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2009年4月26日

「弱さを用いられる神」  詩編46:2,Ⅱコリント12:1-10

 キリストを信じる信仰を持つ前のパウロは、ユダヤ教徒としてキリスト者迫害の急先鋒であり、強い性格の人物と感じられます。律法学者としてのエリートコースを歩み、若くしてリーダーとなったパウロ。その彼がキリストに出会い、自らの弱さを知ることによって、人生の勝ち組としての成功ではなく、もっと価値ある人生の実りを得たのだと思うのです。それは強さだけでまっしぐらに生きる者が決して見い出すことができない、人生の豊かな深みのある実りでした。だから言い切ったのです。「キリストの力が私の内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。それゆえに、わたしは弱さの状態にあってもキリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱い時にこそ強いから」と。
 さて、パウロが弱さの恵みを知るようになった一番の出来事は、イエス様の十字架と復活の出来事でした。パウロは、十字架に掛かられたイエス様のことを知り、そのイエス様が復活されたことを知りました。イエス様は十字架という弱さの極みで死なれたのですが、その弱さはそれで終わったのではありません。復活は新しいいのち、勝利をもたらしたのです。この復活こそが弱さを通して現されてくる、思いもかけない恵みなのです。パウロはこれが解ったのです。だからパウロは次のように言っています。「キリストは、弱さのゆえに十字架につけられましたが、神の力によって生きておられるのです。私たちもキリストに結ばれた者として弱い者ですが、しかし、あなたがたに対しては、神の力によってキリストと共に生きています。」(Ⅱコリント13:4)と。 この確信によって、パウロは自分の「弱さ」を主にある誇りとしたのです。「誇る必要があるのなら、わたしの弱さにかかわる事柄を誇りましょう」(Ⅱ11:30)、「自分自身については、弱さ以外には誇るつもりはありません」(12:5)とも言っています。
 パウロは、神様は弱さを用いられることを、キリストの体の働きに関しても述べています。教会は、キリストの体として一つであっても、多くの部分から成り立っていて、そのそれぞれの部分が独自の働きをしています。体のなかでほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのだと言っています。なぜなら、「体に分裂が起こらず、各部分が互いに配慮し合うため」であり、「一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶ」からだ、「神は見劣(みおと)りのする部分を一層、引き立たせて、体を組み立てられました。それで体に分裂が起こらず、各部分が互いに配慮し合っています」と言っています。
 神様はパウロの弱さを取り除いたのではありません。その弱さを通して神様の恵みを与えられたのです。弱さを知るようにと、神様が臨まれたのです。神様が関われたことなのです。そして、弱さを通して知らしめられたものがあるのです。そのようにして、神様は、パウロの弱さを用いられたのです。神様は、弱さを取り除くのではなく、弱さを用いて、神様の栄光を現されたのです。
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by higacoch | 2009-04-30 16:21 | コリント

2009年4月19日

「行って弟子にしなさい」    ダニエル書7:13-14、 マタイ福音書28:16-20
 
 私は横浜開港資料館で「横浜開港と宣教師―翻訳聖書の誕生―」という催しが行われていたので出掛けてきました。そこで改めて知らされたのは横浜開港(1859年)とともに多くの宣教師たちがやってきたことでした。彼らは来日して福音宣教に、聖書翻訳に精出しました。ヘボン、S.R.ブラウン、N.ブラウンなど。私たちカンバーランド長老教会の宣教師たちも日本にやってきましたが、主に関西の大阪、和歌山、紀伊半島を巡って伝道活動をしました。こうした宣教師への宣教の決心を与えた聖書の言葉が、イエス様の宣教命令としてよく知られている今朝の箇所であります。
 ここでは、ユダを除く11人の弟子たちが復活したイエス様に出会い、そしてイエス様にひれ伏しました。しかし、そうした弟子たちの中にまだ疑う者がいたと記されています。本当に復活したイエス様であるのかどうか、信じられなくて疑っていた者がいたのです。しかし、イエス様は弟子たちを二つのグループに分けて、信じるグループの者たちだけに宣教命令を与えたのではありません。イエス様は信じきれないものにも同じように命じられました。「わたしは、天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によってバプテスマを授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい」と。イエス様は、疑う弟子をも、ありのままで受け入れておられます。彼らが信じるようになってから命じられたのではありません。問題を抱えていたとしても、受け入れておられるのです。
 そして命じられました。「わたしは、天地の一切の権能を授かっている」だから、あなたがたを遣わす。あなたがたは、わたしの使者として、行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい」と。「行って」とは、英語でGoです。出掛けるのです。そして、目的なしに出掛るのではありません。明確な目的があります。それは、民を弟子にすること、つまり、信じる者を起こすことです。伝道というのは、何よりもまず出掛けていくこと、派遣されて出ていくことです。皆が外国への宣教師となることではありません。「出ていく」と言うことは、自分がいる居心地のいいところに留まっていないで、宣教、伝道のために出ていくことなのです。
 イエス様は十字架に掛かる前にも弟子たちを派遣しておられます。その時は「異邦人の所に行ってはならない。サマリヤ人の町に入ってはならない。むしろ、イスラエルの家の失われた人の所に行きなさい。行って、『天国は近づいた』と宣べ伝えなさい。・・・」と命じられました。その時は、まだ十字架による救いが為されていない時です。しかしこの時はイエス様がすべての人のために死んで救いが成就された後です。ですから、すべての人の所に「行け」と命じられ、「父と子と聖霊の名によってバプテスマを授け」弟子とするようにと命じられたのです。
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by higacoch | 2009-04-25 14:30 | マタイ

2009年4月12日

「先立って導かれる方」   出エジプト記 13:21-22、マタイ福音書28:1-10
 
 イエス様の遺体に香油を塗ってあげたいと墓にやってきた二人のマリアに天使は「イエス様は復活された。イエス様は、弟子たちよりも先にガリラヤに行かれる。だから、そこで再び会える」ということを弟子たちに伝えるように言付けました。
 ガリラヤは弟子たちにとってどんな所だったでしょうか。裏切ったユダ以外の弟子にとっては、彼らの出身地で、彼らが育ち、働いた所であり、イエス様に出会った場所でありました。そしてそこで人生を考え、イエス様の福音に触れ、イエス様に従った場所でありました。
 またイエス様にとってどんな所だったでしょうか。そこは、福音宣教の最初の地でした。洗礼者ヨハネが荒れ野で説教したのに対して、イエス様はガリラヤ地方の町々、村々を巡って説教されました。ヨハネのように、ある1箇所に留まって人々が自分の所に来るのを待って語るのではなく、イエス様ご自身が巡り歩いて活動されました。そして、イエス様は深く感じられたのです。人々が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを。
 天使から託された女性たちは、恐れながらも大いに喜んで、急いで墓から立ち去り、彼女たちは走って行きました。それ程、喜びにあふれ、弟子たちに一刻でもに早く伝えたかったのでしょう。そんな女性たちに復活したイエス様自身が現れて下さいました。そしてイエス様の方から「おはよう」と声をかけられました。それから天使が託したのと同じ事を言われました。しかし、イエス様はもはや弟子たちを「わたしの弟子たち」とは呼ばず、「わたしの兄弟たち」と呼んでおられます。「わたしの兄弟たちに、ガリラヤに行くように言いなさい。そこでわたしに会えることになる」と。ここには新しい関係があります。これは主にある兄弟たちだけでなく、姉妹たちにも通じることです。イエス様の救いの成就が為された後、主イエス様による新しい関係、主にある兄弟、姉妹の関係が与えられているのです。
 またイエス様は「そこでわたしに会えるようになる」と言われました。「~になる」と将来に向かっての約束を与えておられます。これはイエス様が導いて下さっている約束です。「そうなる」という約束はこちら側、人間側にその根拠があるのではなく、神様の側からの関わりの中で起こり、実現するというものです。神様から与えられているものです。だから確かなものであります。こうして、主の兄弟たちの新しい歩みがあり、新しい働きが与えられているのです。
 このことは私たちにも言えることなのです。イエス様が復活されたということは、今もイエス様が生きておられるということですが、またさらには、イエス様が今も働き、わたしたちの歩みを導いておられるということです。このことを確信して信仰の道を歩んでいきましょう。
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by higacoch | 2009-04-18 19:09 | マタイ

2009年4月5日

「十字架上のイエス様」   詩編96:20-22、マタイ福音書27:45-56

 イエス様が十字架刑に処せられたのは、ローマ皇帝に対する反逆罪としてであります。ですが、最初にローマ総督ピラトがイエス様を審問した時、「私は、あの男に何の罪も見出さない」と言っています。こうしたことから言いますと、イエス様は無罪です。ですが、ユダヤ人たちは言うのです。「この男は死罪に当たります。自分を神の子だと言ったのですから」と神への冒涜罪だと主張しました。そこで再度、総督ピラトはイエス様を審問しますが、一審と同じように再度「この男は無罪だ」とユダヤ人たちに応えています。すると、ユダヤ人たちは「この男は、自分をユダヤの王だと言いました。ですからこの男は、ローマ皇帝に背いたのです」と言い変えました。ピラトは激しく訴えるユダヤ人たちが怖くなって、最後にはイエス様を有罪とし、十字架刑に処することにしたのです。
 ユダヤには元々、十字架刑はありませんでした。ユダヤの死刑は石打の刑であり、石を投げて殺したのです。旧約聖書の申命記(21:23)に「木に掛けられた死体は、神に呪われたもの」とあるので、ユダヤでは木にかけて人を殺すことをしなかったのです。しかし、イエス様の処刑は当時、ユダヤの国がローマ帝国によって支配されていましたから、ローマ刑の十字架刑がユダヤで行われました。
 十字架刑はローマの極刑であり、ユダヤでは神に呪われたものでした。イエス様は、ユダヤでは神への冒涜罪として訴えられ、ローマでは皇帝への反逆罪として、十字架に処せられていきました。イエス様は周りの人々から重罪人だと決めつけられ、無罪なのに有罪だと言い渡され、十字架に掛けられていきました。
 十字架に架けられ、6時間ほど苦しまれました。前半の3時間には、人々はイエス様を愚弄し、嘲笑しました。その後、正午頃から地上は闇に覆われ、3時間程経った時、イエス様の苦痛の叫び声が聞こえてきました。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」これは「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」というものでした。
 どうして、そこまでイエス様は苦しまれなければならなかったのでしょうか。そこには十字架の出来事の深い意味が隠されていたのです。イエス様は罪を犯されていないのに、どうしてあれほどまでに苦しみ、また死ななければならなかったのか、そのことが私たちに問うてくるのです。伝道者パウロは、最も大事なこととして、言うのです。イエス様が死んだのは、私たちの罪のためなのだと。イエス様の苦難と死は、わたしたちの罪のためなのです。イエス様の十字架の出来事は私たちの罪の赦しの救いの出来事です。献げられた犠牲的な愛の出来事だったのです。それほど、わたしたちを愛されたのです。
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by higacoch | 2009-04-11 15:06 | マタイ