生日だと知っていたとしても、それがどのように預言され、そして実現されていったのかを知っている人はまだ少ないと思います。
 イエス・キリストの誕生の預言をはっきりと示しているのは預言者イザヤです。イザヤ書には、今朝の箇所以外にもいくつかイエス・キリストのことが預言されています。こうしたことから、新約聖書の中にある「預言が成就した」という引用は、イザヤ書からもっとも多くなされているのです。14節に「わたしの主が御自ら、あなたたちにしるしを与えられる。」とあります。しるしは旧約聖書に多く記されています。79回も記されていますが、ノアの物語での神様の契約のしるしである虹、またモーセがエジプト王ファラオの前で示した災いのしるしなどがよく知られています。  
 イザヤの預言が語られた当時は、アハズ王の治世の時代で、歴史的にはまさに乱世でした。巨大な軍事国家が周辺国家を脅かし侵略しており、諸国の王もその恐怖にさらされていました。国内でも権力闘争が行われ、王の暗殺が起こり、体制も不安定でした。そのような時代に、アハズ王は軍事力に頼り、大国アッシリアに助けを求めていきました。イザヤはアハズ王に軍事力に頼るのではなく、神を信頼するようにと進言しましたが、聞きいれませんでした。このような軍事的な力が世を支配しているような時代にイザヤは「救い主が生まれる」しるしを預言しました。「見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み、その名はインマヌエルと呼ぶ」と。ここにあるのは、勇壮な軍事的な指導者、ダビデ王のような偉大なる王が出現するというしるしではありませんでした。そうではなく、おとめが身ごもって男の子、赤ちゃんが生まれるというものだったのです。
 ここに神様の深い御心が示されています。それは、戦争時にもっとも弱いのは赤ちゃんです。人の中でも力弱く、戦時下では一番に犠牲を強いられます。人間の罪によって引き起こされる戦争で幼な子が殺されていく、そのような弱い存在である赤ちゃんがしるしとして、与えられているのです。(昨日、私のもとにユニセフ(国際連合児童基金)からの郵便が来ました。ユニセフの事務局長のメッセージが載っていて、「世界では、頻発する自然災害、紛争、貧困などの影響が、もっとも弱い立場の子どもに重くのしかかり、今この瞬間にも何百万人ものこどもたちが病気や空腹に苦しんでいる。私たちは飢えや病気、紛争や災害に苦しむ子どもたちの命の権利を守るために活動をしています。今も約4秒に一人、幼い子どもが5歳の誕生日を迎える前に亡くなっています」とありました。)
 人の世界ではいつの世も、戦争、紛争、争い、喧嘩、家庭内にもめごと、そうしたことが起こります。そのような時、もっとも弱い立場にある幼な子、赤ちゃんが虐げられる、今の社会も児童虐待があるようにです。イザヤの戦争が絶えなかった時代に、もっとも弱い存在である赤ちゃんがしるしだということを考えていく時、命の大切さを教えられます。弱い存在の命に心が向くようにと神様が私たちに示していると思えます。
 しるしとして示された「男の子の赤ちゃん」のことが、少し後の9章にも記されていますが、そこには「 闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。 ・・・ 地を踏み鳴らした兵士の靴、血にまみれた軍服はことごとく火に投げ込まれ、焼き尽くされた。 ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。権威が彼の肩にある。その名は、驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君と唱えられる。」とあります。戦争が絶えなかった時代、そのような悲惨な状況の中で戦いの王がしるしとして与えられたのではなく、平和の王となる赤ちゃんがしるしとして与えられるとイザヤは預言しています。そしてその子の名はインマヌエル、「神は我々と共におられる」という意味なのです
 旧約聖書にも神はある特定の人物と共におられたことが記されています。アブラハム、イサク、ヤコブ、モーセなどと共におられました。危機的な状況の中で主が共におられたことが記されています。しかしイザヤが預言した、「インマヌエル」は神がある特定な人と共にいて下さるという約束ではなく、私たちと共にいて下さるという約束です。つまり、神ご自身が赤ちゃんとして肉体を取って生まれることでした。そしてイザヤの預言後700年ほど経って、しるしであるイエス様がお生まれになられたのです。こうしてイザヤの預言は成就しました。
 私たちのために、私たちと共に生きられたイエス様、平和の王として、命を大切にされたイエス様、私たちの救い主であるイエス様の誕生を喜び、クリスマスを待ち望みながら、過ごしましょう。
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by higacoch | 2010-12-11 17:13 | イザヤ書