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2010年10月31日

『 神の業がこの私に 』創世記2:4b~7、ヨハネ福音書 9:1~12
              荒瀬 牧彦 牧師(めぐみ教会 牧師)

 
 宗教は英語でレリジョンと言いますが、その元のラテン語は「つなぐ」から来ています。神と人をつなぎ、神のもとで人と人をつなぐ。それが宗教だ、ということでしょうか。ところが、「つなぐ」というより、「縛りつける」機能を宗教が果たしてしまうこともままあります。神の名のもとに人を身動きできなくしてしまうのです。
 イエス様が通りすがりに、一人の人に気がつきました。「生まれつき目の見えない人」でした。すると弟子たちはすぐに尋ねます。「この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか」。目が見えないという障がいがあるのは罪が原因だ、という前提が彼らにあったということです。これぞ宗教の「縛り付ける」悪しき力です。因果応報ですべてを説明しようとするのです。視覚に障がいのある人にとってはたまったものではありません。「何か悪いことがあったから、報いでああなった」という無遠慮な視線を浴びせられるのです。21世紀になっても事情は同じです。霊感商法がなくならないのも、過去からの因縁で人を縛る“宗教”が居座っているからでしょう。
 イエス様は、本人の罪のためでも両親の罪のためでもないと言明されます。そうではなくて「神の業がこの人に現れるためである」。すなわち、彼の現在を、過去とではなく未来と結びつけたのです。そして、罪とではなく神の御業と結びつけたのです。まったく新しい発想、まったく新しい見方です。イエス様の目から見たら、彼は、“過去に縛られて悲惨な人生をすごすだけの惨めな奴”ではなくて、“神様の恵みが盛られる大切な器”だったのです。主イエスは、ご自分の命をかけて(十字架を覚悟して!)「神の御業」を彼の上に現しました。彼を呪縛から解放し、本当の意味で、神様と彼を祝福という太い線でつないでくださったのです。
 イエス様は唾で土をこねて、彼の目に塗りました。なんでそんなことしたのか?他の時のように「開け」という言葉や、目に触れる行為だけでもよかったのでは、とも思われます。土をこねるという行為から私が連想するのは、やはり創世記2章。神が土(アダマ)の塵から人(アダム)を形作ったという、あの箇所です。土をこねることを通して、神が新しい人間を創造されるという御業、そのしるしがここに起こるのだと暗示されたのではないでしょうか。陶芸家が念入りに土をこね、自分の思いをたっぷりこめて器をつくるように、神様はあなたを深い愛をもってお造りくださっているのだ・・・そんなメッセージが響いてこないでしょうか。
 ティム・ゲナールさんの『三歳で、ぼくは路上に捨てられた』という自叙伝を読むと、愛されなかったこども時代を過ごすことがどれほど人生に重荷を負わせるか、という深刻な現実を知らされます。しかし、多くの人々を通してキリストの愛を受け、ついに再起し、今はとても良い働きをしている彼は、「過去に感謝している」と言います。彼もまた、主イエスの「神の御業があなたに現れるため」という宣言を、自分の人生そのものをもって受け止めたのです。
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by higacoch | 2010-10-31 17:42 | ヨハネ福音書

2010年10月24日

「感動―新しい道へ」
        イザヤ53:1-12、マルコ福音書15:33-41,16:1-8


 体育の日の祝日に、私は感動的な映画「いのちの山河」を観ました。それは岩手県の豪雪地方の村、沢内村での出来事です。その村の村長さんがとても素晴らしい方で、今から約50年前に実在した人です。 
 映画で何度でも涙が出ました。村長さんは、深沢晟雄(まさお)氏で、41歳で戦後外地から引き揚げてきて、生まれ育った村に住み、まず農業に従事し、青年たちと憲法の学びを始めます。その後、高校の先生になり、抜擢されて村役場の教育長になります。そして、村づくりの改革を始めていきます。婦人たちの会、青年たちの会を形成し、村人たちの啓蒙のために広報活動をし、村づくりの理念を自ら書いて配布していきます。できるだけ村人の声を聞きながら、村の改革を進めていくのです。特に、大切にしたのは、命の尊さ、命を中心とした考えでした。それは、憲法第25条から深く学んだものでした。
 この村は豪雪地域ですから、冬は何カ月も交通が処断され、孤立状態になっていました。村人は病気になっても貧しさのゆえに医者を呼ぶことができません。村人が医者にかかるのは何と死んでから、死亡診断書を書いてもらうためだけでした。特に幼児の死亡率は日本最悪でした。そこで村長さんは、まず3つの問題に取り組みます。豪雪、貧困、病気。そして、命の大切さを訴えて、「1.すこやかにうまれる。 2.すこやかに育つ。 3.すこやかに老いる。」を村の行政の目標を掲げます。村の現状を知るために、村人たちのところに出かけ、対話集会をいくつも重ね、現実の問題を見つめて、医療改革に乗り出します。助産婦、栄養士、保健婦を呼び寄せ、診療所には医者を常駐させていきます。そして村長になって3年目に、まず65歳以上の高齢者の医療費無料化を断行します。翌年にはその年齢を60歳に下げ、さらに一才未満の乳児も医療費無料化を拡大実施していきます。その結果なんと乳児死亡率ゼロを全国で初めて達成するのです。村長さんは「赤ちゃん村長」と呼ばれるようになり、他にもいろいろな政策をなして行き、奇跡としか言いようのないことを実施していくのです。この村長さんの一貫した信念は、生命行政、いのちの行政であり、一人一人の人間としての尊厳あるいのちを大切していくことでした。
 村長さんが残した言葉があります。「人命の格差は、絶対に許せない。生命健康に関する限り、国家ないし、自治体は格差なく、平等に全住民に対し、責任を持つべきである。」「生命の商品化は、絶対に許されません。人間尊重、生命尊重こそが政治の基本でなければなりません。」また「お年寄りを生産能力がないからと言って粗末にする、そういう姥捨て山のような考え方では、社会の秩序は保てません。」村長になってから8年後、道半ばで、末期の肺がんに侵され、59歳で召されます。
 村長さんがした村の改革は一人でできたのではありません。村長さんも言っています「村人である皆さんとともにできたのです」と。「生命尊重こそが政治の基本でなければならない。住民の生命を守るために、私の命を賭けよう。」と言って、まさに命をかけて死んでいかれたのです。
 イエス様は私たち一人ひとりのため、命をかけて、愛し通されました。そうしたイエス様の生き方、十字架上での苦しみと祈りを聴いていた百人隊長は、心から感動して「本当に、この人は神の子だった」と告白しています。彼はローマ帝国の兵士であり、責任ある立場にありましたので、都でイエス様がどのように人々に迎えられ、裏切られ、殺されていったのかを知っていたでしょう。にも関わらず、イエス様の行動と祈りは、彼の心を動かしました。異邦人でしたが、イエス様の死後、最初の信仰告白者となったのです。彼が神と出会うことができたことがイエス様の死後、聖書にはっきりと示されています。それは神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けたことです。誰もが神様に近づき、出会うことができるようになったということであり、すべての人に救いが開かれたことを示しています。
 イエス様の死後、復活があり、聖霊が弟子たちに注がれ、弟子たちが「十字架のイエス様こそが、私たちの救い主であり、すべて人の救い主である」と大胆に説教し、多くの人が救われていきました。そうして信仰者が起こされ、教会ができていったことを記した使徒言行録10章に、百人隊長のコルネリウスのことが記されています。私はこの人が、この十字架の下で信仰告白をした人ではないかと思うのです。彼は神を信じ、信仰をもって生きています。そんな彼がある日、幻を見ます。それは「ペトロを家に招きなさい」というものでした。他方、ペトロも同様に幻を見ます。その幻の中で、すべての獣と鳥を取り出して食べるように命じられます。しかし、その意味が解りませんでした。そんな時に、百人隊長の使い者が来て、主人がペトロを招きたいと願っていると伝えます。ペトロはその招待を受けて、百人隊長の家に行き、多くの異邦人と出会います。その人たちがイエス様を信じるようになるのです。その時になってはじめて、ペトロの心の目が開かれました。「神は人を分け隔てなさらないことが、よく分かりました」と言っています。いま、よく分かったということは、それまでは分かっていなかったということです。ペトロのこの体験が、彼自身の異邦人伝道につながっているのです。百人隊長の感動の信仰告白が、彼の新しい道である信仰生活となり、その彼の生き方が、ペトロを感動させ、ペトロを新しい歩みへと導いていきました。信仰による喜びの感動は、新しい歩みへと導くのです。
 弟子たちは復活したイエス様に出会い、深い感動をもって、「イエス様がすべての人の救い主」と説教して、新しい歩みをしていきました。私たちもイエス様に愛され、罪赦されて生かされていることを深く喜び、すべての人の救い主であるイエス様を伝え、隣人に仕えていけるように祈り求めましょう。
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by higacoch | 2010-10-25 17:45 | マルコ

2010年10月10日(2)

「命の導き手を仰ぎ見て喜び」 (2)
       イザヤ書 52:11~12、使徒言行録 3:11~26
                         加藤 常昭 牧師


 そこで、お気づきになったかもしれませんけれども、先ほど旧約聖書のイザヤ書、第52章を一緒に読んだんです。このイザヤ書第52章の細かい意味については、ここで十分にお話をすることはできませんけれども、このイザヤ書の言葉は、ユダヤ人がかつてバビロニアと言う大きな国の都に主だった者たちがつれていかれるという、バビロン捕囚と言う事件が起こりました。今読みました、聞きましたイザヤ書の言葉は、その時に、いつまでも、70年もバビロンにいたのですけれども、いつまでもいる訳ではない、まもなく解放されて、また故国に帰れるということを予告した預言者の言葉でありまして、そこにこういう言葉があります。第52章の12節に「急いで出る必要はない。逃げ去ることもない。あなたたちの先を進むのは主でありしんがりを守るのもイスラエルの神だから。」神様が先頭に立っていて下さるし、しんがりも神様が引き受けて下さる。我々が知っているのは戦(いくさ)をするときに、敵を攻めるのも難しいけれども、もっと難しいのは退却することだといわれます。こっちの方がもう弱くなっちゃって、敵の方が勢いづいているところで、できるだけ兵力を損なわないで帰る、その時に一つ大事なのはしんがり、後ろにいて敵を抑えてくれる。そして慌てふためかないで、ちゃんと逃げ道をきちんと帰れるように、先頭に立つ者が、また大事な役割を担う。神の民が、ふるさとに帰って行く時に、先頭に立っておられるのも神、後ろにおられるのも神。私どもキリスト者にとっては、先頭に立っておられるのは主イエス。後ろにおられるのも主イエス。しかも我々はどんな道を歩いているのかというと、逃げ去るわけじゃない、命の道を歩いて行く。ただ、問題はどっちに向かって歩いていくかということです。そういう所でなぜ命の導き手ということが大事な意味を持つかということです。
 今日も私が書いた書物を何冊かお持ち致しましたが、香月先生に「先生の書物を紹介したいから」ということです。ごく最近、また小さい書物の原稿を書きました。まだ本になってないんです。キリスト新聞社からでたら、買って下さったらいいと思いますけれども、頼まれて書いた。それはどういうことかというと、今日もここに私のお仲間が何人もおられますが、高齢者が増えている。その、言ってみれば、年寄りが増えたんですね。年をとるってどういうことかということを、改めてきちんと牧師の立ち場から書いてもらいたい。それであらためて勉強しました。初めて知ったと言っていいのですけれども、老年学という学問があることに気づきました。さてそこで老年学の参考書を買いはじめたら、結構たくさんあって大変でした。ずいぶんたくさん買って読みました。老年学について、牧師の中では多少物知りになった方かもしれません。老年学というのはどういう学問かっていうと学問としてはいろいろむずかしい、出発点の一つは医学です。何故医学から始まってきたかというと、私ももう81才の半ばになる。だんだん体が衰えていく、老化していく。その老化をどのくらい遅くすることができるか。それをアンチエイジングっていうんです。エイジングと言う言葉はもう日本語になりましたけれども、年をとる、アンチっていうのは反対っていうことです。ある人などは幸せな老年期を過ごさせるようにはどうしたらいいかというのが老年学の課題であるといいました。年をとることが幸せになるってどういうことか。老人の一人として思いますけれども、無理言っちゃ困る。年を取るのに反対だっていったって、いくら反対したって年を取る事は防ぐ事ができません。近頃アンチエイジングなんて広告があります。よく見ると美容院の広告であったり、化粧品の広告であったり、それは要するにごまかすっていうことです。実際には年をとっていくということは、どう逆らっても、まあ五年か十年、先に延ばすだけのこと。何をさきに延ばすのか、死ぬことです。ですから、年をとるっていうことの一番問題は、エイジングといいますけれども、英語をまた使って申し訳ないけれども、言ってみればダイイング(dying)っていうことです。死につつあるんです。それにアンチといって、死ぬことに抵抗するって言っても無駄な抵抗でしょう。必ず死ぬんです。ここにおられる高齢の方たちが特にそのことを意識しておられると思います。いつまでここにおられるかな。今日も礼拝にくることができて良かったな。私は今幸いに、もう癌の手術を五回もした妻と一緒に、自分たちの教会の礼拝にでますけれども、いつも思います。この2人で、お互いに支え合いながら、いたわり合いながら、礼拝に通える生活が後何年続くんだろうか。今日も、幸いにそれをすることができたけれども、死です。命の先達であるイエスはその死への旅を命への旅路と変えるんです。およみがえりの主ですから。死を突き抜けた方ですから。ここにこういう言葉がでてきます。その先の20節のところに「こうして、主のもとから慰めの時が訪れ、主はあなたがたのために前もって決めておられた、メシアであるイエスを遣わしてくださるのです。」
 私のチラシへの言葉の最後はこういう言葉です。「いのちの導き手である方を仰ぎみるところ、慰めがあり、望みがある。」慰めっていう言葉は、教会で良く聞く言葉です。とても大事な言葉です。こういうふうに言ってもいいんです。少し丁寧に考えると慰めっていう言葉は、いつも、大切にされる言葉ではありません。あるいは大切なものを言い当てていく言葉だと考えているわけではありません。そんなもの、慰めにすぎんという言葉があります。その場合にはごまかしです。一時の慰めに過ぎない。慰めに遊戯の戯という字を使って慰戯という言葉なんかもあります。昔、プレーズ・パスカルという数学者でも有名でしたけれども、キリスト者としてもとてもよく知られているパスカルという人が書いた『パンセー』という、瞑想録などと訳される書物がありますけれども、それを読むとパスカルは慰めという言葉をそういった意味でも使っています。人間って言うのは死ななきゃいけない。死ななきゃいけないんだけれど、それをごまかす。一時の慰めを得ようとする。パスカルの時代の慰めと言ったら、トランプ、これは今でもやります。カードゲーム。あるいは狩猟なんて出てきます。今我々は狩りに行くなんてことはしません。狩猟にいかないでパチンコ屋に行くなんてのがあります。パチンコの機械はぐるぐるぐるぐるいってジャラジャラと流れでる時に、しかし実に空しい慰めです。聖書がしかし使う慰めと言うのはとても強い言葉です。一つ、これも面白い事に、日本語で慰めって訳されている言葉はいくつかのギリシャ語がありますけれども、最もよく使われている言葉は、これは「呼んで、困ったことがあり、つらいことがあって、呼んで、その呼び声に応えた人がそばにきてくれている」という意味です。そばにいるんです。向かい合ってもいる、傍らにいるといってもいい。つらいことがあり、苦しい事があり、一番苦しい死の床にあって、神様助けて下さいって言った時に、私どもキリスト者は、洗礼を受けてキリスト者になった者は、そばにいる方を見出すんです。ずいぶん前に、牧師をしておりまして、多くの方たちを見舞い、またその最後を看取りましたけれども、若いデザイナーの、とてもきれいな、それこそ美人っていうのはこういう人かって思うような方の最後を看取ったことがあります。四人の女の姉妹の末娘でしたけれども、自分で言うんです。「一番きれいな人が、一番先に死ぬのよ。」実際にそういうことになっちゃった。鎌倉の教会の方で、東京の病院に入って、私は時々見舞いに行きます。ある時に、帰る時にうっかりこういったんです。「独りで寂しいだろうけど、まあ、しっかりやりなさい」って言ったんです。そしたら、「先生、牧師さんでしょ。」って言い返されました。「えぇ?」「牧師さんは、私のような者に一人で寂しいだろうなんてどうして言えるの?私ひとりじゃないもん。」といいました。慰めである方が、いつもそばにいて下さる。そういう慰めです。
 この使徒言行録でペトロが使っている慰めっていうのはもう一つ別の意味の言葉です。なかなか訳しにくいので、日本語で慰めと訳していますけれども、一つの意味は英語で言うと、リフレッシュ(refresh)ということです。衰えた力が新鮮になるっていう。しかしドイツ語のひとつの翻訳は面白い。ドイツ語の響きを聞いて下さってもいいと思いますけれども、アウフアートメン(aufatmen)っていうんです。アウフというのは、たとえば窓が閉まっているのを-、窓開けてくれ!アウフ!と言います。開くという意味です。口を開けろ!という時もアウフ。それから、立ち上がれという意味でもアウフっていいます。電車に乗って座っている者が、さあ、降りようっていって、立て!アウフ。アートメンと言う言葉は面白い言葉で、息をするという言葉です。大きく口を開いて息をする、深呼吸をするんです。今朝ほどちょっと早めに来ましたら、小さな声で香月先生が私にささやきました。「僕、今から緊張してる。」私の教え子でもありまして、先生の前で礼拝の司式をするなんていうと、50を越しても緊張するのかなあと思って面白く思いましたけれども、私自身が緊張します。私はかつてしばらく歌を歌っていたことがありまして、マネージャーがついていたことがあるんですけれども、神学生時代に、その音楽の方の仕事があんまり忙しくなったんで、勉強ができなくなると思って降りた事がある。先生も「あなたもういいわね。どうせ牧師になるんだからね。音楽家は止めた方がいい。」といって。舞台に立って歌う時に緊張します。練習の時にはスウーッと歌えたものが緊張すると息が途切れますから、歌がずうっと続けて歌えない、歌を歌う方たちはみんな知っています。そうすると大きく息を吸って、口を開いて大きく息をすると緊張に勝つ事が出来る。慰めっていうのは死を前にしても大きく息をする事ができる。命の息をする事ができる。それが慰め。あきらかにこの20節は、慰めの時っていうのは、我々が死んでから後、やがて主イエスがもう一度来て下さって、この後、私たちが信仰告白の中で申しますように、「体のよみがえり、永遠(とこしえ)の命」私たちの体がよみがえって、とこしえの命に生きる時がくる。その時のことをここで、もうすでに語っています。その時に大きく息をする事ができる。よみがえりの命に生きていますけれども、我々は肉体は必ず死にます。ここに我々の肉体が持ってこられて、教会員に取り囲まれて葬りをしてもらいます。けれども我々は葬りをここでやる、命の光の中でやるんです。我々は、やっぱり愚かなところがありますから、この肉体が無くなっちゃうのか、お墓も暗いですから、あの闇の中に行くのかなんて風に思ったり致します。けれども、この聖書の言葉は非常にはっきりしているので、その死の向こう側でもお前は大きな息をしている。命の息をしている。そしてそれだけじゃありません。慰めは今すでにここにもあります。この教会堂に集まって、信仰の仲間たちと共にみ言葉を聞いている時に、私どもは深呼吸をはじめます。先生の説教は難しくって、こわくって、息がつまりそうだなんてことは説教では起こりません。説教を聞いていると、大きく息をすることができる。
 この礼拝堂にいつもきて面白いと思うのですけれども、正面に聖餐の食器がおいてあります。必ず、この聖餐の食器が意味している主イエスの命を頂くパンを分けあう時、杯からブドウの汁を飲む時を迎える。そしてその隣に洗礼のための道具がちゃんとあります。あそこに水が入っている。私はいろいろな教派の教会の礼拝にいきます。いつも興味をもつのはバプテスト教会っていう、教会に行く時です。バプテスト教会っていうのはバプテスマということを重んじます。我々のように洗礼って言わない、ちゃんとバプテスマっていう。何故かっていうとバプテスマっていうギリシャ語には、ちゃんと水の中に入って体を洗うという意味があるからです。だから、洗礼というあいまいな言葉よりも、バプテスマという言葉を使う。バプテスト教会に行きますと必ず私は確かめることがあります。それは、ああいう小さな器ではなくて、洗礼を受けるバプテスマを受ける所がちゃんと用意されている。水槽があるんです。奥の方にあったり、手前の方ににあったり。ある教会などはバプテスト教会っていわれたんですが、いくら探しても、あれ、洗礼槽がないなと思っておりまして、牧師が来られて「先生、何きょろきょろしている?」「バプテスマをどこで受けるんですか」って聞いたら「ここ、ここ」っていいまして、私が立っていた下に、なるほど、こうちゃんと切るようになって、入り口がありまして、そこのふたをパンと開けるとここに洗礼槽がある。なるほどと思いました。みんなの目の前でバプテスマを受ける。私はこの小さな器から水を頭につけて頂く、滴礼、水滴の滴という滴礼という洗礼を受けたんですけれども、これも全身水に浸かることには変わりがない。頭のてっぺんに水をつけなきゃいけない、肩につけたらだめなんです。他の所ではなく、頭のてっぺんにつける。全身が水の中に入る。何故か。水の中に入るということは死ぬ事を意味します。罪人として死ぬ事を意味します。キリストが死んで下さったのは、私どもが罪を犯しているからです。本来、死んでから大きな息なんかできっこないんです。神様の裁きの前に立たされて、厳しく裁かれた時には大きな息どころじゃない、緊張どころではありません。滅びの中に立たざるを得なかったのを、しかし、主イエスが十字架について死んで下さった時に「わが神、わが神、何故私をお見捨てになったのですか」何故神様私を捨てるんですかと、それは私たちの代わりに叫んで下さった。そして、イエスが死なれたのは、ただ人間の肉体の死を死んだんじゃなくて、その滅びの死を死んで下さった、そのイエスを神はよみかえらせたと伝道者たちは語った。今の教会もそれを語る。洗礼の水を注がれた時に、私どももそのようにして、キリストの十字架の死の恩恵を受け、そしてそこから立ち上がった時には、よみがえりの命の中に立つのです。
 今度お気づきになったら、見てご覧になるといいと思いますけれども、たとえば、一週間前だったか、二週間前だったか、私は刑事コロンボっていうプログラムをテレビを見ていましたが、これが好きです。いろんな推理ドラマの中でも一番良く出来ていると思っていますけれども、推理小説は人が殺されますから、人が殺されるとお葬式の場面っていうのがよくあります。その埋葬の場面っていうのが、とても面白いと思いました。全員が黒の喪服を着ている訳じゃない。女性も含めて真っ白な衣装を着ている人たちがいる。本当はこっちが正しいんです。昔、キリスト教会は、この時代からキリスト教会は葬式をするようになった。その時に、当時も喪服は黒と決まっていましたけれども、キリスト者たちは白い衣に着替えました。当時は、葬式は夜と決まっていました。日本でも神社でやりますっていうと、葬式の一番大事な部分は夜やります。闇の儀式です。死は闇を意味したからです。闇に葬ったんです。けれどもキリスト者たちの葬式は真昼間やりました。当時の人々はびっくりした。死んだ人間を真昼間かついで、よみがえりの讃美歌を歌いながら、真っ白な衣を着た人たちがハレルヤ、ハレルヤと言って死者を墓に運んだと言われます。あるアメリカの神学者は、我々も黒の喪服はよそう、みんな白にしようじゃないかという本を書いた人がいます。先日もコロンボを見ながら、あれ、あの神学者の言う通りのことをやっている人がここにも出てくると思って、面白く思いました。我々は依然として黒の喪服を持って葬式をするかもしれません。しかし心は命の輝きに満ちています。今、そしていつも、私どもはただ、死に抵抗しながら生きているのではなくて、命に向かって生きている。何故かっていうと主イエスのお姿が先頭に見えるからです。後ろから押していて下さるからです。お前は私と一緒に死んでよみがえっているじゃないか。罪を犯したならば、悔い改めたらいいじゃないか。私のところへ戻ってきたらいいじゃないか。私と一緒に歩こう。見えなくなったら、私は先に立っているんだから、私の姿を見つけたらいい。ここに集まるすべての方に、この命への導き手である主イエス・キリストのお姿がいつもはっきり見えますように。祝福を祈ります。お祈りを致します。

 命の導き手である主イエスを改めて知り、仰ぎ見て感謝するこの場所に、このように多くの兄弟姉妹たちと共に集い、み言葉に耳を傾けることができ、大きな息をすることが許され、感謝致します。ここに望みがあります。ここに慰めがあります。もし、ここに集まりながら、まだその慰めが遠い、望みが遠いと思っている者があるならば、一日も早く、あなたの言葉と霊が、その心を開き、その心の闇に光を見せて下さいますように。みなそのようにして、命のオリエンテーションを御子イエスからいつも頂きながら生き続ける歩みを生涯全うすることができますように。肉体の死を越えて主と共に生きる、望みに生きる事ができますように。どうぞこのカンバーランド長老東小金井教会を、牧師、長老をはじめ、集まる者すべてをあなたのみ手が支えて下さることによって、健やかに生きさせて下さい。まだここに洗礼を受けていない者がありますならば、一日も早く、その命の仲間入りをさせて下さい。主イエス・キリストの御名によって感謝し祈ります。 アーメン
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by higacoch | 2010-10-16 18:06 | 使徒言行録

2010年10月10日(1)

「命の導き手を仰ぎ見て喜び」 
     イザヤ書 52:11~12,使徒言行録 3:11~26
                        加藤 常昭 牧師


 今朝、初めてお目にかかる方も多いのですけれども、この教会は、私にとって親しい教会でありまして、前任者の丹羽先生がおられた時から、ここに、それほど遠くない所にあります東京神学大学の学生たちと共に集まりまして、一年に10回くらいになるでしょうか、勉強会をさせて頂いておりまして、今も続けております。香月先生も必ずその勉強会に一緒に出て下さって、私の帰りも車で送って頂いたりしております。カンバーランド長老教会は、この教会の歴史を開きました吉崎先生から、すでにとても親しい関わりがありまして、そういう意味では、私にとっては、そういう表現は決しておかしくはないので、「なつかしい」教会の礼拝に出席する事ができて感謝しております。毎日曜日、教会の礼拝にでますけれども、私は牧師でありました時から、礼拝にでると、教会員に実際に、そういった事がありますが、私が良く思い起こすのはお茶の世界で用いられております「一期一会」と言う言葉です。このひと時、みんなで会うのは、この一回限り。この次の日曜日だってここへ来ると思っておられる方も多いと思いますし、そうでありたいと思いますけれども、実際に牧師をしておりました時に、礼拝を一緒にしていた仲間が、その一週間の間に急に亡くなりまして、お葬式をしなければならない、そういうことはありますし、思いがけず入院をされたとか、決してこの集会が同じ形でもう一回行われることはないし、この時は過ぎてもう二度と帰らない。私にとりまして、その人生のかけがえのないひと時を皆様と一緒に、神の前で、過ごしえる事を感謝しております。何年か前から、私は説教を始めます時に、これはキリスト教会の一つの慣習でありますが、聖書の一つの言葉を、説教者から説教を聞いて下さる方たちに、祝福の言葉として朗読を致します。このような機会に私が大変よく朗読を致しますのは、そのまま聴いていて下されば良いのですが、ヘブライ人への手紙という手紙があります。その終わりに「羊の大牧者の祝福」と、後に呼ぶようになりました祝福があります。それを朗読致します。「永遠の契約の血による羊の大牧者、わたしたちの主イエスを、死者の中から引き上げられた平和の神が、御心に適う事をイエス・キリストによってわたしたちにしてくださり、御心を行うために、すべての良いものをあなたがたに備えて下さるように。栄光が世々限りなくキリストにありますように。アーメン。」
 ここにお招きを頂くことになりまして、香月先生から、いろいろな形で連絡をして頂きました。まず、早く聖書の個所を決めて、説教の題を送れと、そうしないと準備ができないと困る。喜んで説教には伺いますけれども、その説教の題がなかなか決まらない、御言葉が与えられない。私は、どこへいっても同じ説教をするというのではなくて、東小金井教会なら東小金井教会に、神がどういう言葉を用意して下さるかを祈りながら待つ方であります。神様の方にもご都合があるのでしょう、なかなかお答えを頂けない。ようやく聖書の箇所と説教題を送りますと、今度はチラシを作るから、チラシに書く言葉を送ってくれ。これはどこの教会でもそうではないのですけれども、時々そういう求めがあります。これが、また大変。チラシに呼び掛ける言葉を書く、その日の礼拝で私がどんなみ言葉を説教として語るか、その事をすでにある程度自分で心得ていなければいけない、その説教を聞いて頂くための案内の言葉を、しかも教会の集会に一度も行った事のない人にも関心を持って頂く様に書かなければいけない。やっと書いたのが、チラシで読んで頂いた言葉でありまして、短い文章、短い文章でなければいけない訳ですが、その最初にこういう風に書いてあります。「世界のいたるところに十字架をしるしとした教会堂が建っています。」少し理屈をこねますと、世界中のキリスト教会がみな十字架を塔の上に立てている訳ではありません。これは皆様がヨーロッパを旅行したりなさるとすぐに気がつくことで、これはキリスト教会に違いないけれども十字架がついていないではないかと思われる方があるかもしれません。高い塔は立っているけれども何もついていなかったり、あるいはその先に鶏が立ってたりするところもあります。いろいろなしるしが教会堂にありますけれども、特に日本のプロテスタント教会は十字架を掲げる事が多い、ここに教会堂が立ってます。今朝も少し早めに来たので、この教会堂をぐるっと回ってきました。今日は香月先生心配しないで、「いってらっしゃい」とおっしゃったんですけれども、教会の牧師によっては「先生、ちゃんと帰れますか」という。「大丈夫、大丈夫」といって出て、それはなぜかと言うと教会を見つけるのはそう難しくない。たいてい他の建物より少し大きいですし、それからちょっと遠くから見ても見つかるように、十字架が、必ず屋根についています。今回ぐるっと回ってみまして、余計なことでしょうけれども、あれ、東小金井教会の十字架って細くて小さいなと思いました。けれどもはっきりそれは解る。何故十字架を教会堂のしるしとするのか、中へ入って来ると正面にも十字架がかかっているし、おまけにというと変ですが、説教者が立っている台にもちゃんと十字架がついている。これで私が金の十字架でもさげていれば完璧かもしれない。絶えず十字架がキリスト教会のしるしになっています。
 それを見ながら私は思い起こすことがあります。私が神学校をでて伝道者になって最初にいったのは、石川県の金沢。金沢はもう100年以上前、ずいぶん早くからプロテスタントの伝道が行われましたし、かつては高山右近のいたところですから、キリシタンの伝道も行われたところです。けれども、あいかわらず伝道は易しい所ではありません。行きまして、いろいろ苦労しながら、こういう所でしかし、明治の初期からどういう風にキリスト教会が生まれてきたんだろうかということを多少、若い人たちと勉強しまして、当時健在でありましたお年寄りの方たちを尋ねて、記録をとったことがあります。もう90に近いおばあさまを尋ねた。小さい時から昔の日曜学校へいって、教会生活を続けてきた方ですが、子どもの頃キリスト教会に行くのはずいぶん苦労したそうです。町の人たちは教会堂なんかに行くもんじゃない、だいたいキリスト教会の教会堂の扉が開いている時は特に危険だと。そこから毒気がいつもでている、その毒気にあたると子どもはコロリといくと。だから当時の子どもたちは、教会堂のしかも玄関の扉が開いていると、眼をつぶって、鼻をつまんで、駆け抜けたそうです。そこへ、その小さな女の子が入っていくものですから、とても不思議がられたそうです。何ともないかと。あんな所入って体に差し支えがないかと聞かれる。そして当時の人々が、そういう教会に通っている人たちのことをからかったり、いじめたりした、そのからかった歌にこんな歌があった。「耶蘇教徒の弱虫は、磔拝んで涙を流す」「耶蘇教徒の弱虫は、磔拝んで涙を流す」どういう節であったのか、その方も忘れちゃったので、何となくあんまり調子がいいですから、ヨイヨイとか何とか囃子言葉が、つきそうな言葉ですけれども、私はその言葉を聞いたときに「ああ、良く出来ているじゃないですか。」とうっかりいったんです。叱られました。「冗談じゃありません。こういう言葉でいじめられたんですから。だけど良く出来ているってどういう意味ですか。」「磔を拝む、そしてとてもありがたいと涙を流す」というのはキリスト者の信仰の急所をついている。十字架っていうのはこれは死刑のしるしです。よくもまあ、そんなものを掲げていると言えるかもしれません。私たちが信じている方は、まるで人でも殺したかのように、もっともひどい罪人(つみびと)として、殺されてしまった、死刑にされた方。どうして、そういう人をありがたがっているのか。考えてみると十字架を高く掲げているというのは本当に不思議なことだと思います。しかし、主イエスが十字架につけて殺されたのは、金曜日です。その十字架を大事にしているのならば、日曜日に集まらないで、なぜ金曜日にここに集まらないのか、なぜ日曜日なのか。これもとても大事なことです。
 今日ぐるっと教会堂を回りながら、改めて考えたんですけれども、この東小金井の礼拝堂っていうのはどっちを向いているかな、東西南北ですと、どうも西を向いているのかなと、だいたいでいいますと。キリスト教会っていうのはヨーロッパで、十字架をつけてないことはあるかもしれませんけれども、基本的に一つの大事な約束があります。それは、東向きに建てるということです。中に入って礼拝する人は東の方を向いて礼拝する。それから、ヨーロッパの教会堂を訪ねた方は思い起こされると思いますけれども、ここの教会堂のように前を向くとそこがピシッと壁になっている訳ではありません。窓が開いているんです。たいてい今ですと高い所に丸い窓があいています。以前ですと大きな窓だったんです。窓に向かって礼拝しているようなものですけれども、その窓の向こう、東の空から太陽が昇ったんです。その太陽が昇って来る姿を見、その太陽の朝日の光を浴びながら、礼拝をしたんです。なぜか。主イエスが、闇の中から太陽が昇って来るように、死の闇から、よみがえられたということを想い起すためです。私はよくお話をするのですけれども、皆さんが学校に入る、どっかの会社にいく、そうすると、入学生のための、新入生のための、オリエンテーションというのがあります。新入社員のオリエンテーションという外国語を必ず聞かされます。しかし、このオリエンテーションと言う言葉をたいていの方はどういう意味かなということを知っていますけれども、教会用語だったということを知らない方が多いと思います。オリエントと言う言葉はご存知でしょう、東の方を意味します。オリエンスという東を意味する言葉から始まります。東を意味するオリエンスというのは、太陽が昇るという意味の言葉でした。太陽が昇る方向、オリエンス、そちらの方をオリエントの国などといいますけれども、東の方に向けて教会堂を建てるという建築用語がオリエンテーションになる。学校に入ってきた生徒やあるいは会社に新しく入った新入社員があっちむいたり、こっち向いたりしていると困るので、みなで同じ方向をむいて、一緒に生活を始めようと言うので、学校の方針や、会社のやり方をちゃんと説明して、理解してもらいます。教会堂に入って来る者は、東をむくんです、復活のいのちの方向を向くんです。だから、キリスト教会というのはいのちのオリエンテーションをする所だと私はよく言いました。死刑を意味する十字架を掲げている教会堂に入ってくるといのちのオリエンテーションを受ける、これはキリスト教会が生まれた時からすでにはじまったことでした。
 今朝私どもが聞きました聖書の言葉、使徒言行録第3章。使徒言行録というのは、使徒と言うのはキリスト教会の最初の伝道した、その中核になった人たちのことを呼びます。使わされている人、神から遣わされて伝道の仕事をしている人、その使徒たちがどんな働きをしたかっていうことは、その使徒たちの働きによってどんな教会が生まれてきたか、第3章ですから、そのごく初めの頃です。主イエスはおよみがえりになりました。だからといってすぐ、教会が生まれたわけではない。主イエスのご命令で40日間祈りの準備をしました。神の霊が注がれました。不思議なことが起こりました。神の霊が注がれて、立ちあがった伝道者たち、主イエスの弟子であった人たちが、それはユダヤ人の都エルサレムのことでしたけれども、いろいろな国の人たちがそこに集まっていて、どの国の人たちでも聞いて解る言葉で説教し始めた。我々は何をもって救いとするかということを語り始めた。その最初の、これが説教の最初ですけれども、最初の説教が記されていたのが第2章です。そして第3章に入ります。説教を聞いて人々が洗礼を受けて、そしてこのところに、教会標語というところに掲げているように、これはその使徒言行録の第2章からとられた言葉ですが「彼らは使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。」共同の生活を始めた。そしてこの中心になっていた伝道者、使徒たちは面白い事にエルサレムにおりました。エルサレムには大きな神殿がありました。自分たちが属している民族のユダヤの人たちが毎日、神を礼拝する場所でした。そこにでかけていったんです、毎日。何しにいったか。一つの大きな目的は神殿ですから人がたくさん集まる訳で、その神殿の中に入って行って、神殿の境内で、話しかける事ができる、説教することができる場所がありました。そういう集会が一般にもよく行われていたらしいんですけれども、そこで毎日毎日、説教するようになりました。日曜日だけ伝道礼拝をやったのじゃない、毎日やった。この第3章はその伝道説教の一つであります。きっかけになったのは、その神殿に入って行く途中のところで、立ち上がる事ができない、歩けない男がいて、助けてもらいたい、ただ、他のことは期待できないので、お金を恵んでもらいたいと言った時に、その男を見た、伝道者の代表、使徒の代表ペトロが、「私たちはお金はありません、金銀は私にはありません。けれどももっと大事なことをあなたにしてあげようと。主イエスの名によって立ちなさい。」と言っている。イエス・キリストの名前を告げて、このイエス・キリストの名によって、イエス・キリストの力によって、あなた立てるんだから立ってごらん。立てた。そこで、さあ、どうしてそんなことをしたんだろうかっていうことが話題になり、その男もペトロの後をついてきて、ぞろぞろとその神殿のいつも集会をする所へやってきたところで、この話をした。その中でこういう風に申しました。15節「あなた方は命への導き手である方を殺してしまいましたが、神はこの方を死者の中から復活させて下さいました。私たちはこのことの証人です。」一枚紙を前にめくって下さると使徒言行録の第2章のところに、ペトロの長い最初の説教が記されていますが、その2章の32節、216頁の下の段の32節に「神はこのイエスを復活させられたのです。私たちはみなこのことの証人です。」もう一つ合わせて読むとその先の36節、「だから、イスラエルの全家ははっきり知らなくてはなりません。あなた方が十字架のつけて殺したイエスを神は主とし、またメシヤとなさったのです。」ペトロだけではない、当時の伝道者になった人たち自身がとてもびっくりしていたと思います。あっという間にキリスト教会の伝道をするようになったり、そしてそこで何を語り始めたかってと言うと、あなたがたが十字架につけて殺したあのイエスという男を神はよみがえらせて下さった、私たちはその証人です。それは本当のことでした。キリスト教会っていうのはそこに初まった。今でも同じ事を説教している。毎日曜日礼拝をしている、それがすでに、キリストはおよみがえりになったことを証しする。これは説教者だけのことではない、ここに集まる方たちがみなその証人。しかもその頭の上には十字架を掲げている、この十字架につけてあなたがたが殺したお人を私たちは、およみがえりになった私たちの主、私たちのすべての支配者として、拝んでいます。ここにきて下さい。あなたも来て下さい、あなたも来て下さいっていうのが、伝道です。私たちはそのように生きています。
 私はチラシにこう書きました。「十字架は、私たちを支配するのは罪でもなく死でもなく、十字架につけられて死に、復活された主イエスであるということを示しています。イエス・キリストは私たちをいのちへと導く方です。いのちの導き手である方を仰ぎみるところ、慰めがあり、望みがあるのです。」ここにいのちの導き手、説教の題も「命への導き手」と致しましたけれども、それは先ほどの聖書朗読を聞いてすぐにお分かりになったでしょう。そして先ほど読んだ15節の「命への導き手」。この最初の教会の説教の中にでてくる言葉からこの言葉を取りました。この導き手というように訳されている言葉はとても興味深い言葉です。聖書はギリシャ語で書かれています。ギリシャ語を日本語に直すのですけれども、ギリシャ語の持っている言葉はいろんな意味を持っていて、それを一つの日本語で選んで訳さなければいけない、そこに苦労があります。なかなかギリシャ語が言っている言葉を全部読みることができません。ここに用いられているギリシャ語も、そういう意味では全部を導き手と言う言葉で訳しきれている言葉ではないんです。皆様の何人かの方は英語をお読みになると思いますけれども、もとのギリシャ語どんな言葉だったんだろうかなっていうことを調べる時に、もちろんギリシャ語を勉強して、辞書を調べれば簡単かもしれませんけれども、なかなかそれは大変。一つのやり方は英語の聖書を読んでみることです。そうするとたとえば一つの英語の訳はリーダー(leader)と書いてあります。リーダー オブ ライフ(leader of life)。命のリーダー、導き手。けれどももう一つ古い聖書の訳はオーサー(author)という言葉があります。オーサーと言うのは我々は中学校で英語を学び始めて、英語の辞書を引くようになるっていうとすぐ見つける言葉、著者という言葉です。本の著者をオーサー、命の著者とは訳せないわけで、作家が本を売りだすように、主イエスは命を生み出して下さった方だ。そうすると命を生み出して下さったから、私たちは命を生きている訳で、その命をどう生きるかと思った時に導き手である、イエスがおられる。
 
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by higacoch | 2010-10-16 17:56 | 使徒言行録

2010年10月3日

「献げること」  列王記上17:8-16、マルコ福音書14:3-9

 今朝のマルコ福音書の箇所に一人の無名の女性のことが記されています。イエス様から最大の賞賛の言葉を頂いているこの人は、何をしたのでしょうか。
 当時は男性中心主義の社会であったことを考えてみますと、この人はシモンの家に招待された人ではないでしょう。しかし、イエス様に会いたい一心で、イエス様の所に、突然にやってきました。そして手に持ったナルドの香油の壺を壊し、イエス様の頭に注ぎました。するとすぐそばにいた主の弟子たちがきびしく彼女を責め、「なんという無駄使いをするんだ」と咎めました。
 彼女はそんなに責められるほど悪いことをしたのでしょうか。取り返しのつかないことをしたのでしょうか。イエス様に危害を加えようとでもしたのでしょうか。そうではありません。イエス様の頭に香油を注いだのです。ですが、弟子たちの心にあったのは香油の価値だけでした。それで「この香油を3百デナリオン以上に売って、貧しい人々に施すことができたのに。」と文句を言っています。これも一理あり、一般的な判断とも言えるでしょう。しかし、彼女の心に沿った理解ではないことは確かです。彼女は、彼女のできる最高のものをイエス様に捧げました。施しという徳を積むためにしたのではありませんし、人に褒められるためにしたのでもありません。何か見返りを期待して行ったのではないのです。その点からいえば、彼女はまさに心から自分をささげたとも言えるでしょう。その捧げものをイエス様は受け止められました。
 当時の律法に熱心であった人たちは人から褒められ、尊敬されたいために、目立つ所で人に施しをしました。自分は神様の律法を守り、神様の前にも正しい人間だと示したいという、打算的に為された行為です。私たちの周りでも多くみられるものであり、私たちもそうしたことしてしまうことがあります。
イエス様はそうした施し、また祈りも断食も偽善だと言われました。それは心が神様に向かっていず、人に向かっているからです。ですが、この女性のささげものはイエス様への感謝のささげものだったのです。
説教の準備をしていましたら、潮田先生が牧会されている泉教会の週報が目に止まりました。そこには、めぐみ教会での教会設立式での祝辞の内容が書かれていました。
  「『伝道所』のときも、間違いなく教会だった。しかし、組織的に自立していなかったのです。『伝道教会』もまた、教会だった。しかし、会計自立していなかったのです。今、会計自立を果たした、それで中会では、種別的にこれを『教会』と言おうということなのです。
 会計自立と言えば、二人の方を思い出します。私の前任の教会のことですが、Nキリスト教団の兄弟は、伝道所の最初の年にクリスマス感謝献金を届けてくれました。そして、絶えることなく毎年、献金を届けてくださった。・・・また、中会内の一人の姉妹ですが、前任の教会が会計自立するまで毎月○○円、必ずピン札で送金してくれました。この方も、10年以上、そうした送金が続いたと思います。 このような感謝献金に、何とも言いようがない感謝をおぼえ、本当に励まされます。私が申し上げたいのは、会計自立の後ろにある献げる姿勢ということです。・・・
 教会の「旗印」「標識」は御言葉の説教と聖礼典の執行と言われ、そのことを教会は大事にするのは言うまでもありませんが、教会を造るには、もう一つ、献げる姿勢があると思います。それが教会を作る。教会の実態となるのだと。献金は、献身です。キリストのために身を献げる、名実ともに信仰共同体となったのです。 献げる姿勢を今後とも開拓し続けていっていただきたいと思います。」教会を造るには献げる姿勢がある、それが教会を造ると言われているのです。そうだなあと思いました。献げるものによって教会が造られていくのです。
 一女性がイエス様にナルドの香油を捧げました。それに対してイエス様は、こう言われました。「わたしに良いことをしてくれた。この人はできる限りのことをした」と。そして、最後に、「はっきり言っておく。」と念を押して言われました。「世界中どこでも福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう」と。世界のいろいろな国々で、地方で、町や村でイエス様の福音が伝えられています。そうした場所、その主たる場所は教会であります。イエス様の十字架による罪のあがないと復活によって表された命の勝利を伝えます。このように福音が伝えられる所、教会では、この人のしたことも記念として語り伝えられるのです。ここで大事なことは、この女性が、ではなく、あくまで、この人のしたこと「献げたこと」が、伝えられるのです。だから、ここでは名前が記されていないのでしょう。このことをしっかりと受け止めたいものです。教会ではある特定の人物の名前がほめたたえられるのではありません。献げること(献身)が、伝えられるのです。よくよく考えてみますと、このような献身者の献げものによって教会が建てられていったし、これからも建てられるでしょう。
 私たちも献げることをしていきましょう。イエス様の救いを頂いた喜びと感謝をもって。
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by higacoch | 2010-10-09 19:27 | マルコ