カテゴリ:ルツ記( 2 )

2011年6月19日

「小さな働き、心をこめて」
 ルツ記 2:10-13、4:1-17、 Ⅰコリント3:6-9

                            鈴木 手以 伝道師

 4月の最後の日曜日からの三日間、相模原の牧師先生と共に被災地を訪問してまいりました。全てが押し流され崩壊した、がれきを前にしますと、一体自分たちに何ができるだろうかと、ただただ無力さを覚えたことでした。しかし、被災された7つの教会の先生方を見舞い、お話を伺う中で、大きな悲しみと苦しみの中にあっても、神様が一人一人を支えてくださり、励ましと希望となるような出来事を起してくださっていることを知ることができました。
 今朝はルツ記を通して、神様の語りかけに共に聴いていきたいと思います。
 ルツ記は、飢饉という大きな苦難の中で、すべてを失い、望みを失っていた一人の女性ナオミを、神様が心にかけ、思いもよらなかった大きな助けと祝福を備えていて下さったことを伝えている物語です。
 夫と息子たちに先立たれ一人残されたナオミは、モアブの地を去って、国に帰ることを決意します。モアブの地では10年ほどを過ごしましたが、今や彼女は全てを失い、残されたのは、二人の息子の嫁たち、オルパとルツというモアブの女たちでした。
 ナオミは、二人の嫁たちにベツレヘムに帰る自分と一緒に来ても希望がないと言って、それぞれ再婚してモアブの地にとどまることを勧めましたが、二人は離れようとしませんでした。特にルツは、しゅうとめのナオミと一緒にベツレヘムに行き、死ぬまでそこにとどまる決意を表明しました。「あなたの民はわたしの民、あなたの神は私の神。/死んでお別れするならともかく、そのほかのことであなたを離れるようなことをしたなら、主よ、どうかわたしを幾重にも罰してください」(1:16-17)。
 それは信仰による決意でした。苦しみの他何も残らなかったと思われたモアブでの生活、けれども神様はそのような中で一人のモアブの女性に神様を信じる信仰を与えられていたのです。こうしてナオミとルツは一緒にベツレヘムに向かうこととなりました。ルツにとってはベツレヘム村は異国の地。外国の女と言うだけで物珍しげな目で見られ、やもめで貧しいと言うことで、軽蔑の目にさらされる。決して過ごしやすい場所ではなかったでしょう。しかも、この時代、イスラエルは常に隣国に攻められ、土地は荒れ果て、人の心も殺伐としていました。心のゆとりのない、極度の自己中心が蔓延する暗い時代でした。ベツレヘムに戻っては来ても、二人の生活は先行きの見えない暗いものだったのです。
 けれども、ルツはめげませんでした。「畑に行ってみます。誰か厚意を示してくださる方のもとで、落ち穂を拾わせてもらいます。」と、落穂拾いの仕事を願い出ます。
 当時イスラエルでは、刈り取っていった後の落穂は、貧しい者、やもめ、みなし子、外国からの寄留者のため残しておくべし、と定められていました(レビ23:22)。ルツは困難な状況でも腐ることなく前向きに自分の出来る働きを心を込めて行なったのです。そこに、さらなる神様の大きな助けが起こされていくのでした。
 4月の終わりに津波の被害に遭った教会を訪れましたが、気仙沼の海岸近くの教会では、無くなっていた十字架が戻ってくるという出来事があったそうです。私の後輩であります伊能神学生がボランティアチームの一員としてその教会を訪れ、瓦礫や泥を取り除ける働きに参加した際、彼はボーイスカウトの経験を活かして流木をロープで結び十字架を立ててきました。すると、流された十字架を見つけた地域の方が、その場所へ届けてくれたというのです。土台の他、何一つ残らなかったその教会に「十字架」が戻って来たという出来事は牧師夫妻の心に大きな励ましとなりました。伊能神学生は自分の出来る小さな働きを心を込めてささげてきた、そこに更なる助けが起こされたのです。
 落ち穂を拾いに行ったルツに大きな助けが起こされます。ルツが出かけて行った先の畑は、はからずもボアズというエリメレクの一族にあたる人の土地だったのです。このボアズの目に、熱心に落ち穂を拾い集める外国人ルツの姿が留まるのです。そしてルツのことを知って、大変親切にしてくれるのでした(2:11・12)。ボアズはルツに「ずっとこの畑で穂を拾うといい。喉が乾いたら、いつでも水がめの水をお飲みなさい」と声をかけ、食事の席に招いたり、彼女の前に刈り取った束からわざと穂を落としてくれたりまでしてくれたのです。ルツがそれらのことをナオミに告げますと、ナオミはその人物が自分たちの近親者で、しかも「家を絶やさないようにする責任のある(買い戻しの権利のある)」親類の一人であると伝えました。ナオミとルツにとりましては、この買い戻す権利をもつ人が現れるということは大きな大きな希望でした。あの大変なモアブから戻って来て、そして故郷のベツレヘムで自分たちの土地が買い戻される、それはもう一度自分たちが神様のものとなるようなそんな大きな喜びだったのです。
 神様が慈しみをもって自分たちに臨んでいてくださるのを知ったナオミは、ルツにボアズのもとに行って求婚することを勧めるのでした(3:4)。ルツがナオミの言葉に従ってボアズの足下で寝ていますと、ボアズは衣の裾を広げて彼女を受け入れ、明け方、大麦をもたせてナオミの所へ帰しました。そして朝を迎えるとボアズは、町の門のところへ出て行って、長老たちや町の人々の前で正式にルツとナオミを家に迎えて責任を果たすことを表明するのです。この時、ボアズ以上に責任を負っている近親者の人がおりましたが、彼は、「畑地を買い取る時には、モアブの婦人ルツも引き取らなければならない(5)」と聞くと、「そこまで責任を負うことは、私には出来かねます」と身を引きました。そこには異邦人の女性と結婚することへの躊躇があったのかもしれません。一方、ボアズには、そうしたところが見られません。異邦の者や貧しい者に対する蔑視や隔てはありません。ボアズの心は、生きておられる主に向けられ、民族性や文化を乗り越えた深い神様の愛に結ばれていたのです。ルツをめとったボアズには、男の子が与えられ、エリメレクの家は絶やされることなく続きました。そしてその家系から私たちを贖ってくださる救い主がお生まれになるのです。ナオミにはルツ、ルツにはボアズという助け手が備えられていました。そして神様はこのエリメレクの一家を通して、イスラエルの共同体としての結びつきを回復させ、神様を礼拝し、支え合って生きる神の民をここに興して下さったのです。
 贖う。これは聖書のなかで、またイスラエルの人々にとって特別な意味のある言葉なのです。どういうことかと申しますと、イスラエルの人々は神様の約束の地に導かれてきました。ですから自分たちが住んでいる、収穫をしている土地というのは神様の土地、神様からの(与えられた)ものでした。ですからそれを勝手に他の人に渡したり、何らかの理由や事情で手放すということが簡単に許されてはいなかったのです。どんなことがあってもそれを手放すことはあってはならない。けれども、何らかの理由、貧しさや子どもがいないことで、自分たちの土地を手放さなくてはならないという状況があった。けれども、そういうことがどんどん起こってきますと、いわゆる外国の人たちの手に渡って行くという可能性もあったでしょうし、当時の世界・社会のなかでは戦略的にも危険があったようです。神様はその土地をイスラエルの人たちのためのもの、神様が本当に与えたもの、そのことを明らかにするために、お互いがそれをカバーし合う助け合うシステムが与えられていました。それがこの買い戻す・贖うという言葉の意味なんです。どんなに手放さなければならない状況、そういう土地であったとしても、ある年月が過ぎた時点では、またある人(親戚など)によって、ちゃんと買い戻されるというルールがあり、その土地、また穀物などはイスラエルの民が本当に所有して神様からのものなんだということを確認していたわけです。ですから買い戻す人、その権利をもっている人というのは大切な特別な意味があったのです。その権利をもつ人とは、土地を手放してしまった人から身近な親戚であることが条件とされていました。ナオミとルツにとりましては、この買い戻す権利をもつ人が現れるということは大きな大きな希望でした。あの大変なモアブから戻って来て、そして故郷のベツレヘムで自分たちの土地が買い戻される、それはもう一度自分たちが神様のものとなるようなそんな大きな喜びだったんです。
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by higacoch | 2011-06-20 17:49 | ルツ記

2010年12月26日

「落ち穂を拾う祈り」 ルツ記2:1~23 マタイ福音書1:1~6a
                  濵崎 孝牧師(日本中会 牧師)


 困難な状況にあっても腐らず、地の塩、世の光になる祈りの路づくりにつとめ、私どもを大いに励ましてくれたのがルツ姉です。
 ルツ姉は、「落ち穂を拾わせてもらいます」(2章2節)という決意を表明しました。それは、プライドにかかわることでした(9節には「邪魔」をすること、22節には「だれかからひどい目に遭わされる」ことが語られています)。彼女は、「おかあさん(ナオミさん)は、すっかり落ち込んでいらっしゃる。私が痛みを引き受け、何とかしなければ」と想ったのでしょう。教会の困難な折にも、そんなふうに立ち上がる会員が必要です。
 ルツ姉は、「畑に行ってみます。だれか厚意を示してくださる方の後ろで、落ち穂を拾わせてもらいます」と言いました。彼女にとって「厚意を示してくださる」誰かは、やがてボアズという人だったということが明らかになります。私どもキリスト者も、実は、「厚意を示してくださる方の後ろ」にいるのです。主イエスさまの後ろです。常に慈しみを垂れてくださる主は、私どもの人生や教会の明日を切り拓くために先立ち歩んでくださるのです。神のドラマは、主なる神さまの後ろに展開されて行く……。だからこそ、先が見えない困難な時には焦らず、主に信頼して落ち穂拾いのようなことをする意味があるのです。主イエスさまは、私どもに「パンの屑を集めなさい」(ヨハネ福音書6章12節)と語りかける神さまでしたね。
 ルツ姉の落ち穂拾いは、ボアズ兄やナオミ姉の心を動かしました。「うつろな帰国」となり、「全能者がわたしをひどい目に遭わせた」(1章20節)、「全能者がわたしを不幸に落とされた」(1章21節)と呟いていたナオミ姉は、主の恵みを数え、隣人愛を回復しました。「どうか、生きている人にも死んだ人にも慈しみを惜しまれない主が、その人を祝福してくださるように」(20節)……。ルツ姉の落ち穂を拾う祈りの路づくりは、隣人の心の傷の癒しをも引き出したのです。どうぞ、私どもも、「厚意を示してくださる方の後ろで、落ち穂を拾わせてもらいます」という信仰に立とうではありませんか。
 ルツ姉の祈りは、新約聖書にまで憶えられるようなドラマに発展しました(マタイ福音書1章5節にルツ姉の名が記されています)。そのスケールには及びませんが、私どもも神さまの偉大なドラマに与かることは出来るのです。そして、それは、とても大きな喜びと感謝の体験になります。
 渋沢教会新会堂は、2005年5月に献堂されました。1982年11月の定期教会総会でそのための献金が呼びかけられてから、実に20数年後の夢の実現でした。200名収容可能な会堂と牧師館建築の財的必要(専門家から1億円を示された)がなかなか満たされなかった上に、1千万円は必要と言われた敷地の整備(細い公道に面した境内地に擁壁を構築することは切実で、牧師と2名の長老が市の建設部長に面会し、協力を要請したが回答は「否」だった)の課題が重荷になっていたのでした。新会堂建築委員会が意気消沈し、元気が無くなったことを憶えています。しかし、私どもは聖書に生きて来た教会ですから、ルツ姉のような祈りの路づくりを進めました。暗澹として希望の光が見えてこない時にも、落ち穂を拾うような信仰生活を形づくることは出来るのです。私どもは、主日礼拝の中で「新会堂建築ヴィジョンへの祈り」(その小説教10年分をまとめた印刷物が配布されている)を積み重ねると共に、その時私どもに出来ることを黙々とやりました。やがて、先立ち歩んでくださっていた主イエスさまから、眩しい光が届きました。擁壁構築は、市役所との協力が実現し、クリア出来ました(建築許可を得るための測量を依頼した業者S氏が、私どもの願いを、再度市役所に伝えてくれたのでした……。でも、「駄目だ」と言われたことがどうしてOKになったのか、私どもにとってはただただ不思議な展開でした)。そして、これも私どもにとっては不思議な巡り合わせでしたが、(渋沢教会からではなく)姉妹教会複数の呼びかけから、中会のFDS基金の借り入れ限度額が5千万円(30年返済)にアップされ(それまでは、2千万円10年返済)、自己資金と合わせ全ての財的必要が整ったのでした。ほんとうに大きな感動、そして深い感謝……でした。
 どうか敬愛する東小金井教会とその一人一人の歩みが、落ち穂を拾う祈りの路づくりに健闘して行くことを心から期待しています。ヤーウェ・イルエ(主は備えてくださる)。   
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by higacoch | 2010-12-28 16:57 | ルツ記