カテゴリ:出エジプト記( 7 )

2011年8月28日

「隣人を愛せよ」 
  出エジプト記20:12-17, マタイ福音書22:37-40


 先週はモーセの十戒とイエス様の十字架とを重ねて、十という文字の縦軸と横軸について語りました。縦軸は神と人との関係、横軸は人と人との関係であり、縦軸が横軸よりも先にあるとお話ししました。今朝はその横軸を考えていきたいと思います。与えられた聖書箇所の十戒の後半部、出エジプト記の20章12~17節、戒めで言えば、5番目の戒めから10番目の戒めです。
 戒めというものは普通、禁止命令です。ですが十戒の中の人と人との関係の戒めの最初は「あなたの父と母を敬え」という肯定命令です。親子関係の戒めから始まっています。当時の世界を考えるときに、ここに「父と母」とあるのは特異なことでした。古代社会は父権的、男性中心的な世界でしたので、「父を敬え」ということはあっても「(父と)母も敬え」とは命じませんでした。またこの戒めは成人した者たちに命じられたものでした。つまり当時から、体が衰え弱ってきた両親が粗末に扱かわれることがあったようです。イエス様もこのことをマルコ福音書7章で教えておられます。「もし誰かが、父または母に対して、「あなたに差し上げるべきものは、何でもコルバン(神への供え物)ですと言えば、その人はもはや父、母に対して何もしないで済むのだ」と。「こうして神の言葉を無にしている」と指摘されています。
 その後には、第6番目から10番目まで「殺してはならない」「姦淫してはならない」「盗んではならない」「隣人に関して偽証してはならない」「隣人の家を欲してはならない」と禁止命令が続きます。
 「殺してはならない」は、人の命を奪ってはいけないということです。この世で命ほど尊いものはありません。人は神の形に創造されたものであり、その命は神から与えられたものです。ですから、人の命を奪うことは神への反逆であります。この戒めは隣人を殺すだけでなく、みずからの命を取ることも禁じているのです。
 「姦淫してはならない」これは性の問題です。現代日本は性的な乱れが広がっています。聖書は性の交わり自体を悪とは見ていません。しかしそれは神が祝福された結婚の秩序、一人の男性と一人の女性との夫婦のみに限られていると言っています。性の解放とか言われ、今ではネットの出会い系サイトから頻繁にメールが送られてくる本当に誘惑の多い時代となっています。愛さえあれば自由だといい、結婚の秩序を越えた性交が為されています。こうした性の交わりは欲望に駆られ、互いの人格的な交わりを破壊してしまいます。
 「盗んではならない」。隣人のものを盗んではならないのです。自分が持っていないからといって、欲しくなり、隣人の所有物を奪ってはならない。神は人それぞれに所有物を与え、それらを管理するように求められています。
 「あなたは隣人に対して偽証してはならない。」この戒めは、本来、法廷での偽証にありました。偽証によって真実が隠されてしまいますし、正義が壊されます。しかし、私たちは、自分を守ろうとして嘘をいったり、偽証したりします。
 よく「人に迷惑をかけてはいけない。人の世話になってはいけない」と言われます。この教えは大事なことかもしれませんが、これを第一とすると、人との関わりをしない方向へ向くのではないでしょうか。そうした意味で禁止命令だけを強調すると、人との関係が薄れていくと思われます。
 律法の「戒め」を禁止命令として理解した者たちが律法学者たちでした。彼らは禁止命令を一番大事なことと考え、解釈し、人々に教えたのです。しかし、神がモーセを通して民に十戒を与えたのは、「人を戒める」ためではなく、「人を愛する」ためなのです。律法の専門家がイエス様に「律法の中で、どの掟が最も重要でしょうか」と尋ねた時、イエス様はモーセの後半部をとりあげて「隣人に対しての戒めを守りなさい」とは言われませんでした。そうではなく「隣人を自分のように愛しなさい」と教えられています。モーセの後半部の4つの戒めは、戒めを守る所にとどまるのではなく、深い所において、隣人を愛することが求められていたと知らされます。それが、神が人と人との関係において求めておられたことでした。隣人を心から愛する時、自ずと、殺すことも、盗むことも、姦淫することも、偽証することもないでしょう。
 人を愛しきれない私たちであります。そんな私たちを主イエス様は、命をかけて愛して下さいました。十字架の縦軸の、神からの罪の赦しの愛によって生かされているのですから、その愛によって私たちも隣人を愛する歩みをしていきましょう。
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by higacoch | 2011-08-29 17:08 | 出エジプト記

2011年8月21日

「神を愛せよ」 出エジプト記20:1-11,マタイ福音書22:34-38

 今朝の出エジプト記20章の小見出しに「十戒」とあります。この「十」という文字を見ていたら、イエス様がかかられた十字架を思い出し、二つの十が重なりました。ユダヤ教ではモーセの十戒が重要視されますが、キリスト教では十字架を掲げます。十という字は、横棒と縦棒によって出来ています。以前、隅谷三喜男氏が十という文字は、横棒が私たちの世界、人と人との関係であり、縦棒は神と人との関係を表していると言っておられました。そのことを考えてみますと、私たちの信仰の理解は、書き順とは違っていて、まず何よりも縦棒の関係、神との関係があり、その後に、横棒の関係、人と人との関係があるということです。
 今朝は縦の棒、神と人との関係から学びたいのです。神と人との関係というとき、これもよく考えてみますと、二つに分けられると思うのです。それは縦の棒のベクトルであり、上向きか、下向きかということです。皆さんの中で、信仰とは神を求めること、善い行いを求め、神に喜ばれることを行い、神様に向かっていくことによって神様から祝福を受けると考えていらっしゃる方がおられると思います。上向きのベクトルです。しかし、自分の行為を清くしていくことが信仰の始まりでしょうか。もしそうなら、自分がそのような行為ができない時、自分には信仰がないということで、自分で自分を裁くことになるでしょう。聖書はそうした信仰を語っていません。
 聖書は先に神が降って来られた、神が人に為してなして下さったことを語っています。それは2節に「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導きだした神である」とあります。神がまず、エジプトでの奴隷状態から人々を救い出して下さいました。神様の救いがまずあるのです。戒めだけが命じられてはいません。新約聖書でも、「神は、独り子を世にお遣わしになりました。ここに神の愛が私たちの内に示されました。私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛して、私たちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。」(Ⅰヨハネ4:9)とあります。何よりも神が私たちを憐れんで下さり、私たちの方に降って来られたのです。
 聖書の信仰は、神の恵みが先にあり、それに応答する信仰生活が求められています。まず、神の救いがあって、その救いによって生きる者として、主なる神以外には神があってはならない、あなたを救った神のみが神であり、それ以外には神はいないというのです。だから、何かの他のものや、像を造って神として拝んではならない、神として崇めてはならないのです。あなた方は、わたしを礼拝しなければならないということ、私以外を礼拝してはならないということなのです。
 第三の戒めには「あなたの神、主の御名をみだりに唱えてはならない。」とあります。ここで「唱える」という言葉はもともとの意味は、「上げる」という意味です。
 同じ言葉が、詩編では、「歌う」(81:3)とも訳されていて、主の名を高らかにうたうと言うことです。みだりに唱える、というのは、本当の意味ある使い方をしていないと言うことです。神の名を意味もなく使ったり、自分の都合で、やたら誓うなど安易に濫用してはならないということです。イエス様は、神の名を尊いものとして使うことを、弟子たちに教えられました。それはイエス様が教えられた祈りにあります。主の祈りの中に「御名があがめられますように」と示されています。「名」というのは、「本質」を現します。また「人格」を現すといってもいいでしょう。神の「名」とは、神の人格、神ご自身を現しており、「御名があがめられますように」とは、神ご自身があがめられますようにということなのです。
 第4の戒めである「安息日を心に留め、これを聖別せよ」とは、神が天地を創造された時、それを6日間で為され、7日目には休まれたことから来ています。モーセ以前の人々は、神の創造の業を知ってはいましたが、安息日を聖別するという戒めは与えられていませんでした。ここではじめて、安息日の規定が与えられています。これは、その後に記されている「何であれ、あなたは仕事をしてはならない」が強調されているのではなく、安息日を他の日と分けて、神の業、神の恵みを思い起こし、一日を過ごすことが主な目的であり、それが後に、神への礼拝となっていったのです。しかし、イエス様の時代には、仕事の禁止命令が強くなってしまい、ことごとく細かな規則までも作られていきました。本来の神を礼拝することよりも規則が優先され、戒め・律法のために人がいるようになってしまっていました。
 このようにしてイエス様の時代には、神様との縦の関係は、上からの神の救いの恵みが忘れられて、一方的な神に従う、それも律法主義の規則に拘束されたものとなってしまっていました。本来、神の救いの恵みに応答するための十戒が、律法によって人を拘束し、奴隷化していきました。そこで、神の救いが見えなくなり、神への服従のみとなっていったのです。これは本来の神が求められたものとは違っていました。イエス様は、はっきりと言われています。「私は、律法を廃止するために来たのではなく、成就するためにきた」と。それは、戒めをしっかりと守っていればという消極的なものではなく、恵みの神を愛することによって生きていくことをと教えられました。神の救いの恵みが先にあって、その恵み深い神を愛して生きることが、求められています。イエス様は「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。」これが第一の掟であると教えられたのです。
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by higacoch | 2011-08-22 17:36 | 出エジプト記

2011年8月14日

「救いの出来事」  出エジプト記12:21-42、マタイ26:17-30

 今年も原爆の日を迎えて広島、長崎で平和祈念式が行われ、両市長が平和宣言で福島原発の事故による核汚染のことを取り上げて語りました。これまでは核兵器と原子力発電とは別々のものと考えられてきましたので、取り上げられなかったのでしょう。しかし、今回の原発事故で同じ問題を含むものとして認識され、人間の力では放射能汚染を防げないことが明らかになりました。実際、原発の核廃棄物処理の問題、核汚染水の処理の問題等は大きな問題です。こうしたことから、人類は核と共存できないことが明確になりました。核の本当の恐ろしさに気づくのが、遅かったという感がありますが、もっと大きな地球規模の汚染問題になる前に、ここで気づいたことは良かったのかもしれません。エネルギー供給を原子力発電によるのではなく、その転換を為すべきです。いわゆる脱原発であります。時間がかかってもそうすべきだと思うのです。
 ここに至るまで気づけなかったのが、前回学んだ、エジプトのファラオのかたくなさに重なるように思えます。モーセがエジプトの王、ファラオ前に立ち何度も願ったのに断り続けて、そのたびにエジプトに災難が襲いました。それでもファラオは、その願いを受け入れませんでした。一旦受け入れたと思ったら、すぐに翻って拒否し、ついに9つの災難に苦しむことになってしまいました。(出エジプト記 7-8章参照)そこには蛙の大群、ぶよ、イナゴが襲ったり、暗闇が覆ったりして、人々は苦しみました。この9つの災難は、神が自然を用いて与えられた災難と考えることができます。しかし最後の災難は、これまでとは違って、神ご自身が行動されています。
 神はモーセに告げました。「家族ごとに、小羊を一匹用意しなさい。・・その羊を殺し、その血を取って、家の入口の鴨居と二本の柱に塗りなさい。翌朝まで誰も家の入口から出てはならない。主がエジプト人を打つために巡る時、鴨居と二本の柱に血が塗られた所は過ぎ越される。」と。そこでモーセは早速、長老たちを呼び集めて、神から語られたことを知らせました。そして、その日がやってきます。イスラエルの人々は、羊を殺して、その血を家の入口の鴨居と二本の柱とに塗ります。こうしてその夜は外出せず静かに過ごしました。主はエジプト中を回り、羊の血が塗られた家々を通り過ぎて行かれました。
 主は予告されたように行動され、エジプトの王の宮殿や側近の家も普通のエジプト人の家々、家畜小屋も回られました。王の初子も側近の初子も家々の初子、さらに家畜の初子も打たれて死んでしまいます。大惨事が一夜のうちに起こり、ファラオはモーセとアロンを夜のうちに呼び出し命じました。「さあ、出ていくがよい。あなたたちもイスラエルの人々もみな出ていくがよい」と。こうしてイスラエルの民は奴隷状態から救われて自由の身となりました。ユダヤ民族の最大の祭りと言われている過ぎ越しの祭りは、この救いの出来事を覚えてこれ以後毎年行われましたし、今も行われています。
 イスラエルの人々は、子羊の血を鴨居と柱とに塗ることによって、初子の死を免れます。血が塗られるということは子羊が殺されているということ、そこには羊の犠牲があるのです。その羊の死によって、イスラエルの人々が死を免れているという事実があります。このことは大事な視点です。神はイスラエルの人々を救うために、羊の命を犠牲にされたのです。これを逆から言うと羊が犠牲になることでイスラエルの人々は助かったということです。
 今朝、与えられましたマタイ福音書の18節に、イエス様は「私の時が近づいた。一緒に過ぎ越しの食事をする」と言われています。ここから「私の時」と「過ぎ越しの時」が重なるのです。この「時」のギリシア語は「カイロス」という特別な時を現わす言葉が使われています。イエス様が、「時」が来たと言われるとき、はたして弟子たちにはその「時」の意味が解ったでしょうか。解らなかったと思うのです。毎年行われている過ぎ越しの祭りと思っていたでしょう。しかしそれは十字架の時、イエス様が自らの身を犠牲にされる時でした。
 イエス様は、パンを取り、讃美の祈りを唱えてから、それを裂き、弟子たちに与えて言われました。「取って、食べなさい。これはわたしの体である。」そして杯を取り、感謝の祈りを唱えて、彼らに渡して言われました。「皆、この杯から飲みなさい。これは罪が赦されるように多くの人のために流される私の血、契約の血だ」と。イエス様は神の小羊だと言われています。その小羊であるイエス様の血が、契約の血なのです。過ぎ越しでの子羊の血でイスラエルの人々が救われたように、イエス様の血によっての救いの出来事が成就しました。それはすべての人の救いのためです。聖書が言うようにイエス様はすべての人のために死なれた、それは自らの血によって、すべての人を救うためだったのです。
 私たちは、イエス様の犠牲によって救われ、生かされてます。そして、今朝主の聖餐を頂きます。これは今や救いがイエス様によってなされており、私たちは神の国での祝宴に招かれているのです。共に、喜び祝うものでありたいものです。
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by higacoch | 2011-08-15 17:40 | 出エジプト記

2011年7月31日

「生ける神」  出エジプト記6:28-7:7, ローマ9:14-18 

 ニューヨーク・リハビリセンター研究所の壁に「病者の詩」と言う詩が掲げてあります。
「大事をなそうとして力を与えてほしいと、神に求めたのに
慎み深く従順であるようにと、弱さを授かった
より偉大なことができるように、健康を求めたのに
より良きことができるようにと、病弱を与えられた
幸せになろうとして、富を求めたのに
賢明であるようにと、貧困を授かった
世の人々の賞賛を得ようとして、権力を求めたのに
神の前にひざまずくようにと、弱さを授かった
人生を享楽しようと、あらゆるものを求めたのに
あらゆることを喜べるようにと、生命を授かった
求めたものは、一つとして与えられなかったが
願いは、すべて聞きとどけられた
神の意にそわぬ者であるにかかわらず
心の中の言い表せない祈りは、すべてかなえられた
私は、あらゆる人の中でもっとも豊かに祝福されたのだ 。」

 求めたものは一つとして与えられなかったが、願いはすべて聞き届けられた、とあります。この病者は、自分自身にとっての「幸い」を願っています。健康、富、権力、享楽などです。彼にはこの幸いと考えられるものが何一つ与えられませんでした。しかし、この詩人は、祈りが聞かれなかったと言っていません。実際に求めたものは与えられなかった。けれども、願いはすべて聞きとどけられたと心からの感謝をささげています。
 これと同じようなことが、今朝の箇所の3節にはあります。神は言われます。「私はファラオの心をかたくなにする」と。かたくなというのは、素直に受け入れないということです。ファラオがかたくなな心であったので、モーセは何度もファラオの前に出かけなければなりませんでした。ですから、神様が意地悪なことをされているように思えるのです。
 モーセたちが、最初にファラオに願ったのは、「三日の道のりを荒れ野に行かせて欲しい。そこで、私たちの神に犠牲をささげさせて下さい。」でした。でもファラオは受け入れません。モーセらが願いに行くたびに、ファラオは拒否し続けました。そのたびに、エジプトに災難が起こります。ナイル河の水が血に変わったり、蛙が、ぶよが、さらにあぶが大発生したり、疫病の災い、腫れものの災い、次々の襲う災難にも関わらず、ファラオはかたくななままでした。
 そして、ついにエジプトの全地に雹がふり、人も家畜も打たれ、田畑の大麦や亜麻など木々も打たれた時、今度ばかりは、ファラオは「自分が間違っていた、正しいのは主であって、悪いのは私と私の民だ」といって、「あなた方を去らせよう」と約束するのです。そこで、モーセが、ああやっと聞かれたと思い、主に感謝して祈りをささげると、今まで降っていた雹がやみました。災難が去ったのを知ったファラオは、またすぐにかたくなな心になり、イスラエルの人々をさらせなかったのです。
 そんなモーセらに、主は言われました。「ファラオのもとに行きなさい。彼とその家臣の心をかたくなにしたのは、私自身だ。それは彼らのただ中で、私がこれらのしるしを行うためであり、わたしがエジプト人をどのようにあしらったか、どのようなしるしを行ったかを、あなたが子孫に語り伝え、私が主であることをあなたたちが知るためである。」と言われたのです。「私が主であることをあなた方が知るために」そうしたと神ははっきりと言っておられます。
 さらに災難は続きます。イナゴの大群、暗闇、そして、最後は、初子が死ぬ出来事が起きてしまいます。(この最後の出来事は次回に学びます。)
 これほどまでに、神はファラオの心をかたくなにされたのは、神の計画があったのです。軍事力を誇るエジプト軍に対して、神はそれに勝る軍事力によって、エジプトを脱出させたのではありません。そうではなく、神ご自身の力によって脱出させられました。ファラオのかたくなさは、エジプト人に、ファラオに、イスラエルの人々に、神の力が示すためだったのです。神はモーセの働きを通して、神の救いを遂行されていかれました。しかもはっきりと神の力を示しながら、なされた出来事だったのです。
 最初に、病者の詩を紹介しましたが、私たちが祈る祈りは、聞かれていないのではありません。私たちが求めていたその最も深いところで、神はその願いを聞いて、神が応えて下さっているのです。祈りは聞かれる。ただし、自分が願ったように、その願いが与えらるというより、神がよしとされる所において、聞かれるのです。
 ファラオのかたくなさも、神によって用いられていました。神がいかに力ある方なのかを現し、イスラエルの人々を奴隷状態から解放してくださったのです。神は私たちの思いを超えて働いておられます。そして、あなたの祈りもあなたにとってよいもので応えて下さいます。
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by higacoch | 2011-07-31 17:47 | 出エジプト記

2011年7月24日

「苦しみの声を聞かれた」 出エジプト記3:1-15、 使徒7:30-35

 本日は、中会のミッションサンデーとして、東日本大震災を覚えて、共に祈りますが、その中に「主よ、あなたはすでに、痛み、苦しみのある人々のところに、共におられることを、私たちは知っています」とあります。主は、痛み、苦しんでいる人を憐れんで下さいます。このことが今朝の箇所、出エジプト記3章7節にあります。「主は言われた。わたしはエジプトにいるわたしのために苦しみをつぶさに見、彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った。それゆえに私は降っていき、彼らを救いだす」と。神は、苦しむ者を見捨てたりはされない。そうではなく、苦しむ者の叫びを聞き、助けられることを学びたいのです。
 今朝の聖書箇所の小見出しに「モーセの召命」とあります。モーセが神様の働きをするために召されたことが記されている箇所であります。
 モーセはエジプトの王女の子として成長し、エジプトの地で40年を過ごし、その年にエジプト人殺しをし、ミィデアンの地に逃れ、家庭を持ち、羊飼いとして40年過ごしました。ある日、ホレブの山まで羊を追い、柴が燃えているように見えましたが、それが一向に燃え尽きないので、近づいて見ると、神がモーセに語りかけられました。「ここに近づいてはならない、足から履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる場所だから」と。さらに「わたしはあなたの父なる神である。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」とはっきりと告げたのです。
 そして、「私は、エジプトにいるわたしの民の苦しみをつぶさに見、彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った」と言われました。ここに私の民の苦しみを見た、聞いた、知った、とあります。「それゆえに、わたしは降って行き、エジプト人の手から彼らを救いだす」。神は、高い所から苦しむ民をみているだけではありません。降っていってとありますように、降ってきて、イスラエル人を救う働きをしようとされたのです。そのために神はモーセを召し「あなたをファラオのもとに遣わす」と言われたのです。
 彼は「はい」とは言えませんでした。戸惑ったのです。あるいは、自分はエジプトから逃げてきて、今の生活がある。いまさら、どうして、エジプトに行かなければならないのか解らない、できるなら、今の生活を続けさせて欲しい、エジプトに戻ったら、自分は殺されるかもしれない。そんな恐怖もあったでしょう。どちらにしろ、モーセとしては、エジプトには行きたくなかったのです。ですから、彼は神に応えて「わたしは何者なのでしょう。どうして、ファラオのもとにいき、しかもイスラエル人をエジプトから導きださなければならないのでしょうか。」と反論しています。かれの正直な気持ちは、私は、そのようなことができないということでした。ところが神は断わるモーセに約束されます。「わたしは必ずあなたと共にいる。これこそが、わたしがあなたを遣わすしるしなのだ」と。それを聞き、モーセは、イスラエルの人々の所に参ります、と言いはしましたが、彼の心は不安で一杯でした。そこで、神に「私がイスラエルの人々の所に行って彼らに、私は、あなたたちの先祖の神に遣わされてやってきたと言った時、彼らは私に聞くでしょう。その神の名は一体、何という名前なのかと、そう問われたのなら、どうしたらいいのでしょうか」と問いかけています。
 当時、周辺諸国では、それぞれの国で神々があがめられていました。エジプトにおいても神々の神殿があり、祭られていました。そこで、モーセは、どうしても神に聞きたかったのです。名はその本質を現すものだと信じられていましたから、聞いたのです。それに対して、神は「わたしはある。わたしはあるというものだ」と。これは、あるものをあるものとしている者だ、という意味です。つまり、すべての存在の根源となっている者、という意味です。こうして、神はモーセをイスラエル人々の救いへと送り出します。でもその後も、モーセはごねるのです。モーセが神の救いの働きへと用いられたのは、彼が固い信仰を持っていたからでも、知恵に満ちていたからでもありませんでした。人間的には弱い人であったけれども、神が、モーセを用いられました。モーセは以前に同胞の民を救おうとしたが、殺人を犯し、同胞の民から憎まれる結果となり、エジプトを離れることになった。こうした挫折があったので、神の召しにすぐに応えられませんでした。しかし、その挫折したモーセを神は召されました。この召しは、モーセを再び生かすことでもありました。
 苦しむ民の叫び、それは、祈りでもあります。神は苦しむ者叫びを聞いて下さるのです。その苦しむ声を聞かれたゆえに神は降ってきて、イスラエル人を奴隷状態から救い出されたのです。神は、人間的には弱さや挫折を抱えていたモーセを選び、召し、そして、救いの御業に用いられていきました。
 神は、苦しむ者の声を聞かれる。そして、その苦しむ者に仕えるように、私たちは遣わされているのです。大きな業も小さな業も、どちらにしても、私たちは神の働きへと遣わされているのです。私たちに力があるから、時間があるから、知恵があるからではありません。モーセがそうであったように、弱い、自信のない、挫折を抱えている私たちを生かして用いられるのです。お一人一人は神様から召されています。神様の救いの御業の中に用いられているのです。神に信頼し、私たちの召しをしっかりと受け止めて、神様を見上げて歩んでいきましょう。
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by higacoch | 2011-07-25 17:23 | 出エジプト記

2011年7月17日

「救いの計画」  出エジプト1:15-2:10 

 今朝は、神様が救いを計画し、どのように遂行しようとされ、どのような人々を用いられたのかを学びたいのです。
 創世記の最後は、ヤコブ一家が、エジプトに下って生活をすることで終わっています。その後、どのような歩みをしていったのかが出エジプト記の1章に短くまとめられています。ヤコブと共に一家をあげてエジプトに下ってきた人々は全部で70人。ヨセフもほかの兄弟たちも、その世代の人々も皆、死にましたが、イスラエルの人々は子を産み、おびただしい数となり、ますます強くなって国中にあふれていきます。その頃、エジプトの大臣を務めたヨセフを知らない新しい王が出てきてエジプトを支配しました。王は、イスラエル人があまりにも多くなり、強力になってきたので、恐怖を覚えるようになりました。そこで、これ以上増え、強力な民族となるのを防ぐために、彼らに強制労働を強い、虐待しました。今のうちにというところでしょうか。力で抑え、イスラエル民族の弱体化を図ろうとしました。当時のエジプト王ファラオは、ラメセスⅡ世だと言われています。彼はエジプトの勢力範囲を広げていき、パレスチナ、シリア南部まで支配して、また無類の建築好きで世界遺産であるアブ・シンベル神殿や他の神殿を建築しました。 
 王は、イスラエル人を恐れ、ある策を練り、密かに命じました。イスラエルの助産婦2人を呼んで「お前たちがヘブライ人の女性のお産を助ける時、生まれる子供の性別を確かめ、男の子なら殺し、女の子なら生かしておけ」と命令しました。しかし彼女たちは、王の命令に服しませんでした。彼女たちは、王を恐れるよりも、もっと大いなる方、神様を畏れて、男の子のいのちを取ることをしませんでした。王は弱い立場の助産婦を脅して、子供を殺させようとしましたが、うまくいきませんでした。王は彼女たちが自分よりも、もっと神を畏れていると気づかされました。だから、彼女たちを脅してみても幼子を殺すことができないと解ったのです。王の次の策は、密かに命じるのではなく、公けに命令を出しました。イスラエル人に対して、全国民に「生まれた男の子は、一人残らず、ナイル川に投げ捨てよ」という命令でした。事実として、多くの男の子が殺されていったでしょう。新約聖書のイエス様の誕生の時も、時の権力者ヘロデがベツレヘム周辺の町や村の2歳以下の男の子を一人残らず殺した記事があります。このような悲劇が歴史的な事実としてあるのです。
 しかし、今朝の箇所に記されているのは、一つの家庭、神に仕える祭司の若夫婦のもとに、男の子が生まれたということです。そしてその子を王の命令に背いて、三ヶ月の間隠しておきますが、幼子はどんどん成長していき、泣き声も大きくなっていったのです。そこで、もうこれ以上隠せないと思って、ナイル川に生い茂っているパピルスで籠を編み、防水のために、アスファルトを塗って水漏れしないようにし、そこに幼子を入れてナイル川に流したのです。その時も母親としての悲しみの感情など、聖書には記されていません。その籠がどうなって行ったのかは、聖書を読めば解ります。その子は命が助かり、しかもエジプトの王女の子として育てられていくのです。この男の子が、後にイスラエルの人々を解放していく預言者、モーセです。モーセは、神の不思議な御手の中でいのちが守られて、しかもエジプトの王宮で育てられるようになったのです。イスラエルを救う人物であるモーセの幼い時代に、神は、もう既に救いの備えをしておられたのです。
 ここで学びたいのは、イスラエルの人々の救いを成し遂げるモーセは、女性達によって助けられているということです。2人の助産婦、モーセの姉、ここではまだ名前が出てきませんが、ミリアムです。そして、エジプトの王女、そしてモーセの産みの母親です。こうしたことをよくよく考えてみますと、神様は、救いの計画の中で、女性たちを用いて下さっていると解ります。女性達の働きがあって救いの計画が進められています。当時は、政治的にも、軍事的にも男性中心でありました。ですから、歴史の表舞台には、男性の勇壮な軍人、教師、預言者などが登場し、歴史に記されています。そのような中で、ここでは女性達の尊い働きが記されているのです。神様が、イスラエルの人々を救うという計画の中で、一人一人を用いていかれた時、そこで選ばれたのは、人間的に力ある者、知恵ある者ではなく、ただ、神を畏れて生きていた人々でした。
 モーセもエジプトの王子として育てられ、高い地位にいる時に、同胞であるイスラエル人を奴隷から救ったのではありません。王子と言う地位を離れ、権力の座を追われ、羊飼いとなった時です。しかもエジプトから遠く離れた地の一介の羊飼いであった時、神から力を頂き、神に用いられて、神の使いとしてエジプト王の前に立ち、救いの働きを担っていったのです。
 神は、このように下から、下にいる人々を、神の御用に用いていかれました。救いの出来事の伝道も、下から為されています。パウロもコリントの教会の人にも言っています。「あなたがたが召されたときを、思い起こしてみなさい。人間的にみて、知恵ある者が多かったわけではなく、能力のある者や家柄の良い者が多かったわけでもありません。神は世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるために世の無力な者を選ばれました。」(コリントⅠ 1:26~27)とあります。力が弱くても、神様から頂く力で、救いの働きを為しているのです。
 私たちもこの日本の中で、政治的にも経済的にも混沌とした社会の中で生きています。いろいろなことがめまぐるしく起こるこの時代に生きています。お一人お一人、様々な困難や苦しみもあります。本当にどうしようか、どうしようもないと思ってしまうこともあります。しかし、忘れないで頂きたいのです。神を畏れることを。もし私たちが今、この時代に神を畏れ続けるなら、そんな私たちを神様は、神様の救いの計画のために用いられるのです。
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by higacoch | 2011-07-18 17:28 | 出エジプト記

2011年5月29日

「天からのパンとは?」
出エジプト16:1-16、ヨハネ福音書6:34-40

                         荒瀬 牧彦 牧師

 イスラエルの人々は、「意気揚々と」エジプトを出てきました。ファラオの軍隊に追われて不安に陥りましたが、神様は実に不思議な仕方で彼らに海を越えさせ、そしてエジプト軍の追撃を断ってくださいました。出エジプト記15章にある「海の歌」は実に力強く、喜びに満ちた賛美です。
 ところが、それから早や三日目には、水が苦くて飲めないと不平を言い始めていました。水の問題は神様に解決してもらいましたが、今度はすぐ「腹減った」の大騒ぎです。「我々はエジプトの国で、主の手にかかって、死んだ方がましだった。あのときは肉のたくさん入った鍋の前に座り、パンを腹いっぱい食べられたのに」。
 人間は、直面する現実が厳しいと、過去を振り返ってそれを美化し始めます。記憶の中で捏造された「昔」を勝手に思い浮かべるのです。イスラエルの人々はエジプトで酷使され、苦痛の叫びをあげていたのです。それなのに今、食べ物の確保をめぐる不安からか、またエジプトに戻りたいとさえ言いはじめるのです。
 真に自立した自由な人間になるというのは容易ではありません。人を奴隷化する力というのは、本当に強力なのです。(被爆国であり地震大国でありながら、札束の威力で原発大国への道を進んでしまったこの国において、東日本大震災の後も、なお原発に頼るほかないという意見が根強くあります。ファラオと原発が重なって見えます。目先の経済的利益というのは、それほどに人をコントロールするものなのです。)神様に魂を与えられた存在として、人間が真に自由な人間となっていく。これは大変なことです。神様は、海を分けてイスラエルの民を出エジプトさせられましたが、それよりもさらに大変だったのは、その後のことで、彼らの魂を真に解放することでした。だから荒れ野での40年が必要だったのでしょう。
 愚かな民を教育するための方法。「わたしはあなたたちのために天からパンを降らせる」ということでした。「天からのパン」によって人を生かすのです。
 神様は、最初はシナイ半島の荒れ野で、見たことのない白くて甘いウェファースのようなもの、「なんだこれは」と驚いた人たちが「マナ」と呼んだものをもって、イスラエルの民を養いました。やがて時が満ちて、神様は御子イエス・キリストをもって人びとを満たすという素晴らしい御業を行われました。神様は、旧約の時代も新約のときも人間が思いもよらない仕方で「天からのパン」を与えてくださったのです。
 あなたはどれぐらい真剣に「天からのパン」を求めていますか。本当にそれが必要だと考えていますか。それがなくても、近所のおいしいパン屋さんにいけば、それで満足と思っていませんか。腹を満たせればよい、ぐらいに思っていませんか。奴隷的人生ならそれでもよいかもしれません。しかし、私たちが、罪から解き放たれた自由な人間として生きようとする時、「私が命のパンである」という方との出会いが決定的に重要です。古い自分のまま生きようとするなら、天からのパンを求めなくてよいかもしれません。しかし、わたしたちは「パンだけでは生きられない」者なのです。獣としては生きられるかもしれない。しかし人間としては生きられないのです。神は、土(アダマ)から人間(アダム)を造られました。しかし土をこねただけで人間になったのでなく、神様が鼻の穴から息を吹き入れて、「人はこうして生きるものとなった」のです。
 私たちは「天からのパン」イエス・キリストをいただかなければなりません。キリストを食べるというのは、一生に一回のことではありません。イスラエルにとってのマナがそうであったように、一日一日、新たにいただくものです。日ごと、朝ごとに、「神さま、わたしは天からのパンなしには生きられません」と祈って、天にむかって口をあけなければならないのです。
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by higacoch | 2011-05-31 18:10 | 出エジプト記