カテゴリ:マルコ( 34 )

2016年8月21日

「 喜びに満たされて 」  マルコ1章29節~34節      
                           平 尚紀 伝道師

 マルコ福音書を読むと、シモンという男は、主イエスに出会うと、すぐに従ったと書かれています。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われて、シモンはすぐに網を捨てて従ったと、マルコ福音書は語るのです。ここで、私たちは、ある疑問が起こってくる。シモンという人は、なぜ、出会ってすぐにイエスという男について行ったのか。網を捨てて従ったとは、漁師という職業を捨てたということです。職業の上に成り立つ生活さえも捨てて従ったということになるのですが、突然出会った、身も知らずの人に、なぜ、すぐに従うことができたのでしょうか。
 ここで、大切なことは、福音書は、そうしたシモンの側の動機については一切触れていないということです。聖書が伝えていることは、主イエスが招かれた、声をかけられたから、シモンは従ったのです。シモンの動機には一切触れていないのです。シモンは、主イエスに声をかけられたことで、主イエスに従う弟子となった。主イエスが、シモンをじっと見つめ、声を掛けられた、だから、シモンは主イエスに従うことができたのです。弟子となったシモンにも、動機と言えることは、きっとあったでしょう。しかし、それ以上に、主イエスが、シモンをじっと見て、知ってくださり、声を掛けてくださった。だから、シモンはすぐに網を捨てて従うことができた訳です。
 ところが、シモンには姑がいた。結婚をしていた。家族があった。養うべき家庭があったのです。そう思うと、少し、事情が変わって聞こえてきます。養うべき家族がありながらも、網を捨てて、仕事も生活も、家族も見捨てて行ったというのは、少し身勝手ではないかと思うのです。生活を顧みず、主イエスに従ったのは、いささか身勝手すぎると考えてしまいます。だからこそ、主イエスは、会堂を出るとまっすぐに、シモンの家に向かわれたのです。主イエスは手当たり次第に声を掛け、自分の主張に付いてくる者を捜すお方ではなく、湖で網を打つシモンの心の内、生活、家族、そうしたすべてに責任を持ってくださる。その上で、「わたしについて来なさい」と声を掛けてくださるお方なのです。
 しかし、シモンの家では、姑が熱を出して寝ていました。人々は早速、そのことを来訪者である主イエスに話したのです。突然の来訪者に、歓迎したいのだけれど、今はそれどころではない。こちらの都合がある。こちらの生活があるとでも言わんばかりです。面白いのは「話した」と言うところです。主イエスに癒しを求めたのではなく、家族の者が病であることを伝えたと言うのです。弟子となったシモンや兄弟のアンデレも、また、その場にいた人々も、まだ主イエスのことを知っていない。今日の聖書の最後の言葉「悪霊はイエスを知っていた。」という対比するようなマルコの言葉がとても印象的です。家族の人々は、いや、弟子となったシモンでさえ、イエスのことをまだ良く知らない。理解していないということなのです。
 主イエスがこの家に入っていく。姑の手を取り起こされる。すると姑の熱は去り主イエスをもてなした。主イエスとその一行をもてなし始めたのです。主イエスが手を取って起こされた時から、シモンの姑は主イエスに仕えた。それだけでなく、この時からずっと、この家族は、繰り返し主イエスとその一行を家に迎え入れ、もてなし続けた、仕え続けたということなのです。シモンが主イエスに従って行くだけでなく、この姑も、この家族も、喜びに満たされて主イエスに仕える者になったのです。
 すると、どうでしょうか。人々はイエスのもとに大勢の病人を連れて来たのです。 町中の人が、喜び溢れるシモンの家の戸口に集まって来たのです。主イエスによって、シモンの家から町中へと喜びは広がっていったのです。シモンが、主イエスに従うという決意の結果、その家族が主イエスと出会い、喜びに満たされて主イエスに仕える者と変えられる。それだけでなく、更にそこから喜びがあふれ出て、町中の人が驚きと喜びに包まれたのです。シモンの身勝手とも思える行動でしたが、主イエスが招かれると、シモンだけでなく、その家にも喜びに満たされていく。それだけでなく、その近隣にも喜びがあふれ出て行く。これが主イエスの喜びの福音です。
 私の家族は教会には・・・。と言う人もおられるかも知れません。本当にそうでしょうか。
 シモンが主イエスに従うという決心を通して、この家族が喜びに満たされたように、あなたを通して、あなたの家族に喜びの福音が届けられるようにと、神があなたをその家においておられるのではないでしょうか。
 また、あなたが安心して、教会で、神に仕える働きができるようにと、神が、あなたの家族をあなたのそばに置いておられるのではないでしょうか。
 主イエスは、弟子のシモンのように、私たち一人ひとりを招いてくださる。
 これが主イエス・キリストの福音です。喜びの知らせです。
私たちは、喜びで満たされる必要があります。そしてそれは、私だけの喜びでなく、また家族だけの喜びでもなく、町中に、世界中にあふれ広がる喜びなのです。
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by higacoch | 2016-08-27 16:55 | マルコ

2016年6月12日

「透明の翼を持つ人」 詩編91編1~16  マルコによる福音書1章12~13
                                          濵崎 孝 牧師

 月刊誌「信徒の友」に、「教会生活のために」というページがあり、「教会の掃除はだれがしているのですか」という質問に、日本聖書神学校教授をつとめた大沢秀夫牧師が答えていました。「本当にいったい誰が、いつもきれいに教会の掃除をしていてくれるのでしょう?教会の印刷物を送ってくれるのは?そして礼拝堂のお花を活けてくれるのは誰でしょうか?……私の今いる教会では、女性の天使たちが四組、おじさんたちの天使が二組、そして青年の天使一組が交代で礼拝堂の掃除をしてくれています。……聖書では天使は、神の消息(メッセージ)を伝えるものとしてしばしば登場します。でも自分を目立たせるのではなくて、……メッセージを告げるとすぐに消えてしまいます。天使の存在は、私たちが見えないところで支えられて生かされて在ることを教えてくれます」。――大沢先生は、見えない所で神さまのご用をつとめてくれる人たちを「天使」と呼んだらどうだろう……と語りかけていました。マルコによる福音書の始めに登場する洗礼者ヨハネという人は、「使者」(アンゲロス)と言い表されています(英語の「天使」エンゼルは、ギリシア語アンゲロスに由来)。ですから、大沢先生の提案に賛成して振り返ってみると、私どもは多くの天使に仕えられ、支えられて来たことがわかります。
 福音書の著者マルコは、ナザレのイエス=救い主イエスさまには「天使たちが仕えていた」と証言しましたが、その「天使たち」は主なる神さまに奉仕する霊的な存在、天的な存在で、人間ではありません。そして、こういう「天使たち」が仕えていたので、野獣が歩き回っている荒れ野に40日間留まるような生活も平安だったし、サタン=悪魔のような恐ろしい存在が誘惑してもイエスさまは何のダメージも受けなかった……というのです。
 皆さん、マルコ先生にも、「荒れ野」に留まるような体験があったのかもしれませんね。また、「サタンから誘惑を受け……た」というような苦悩の体験も。さらに、「野獣」(複数形!)の傍にいるような恐怖の体験さえ。そして、そうであればこそ、マルコ先生はあのキリスト・イエスさまにあった霊的現実から、力強い励ましや福音を聴いたのではないでしょうか。サタンの恐ろしい企てに勝利された主イエスさまが、私どもと共にいてくださる。それは、私どもにとってどんなに大きな力であり安心であることか……と。
 旧約聖書のイザヤ書の預言は、次のように語っています。主なる神は、「彼ら(主の民)の苦難を常に御自分の苦難とし/御前に仕える御使いによって彼らを救い/愛と憐れみをもって彼らを贖い/昔から常に/彼らを負い、彼らを担ってくださった」(63章9節)。――主なる神の民には、常に主ヤーウェのご慈愛が注がれて来たのであり、あの荒れ野のイエスさまにあったような天使による力強い支援も豊かに祝福されて来たのです。
 『まばたきの天使』(日本基督教団出版局)という本があります。副題は、「わたしの水野源三」です。著者は、隣人を「わたしに出会ってきた天使」と言い表した……。水野源三さんは、小学生の時に罹った赤痢が原因で手足の自由を失い、喋ることも出来なくなりました。けれども、水野さんの家庭にキリストの福音が届き、源三さんは聖書を一心に読む人になり、やがてキリスト・イエスさまとの出会いを経験しました。主の民の一人になったのです。その信仰の喜びを水野源三さんは、歌や詩に表し、『わが恵み汝に足れり』(アシュラム社)などの詩歌集が生まれたのでした。水野さんは、イエスさまから詩(うた)の翼を贈られたのです。その水野さんをまばたきの天使と言い表したのは、源三さんのお母さんが「あいうえお」の表を使い、一字一字を指し示すと、源三さんが使いたい字を瞬きで合図したからです。水野源三兄(きょうだい)も、イエスさまから与えられた翼で多くの人を勇気づける詩歌を書き、その透明の翼で天国まで羽ばたいて行きました。そして、「天使に等しい者」(ルカによる福音書20章36節)になったのです。
 キリスト教会の礼拝堂に集まっているお互いは、みな弱さや欠点、的外れや不自由を抱えた人間です。けれども、私どもが礼拝している神さまは、詩編91編が語りかけているように、「羽」や「翼」をお持ちなのです。ですから、礼拝堂に集まっている私どもは、いつかきっと、隣の人の背には透明の翼があるのだ……と想わされて来るに違いないのです。
 皆さん、キリスト・イエスさまは、私どもを透明の翼を持つ人にしてくださろうとしています。慈しみ深いイエスさまは、試練や苦難で苦しむ人々のことを憐れみ、私どもを遣わして助けようとしていらっしゃるのです。どうかその嬉しい御心がなりますように……とお祈りしていきましょう。 
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by higacoch | 2016-06-18 18:20 | マルコ

2014年10月19日

「神の国」の歴史に共に参加して  コヘレト11:1-6、 マルコ4:30-32
                                  柳沢美登里姉(声なき友の輪)

 この地に種をまき、50年を導かれた主をほめたたえます。私が最貧国の一つ、バングラデシュに出かけたのは、大学のとき生きるための「真理」をイエス様に見出したことがきっかけでした。イエス様がイザヤ書から受け取った「貧しい人に福音を知らせる、・・囚われている人に解放を、・・圧迫されている人を自由にし・・」から、主は世界の顧みられない人をどれほど愛しておられるか、心を動かされました。80年代後半、日本はバブル真っ盛りでしたが、この聖書の言葉が蒔かれました。3年後に道が開かれるまで神様は私を日本のキリストの体の一員として整えられました。私の証を聞き、祈りに覚えてくださった東小金井教会の50年の歩みは、日本のキリストの体の一部として、この地域と世界になくてはならない祈りと働きであったことをあらためて感じます。 
 イエス様が全力で知らせ続けた「神の国」と聞くと、体の死後の「天国」を連想しますが、イエス様は3つの異なる時間区分で語られました。「未来に完成される神の国」、死にも悪にも勝利され「過去に成し遂げられた神の国」、「あなたがたの間にある神の国」です。「神の国」は過去も今も未来にすべてを網羅している壮大な神様の歴史です。そのたとえの一つが「からし種」。蒔かれたときとても小さかったのに、気がついたら大木に成長している。「人や社会、自然の回復」は神様の願いを受けた人が「小さな種を蒔く」ことから始まるのです。蒔けば成長させてくださるのは神様で、私たちは無力さにしり込みする必要はないのです。バングラデシュでの一つの「からし種」が、差別されたアウトカーストで教育を受けた第一世代の若者ミロン君です。村の食堂で同じ食器を使わせてもらえない。学校では先生にも馬鹿にされ、やめざるを得ない。彼らの深い痛みに主が造られた人の回復に私は心を動かされました。あるとき村内デモ行進に呼ばれ、6-7人の行進に参加しました。内心、これで何か変わるだろうかと思ったものです。ミロン君は数人で「救い」という人権団体を立ち上げ、私は励まし続けました。17年を経てどうなったでしょうか。ミロン君はバングラデシュの国の人権委員会の委員の一人になり、世界人権擁護団体アムネスティ・インターナショナルとも連携しています。あの「からし種」がこんな大木になっていたのです。神様の力であり、東小金井教会の皆様の祈りと支援で参加してくださっていたものです!
 神様は50年後の2064年に、教会に何を期待しておられるでしょうか。この時代に「神の国」の視点で未来をどのように待ち望むか今、私が教えられているのが知識と知恵を極めたコヘレトの言葉です。「あなたのパンを水に浮かべて流すがよい。」現代の私たちは「無駄。もったいない。非効率。」と思います。4節には余りにもたくさんのことを知っているので、何もできない状態に陥っているとあります。インターネットで情報があふれている今の時代のようです。コヘレトは5節で、私たちにはすべては判らないけれども「すべてのことを成し遂げられる神の業」を謙遜に告白します。無駄に見えることに手をつけないことが最善と考える現代の私たちは、神様が働かれる機会を失っているのかもしれません。 私は2010年に「声なき者の友」の輪という団体の設立に導かれました。大震災直前に関わり始めたインドの働きからの学びです。カースト制度で人間として扱われないダリットたちの尊厳回復を目指すプログラムでした。「圧迫されている人に自由を」という「神の国」の働きだと思い同意しました。やがて、私の理解はとても限られていたことに気づきました。村では最上層でなく、すぐ上の人口が最大の元奴隷層から最も屈辱的差別を受けていたのです。底辺同士で協力すればよさそうですが、何千年にもわたる上下関係はすさまじいのです。そこでは聖書の神様が人をどのように造られたかをヒンズー教の教えと対比して教えていました。今、彼らは新しい文化を生み出しています。あり得なかったことですが、元奴隷層の人たちがヒンズーの教えで禁じられていたダリットたちと食事を一緒にするようになったのです。今年、私は導かれてパンを水の上に浮かべたことに気づきました。私が全容を理解するものを選んでいたら手を出さなかったものです。完全に理解できなくても、人を回復すると信じ水の上にパンを浮かべると、驚く方法で後にそれを見出させてくださるのが「神の国」なのです。きっと神様は教会が100周年を迎えるとき、個人や教会として成長した「大木」や「水に浮かべて流したパン」のその後をみなで見ることを楽しみにしておられると思います。「神の国」の歴史に参加して「からし種」を蒔き、パンを水に浮かべて、主のお働きを期待する歩みをご一緒したいと思います。50年後も絶えることなく主をほめたたえる教会であるように、心から祝福をお祈りいたします。
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by higacoch | 2014-10-24 09:45 | マルコ

2014年7月13日

「 小舟を用意しよう 」    マルコ 3章7節~19節 
                             成瀬教会 丹羽義正牧師

 「 おびただしい群衆が、イエスのしておられることを残らず聞いて、そばに集まって来た 」(8節)とあります。このようなことが起きるのは、イエス様の時代のことだけではありません。今日においても起きます。魂の医者であるイエス様がしてくださったことが明らかにされるとき、そこにたくさんの悩み、痛みを覚えている方々が押し寄せて来ます。今日の社会では実に多くの人たちが深く傷つき、病んでいます。その傷みをどこに持って行けばよいのか、持って行き場を探しています。だからイエス様のしておられることが明らかになれば、そこに人は集まって来るのです。たくさんの人々が押し寄せて、主は群集に押しつぶされそうになりました。そこで弟子たちに「 小舟を用意してほしい 」(9節)と言われました。群集から逃げてどこかに行こうと言うのではありません。湖に舟を浮かべ、そこから岸に集まる群衆に向かって語ろうとされたのです(4章1節、2節参照)。「 小舟を用意してほしい 」、これはイエス様がすべての教会に対して求めておられることです。「 あなたたちにも、この群集の悩み、苦しみが伝わってくるだろう。どうか私と一緒に、この群集の迫りを受け止めてくれ。何も大きな舟を用意してくれとは言わない。あなたたちの持っている舟でいい。あなたたちの持てるものをもって、この私と一緒になって、群集の激しく求めてくる力を受け止めてくれ 」、主はそう言われます。私たちの伝道の原点は、ここにあります。この主の言葉に応えるのが伝道です。
 考えて見ると、イエス様が押しつぶされそうになるというのはおかしなことです。なぜ、神の御子である方が押しつぶされそうになるのか。それは群集を十把ひとからげに扱うのではなく、ひとりひとりを愛されたからです。もしイエス様が群集を顔のないひとつのかたまりのように見ておられたならば、この人たちのために押しつぶされそうになることはなかったでしょう。イエス様は群集の中にいるひとりひとりの、その苦しみが刻まれた顔をご自分の心に記すように向き合われるのです。だから押しつぶされそうになるのです。10節に「 病気に悩む人たちが皆、イエスに触れようとして 」とあります。この人たちはただ病気が治りたい一心で、主のもとにやって来た人たち。単なるご利益信仰なのだから、こういう人たちにまで丁寧な対応をしていたら教会の本来の伝道をする時間がなくなる。教会はもっと直接福音の伝道にかかわることに集中すべきだという意見が聞こえてきそうです。果たしてそうなのでしょうか。私はかつてテレビの映像で、イエス様の像に自分の病んでいる部分を触れさせている巡礼者たちの姿を見ました。テレビの映像は続いて、人々に触られ続けたために足や手が丸くなってしまい、その形が崩れてしまっている像の姿を映し出したのです。私はそのとき「 彼が担ったのはわたしたちの病、彼が負ったのはわたしたちの痛みであった 」(イザヤ書53章4節)の言葉を思い起こし、イエス様はご自分の服に触って病気を癒してもらおうと押し寄せて来る人たちを、「 あなたの信仰はおかしい 」と言って追い返す方ではなく、「 あなたの信仰はまだ十分とは言えないけれども、そこから始めるのでいいではないか。こうやって私に触れる中で、少しずつ信仰って何か、分かって行くのだ。自分が本当に癒してもらわなければならない病が、罪という病だったってことにも目が開かれて行くのだ。たから今はここから始めてもいいではないか 」と言われる方なのだと思わされました。教会は主の求めに応えて小舟を用意する群れです。英会話教室、リトミック、虹の会、教会デイサービス・・・東小金井教会も50年の歴史の中でいろいろなことをして来ました。それらは全てイエス様をお乗せした小舟なのです。その小舟があることで、イエス様の言葉に触れるということが起きます。イエス様のいやしの御業に触れるということが起きます。そうやってイエス様に触れて行く中で、人が救われるという御業も生まれます。私たちは、そうやって今までたくさんの小舟を用意してきました。これからも小舟を用意し続けて行きましょう。イエス様が乗られる小舟を。私たちは自分たちの力や持ち物を見て、小舟なんか用意できないと思うかも知りません。しかし小舟を用意させるためにイエス様が選んだ12人を見てください。この小さな群れは、はじめから大きな傷を内包しています。いやむしろ、傷を内包しているからこそ、その群れの用意する小舟を私は用いるのだと主は決心しておられるのです。だからこれからも主の乗られる小舟を用意して行きましょう。
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by higacoch | 2014-07-18 17:12 | マルコ

2014年3月30日

『 荒れ野を行くあなたに 』
       イザヤ11:1~10、マルコ福音書 1:9~15

                    荒瀬 牧彦 牧師(めぐみ教会)

 荒れ野の誘惑の記事である。マルコ福音書版は、サタンの誘惑の中味を詳しく語るマタイやルカと比べると非常に短い。しかしここから汲み取ることができるものは非常に豊かである。
① 主イエスは洗礼の直後に誘惑を受けられた。「そしてすぐに」 荒れ野に導かれた。あたかもこの二つは1セットであるかのようである。洗礼の豊かな恵みの直後に、荒れ野の体験がある。そういうものなのである。我々は困難に直面すると「神から見離された」と思い、「この信仰は正しくないのではないか」と不安になる。しかし、誤解してはならない。神から遠ざかると試練に遭うのではなく、正しい道を行こうとすればこそ悪魔の妨害にあうのである。
② 「霊」がイエスを荒れ野に追いやった。ヘブライ書はこう記す。「それで、イエスは、神の御前において憐れみ深い、忠実な大祭司となって、民の罪を償うために、すべての点で兄弟たちと同じようにならねばならなかったのです。事実、御自身、試練を受けて苦しまれたからこそ、試練を受けている人たちを助けることがおできになるのです。」
 神の救いの意志が、イエスを荒れ野に送りこんだのである。本質的に無関係なものを救うことはできない。神が人となられたということは、苦しみ喘ぐ脆弱な存在に敢えてなられたということなのである。
③「40日間そこにとどまり」。40という数は、出エジプトの荒れ野の40年から来ているとみてよいだろう。4年ではなく40年、4日ではなく40日である。試練には長さがあるということだ。そう簡単には終わらない。だからこそ試練なのだ。しかし主イエスはそこにとどまられた、ということ。
④「野獣と一緒におられたが、天使たちが仕えていた」という不思議な表現。ユダヤ教の終末観が背景にあるのと聖書学者は指摘する。イザヤ書11章を想起せよ。サタンの誘惑を受ける荒れ野にあっても、そこに人知を越えた終末的な平和が見えており、神の守りがあったということ。荒れ野はサタン暗躍の場であり、試練の時であったが、そのさなかに、神の支えと守りを経験するということ。

 受難節の始まる灰の水曜日に、ヘンリ・ナウエンの言葉を友に教わった。「私たちの栄光は私たちの痛み苦しみの中に隠されている。もし私たちのその痛み苦しみの経験のうちに、神が、神御自身を贈り物として与えようと入ってこられるのを、受け入れるのなら。」(私訳)
 簡単に受け入れられる言葉ではない。痛みにおいて、我々は最も頑なになり拒否的になる。しかし神は、御自身を贈り物として与えようと入ってこられる。あなたが戸を開くのを待っている。苦しみ痛んでいるあなたに、「私はあなたと共にいたいのだ」と神が言われている。イエス・キリストという御方において。
 3年目の3月11日を前にして、『なぜ私だけが苦しむのか 現代のヨブ記』という本のことを思いだした。クシュナーという米国在住のユダヤ教ラビが書いた本だ。早老病という難病にかかった息子を14歳で失ったという方である。もう今までのような仕方では神を信じられないと、ヨブの苦しみを嘗めた。その苦悩の経過を率直に綴った手記である。最終章で彼は、ホロコーストを生き延びたあるユダヤ人のことを紹介している。戦争中の悲惨な体験の後、彼は南仏で財をなし、家庭を築き、再出発の人生は順調に進んでいた。しかしある日、山火事のため家も妻も子らも失ってしまう。気が狂うような苦悩に陥る彼に、人々は火災原因の追及をするべきだと迫った。しかしその人はそうはしなかった。残った財産を投じて、このような災害から自然を守るための運動を始めたのである。彼は未来に目を向けたかったのだ。「人生とは何かに敵対して生きるべきものではなく、何かのために生きるべきもの」と彼は考えた。ラビ・クシュナーも共鳴して言う。私もまた「なぜこの私にこんなことが起こったのか」から脱却し、目を未来に向け、「現状はこうなのだ。私はこれから何をすべきだろう」と問わなければならない、と。「苦難についての最も重要な問いは、それが誰の為のものか、ということです。私たちの苦難は神の為になるものなのか、それとも悪魔の為になるものなのか。私たちを活かす原動力になるものなのか、それとも道徳的麻痺状態に私たちを陥れてしまうものなのか。」(ドロテー・ゼレ)

 神様は魔法を使って苦難を消したりはしないだろう。しかし神は主イエス・キリストにおいて、まさに我々の苦しみ痛みの中で共におられ、我々がそこからいのちへと向かって歩み出すのを助けてくださる。荒れ野の40日の後、主イエスは「神の国は近づいた」と福音を告げ始められた。そして十字架の苦難の後、主は復活によって新しい命を示されたのである。
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by higacoch | 2014-03-31 13:08 | マルコ

2013年10月13日

「イエスの死」  詩編121:1-8、マルコ福音書15:1-15

 今年のNHKの大河ドラマ「八重の桜」が日曜日に放映されています。今は、八重の夫である新島襄が同志社大学の前身である英学校での働きで苦労している頃ですが、その新島襄が最初に聖書を読んで大変に驚いたことが、今朝の詩編121編の中にあります。2節の「天地を造られた主」と言う言葉でした。彼は天地が創造されたことに驚いたのです。これは創世記の最初にも「神は天地を造られた」とあります。
 この詩編は有名で、好きだという方が多くいらっしゃいます。私も好きです。なぜなら、ここには「わたしの助けは来る。」とあるからです。「来るだろう」とか、「来るかもしれない」ではありません。「来る」のです。こちら側の行動の如何によって来るのか、来ないのかが決まるのではないのです。
 この詩編が賛美されたのは、1節の下に「都に上る歌」とありますように、巡礼者が神殿に詣る時、巡礼者と神殿にいる祭司との掛け合うように歌う賛美でした。最初に、巡礼者が神殿に向かう道で、1節、2節を賛美して行進し、それに答えるようにして、3節以降を神殿内の賛美奉仕者の祭司たちが歌い返して、迎えるのです。ですから、ここで「あなた」と呼ばれているのは、巡礼者の人たちです。「主なる神様が、あなたを助けてくださる、あなたを見守ってくださる」のです。このように、主なる神様が助けて下さり、見守って下さると祭司たちは賛美して巡礼者を迎えるのです。
 ここで「見上げる」という行為は、旧約聖書の中では重要な言葉です。この関連で言いますと、モーセの時代にイスラエルの民は、荒野での長い旅の最中に苦しくなって神様とモーセに逆らって文句を言ったことがあります。そこで主なる神様は炎の蛇を民に向かって送られ、その蛇は民を咬み、多くの死者が出ました。民はモーセのもとに来て「蛇を取り去ってください」と懇願しました。そこでモーセが神様に祈ると、神様が「あなたは、蛇を造りなさい。そしてその蛇を旗竿の先に掲げなさい。そうすれば、蛇に噛まれた者が、その蛇を見上げれば、命は助かる」と言われます。モーセは早速青銅で一つの蛇を造り、旗竿の先に取り付けて、それを掲げました。すると蛇にかまれた人であっても青銅の蛇を見上げると、命が助かったのです。この救いの出来事はイスラエルの民の記憶に留められました。
 さて、今朝与えられた新約聖書は、イエス様がローマの総督だったピラトの尋問を受け、その後に、人々の前に連れ出され、十字架刑が決まった箇所です。何の罪も犯しておられないのに、イエス様は犯罪人の一人として処刑されていきました。聖書はイエス様の死に至る出来事を詳しく記しています。そして、イエス様の死は、人々の罪の贖いの死、つまり人の罪を背負って身代わりとなっていった赦罪死だったのです。
 さて、十字架刑のイエス様を見上げた者たちの中には、どんな人がいたでしょうか。巡礼者たちは「神殿を打ち壊して、三日で建てると言った奴、十字架から降りて自分を救ってみよ」とののしりました。ユダヤの指導者たちは、「他人は救ったのに、自分は救えないのか、今すぐに降りてみよ、そうしたら、信じてやろう」と愚弄しました。彼らは、イエス様の死を、神様を侮辱したため、神様に裁かれたのだと信じたのです。
 しかし、そうではありませんでした。神様はすべての人の罪をイエス様に負わせて、すべての人の罪を贖われたのです。ここに神様の怒りと同時に神様の愛が現わされ、その愛が勝利したのです。その証拠に、イエス様は神様によって復活させられました。十字架の死が、すべての終わりではなかったのです。死は、新しい命を産み出しました。この命こそ、神にある命、復活の命です。イエス様の死は、新しい命を生み出す入り口でした。イエス様の死は、むなしい死ではなかったのです。
 ここで考えたいのです。詩編121編は多くの人が愛する詩編であります。「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。わたしの助けは、どこから来るのか。わたしの助けは天地を造られた主なる神様から」と歌っています。その助けは、今や新約聖書に記されているように、イエス様のあがないの十字架の死からやってくるのです。モーセの時代、蛇に咬まれた民の中でも青銅の蛇を見上げた者は命が助かりました。そのように、十字架に掛けられたイエス様を見上げる者は、助かりました。たとえどんな人であってもイエス様の死によって救われます。それは、神様が為して下さった救いへの道だからです。これ以外の救いの道はありません。イエス様の十字架の死を見上げて、主の救いを頂き生きていきましょう。
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by higacoch | 2013-10-19 11:52 | マルコ

2013年8月25日

「心からのささげもの」
          詩編119:76-80、マルコ福音書12:41-44
 
                             
 これは都エルサレムにあった神殿内の出来事です。神殿には異邦人の庭、婦人の庭、男子の庭と幾つかの庭がありました。そうした庭は、名前が示すように、異邦人は異邦人の庭までは入れましたが、その奥に通じる婦人の庭には入れませんでした。そしてユダヤ人は男女を問わず婦人の庭に入って行くことができました。しかし、女性はそこまでで、その奥にあった男子の庭には入ることはできませんでした。今朝の聖書の場面はこの婦人の庭での出来事です。この庭はかなり広さがあり、6千人が入れたと言われますが、献金箱が13個設置されていました。日本のような木製の賽銭箱ではなく、金属製のラッパ型であり、それを立てたように、入り口が大きく下に行くほどに細くなっているものが並べられていました。ラッパ型の賽銭箱が庭の隅に周囲を囲むようにありました。それぞれの賽銭箱は指定されたお金を入れるようになっていて、第1番目には神殿税を、二番目は前年度に滞納した税金を、三番目は鳥の捧げものの代金を、とそれぞれ決まっていました。そして今朝の箱は13番目であり、ここは自由献金を捧げるためのものでした。
 人々は、賽銭箱に献金する者たちを見ていたとあります。イエス様の弟子たちも同じように見ていたでしょう。大勢の金持ちが、たくさんのお金を入れました。彼らは賽銭箱に入るお金がジャラジャラと長く大きな音を立てて落ちていくのを満足気に聞いていたでしょう。自分を誇るような思いを持って捧げたのかもしれません。そうした様子をイエス様はじっと見ておられました。金持ちたちが多くのお金を入れる中にひっそりとやってきた女性がいました。私が想像するに、お金持ちたちはほとんどが男性たちで立派な服を着ていたのではないかと思います。そんな中でこの婦人はみすぼらしい服で手に持っていた銅貨2枚を捧げたのです。今でいったら100円硬貨2枚と考えていいでしょう。
 貧しいやもめが捧げたすぐ後でイエス様は、弟子たちを呼び寄せて「はっきりと言っておく。この貧しいやもめは、賽銭箱に入れている人の中で、誰よりもたくさん入れた。」と言われました。これを聞いた弟子たちはびっくりしたと思います。しかしイエス様は、その理由をちゃんと言われました。「みんなは、有り余る中から入れたが、この貧しい人は乏しい中から自分の持っている物すべてを入れたからだ」と。「あまった中から入れた。」このことはいろんな必要な物、欲しい物を買った後、手元に残ったものから捧げたということ、つまり残りのものから捧げたのです。他方、やもめは、まず神様にささげたと言えます。
 こうしたことから、この個所は教会では献金のアピールのために取り上げられたりします。「皆さん、やもめは精一杯の捧げものをしました。皆さんもこの人のように精一杯の献金をして下さい」と。私はこの個所をこのようにだけ取り上げるのは、間違っていると考えています。その第一の理由は、イエス様は、やもめの捧げものを褒め、弟子たちに「あなたがたも、そうしなさい」と言われていないからです。命令も、勧めもされていませんし。献金するようにと促しておられません。
 私は、やもめの捧げものは、心からの捧げものだったと信じています。イエス様はこの人の捧げものに感動されています。というのは、イエス様はこの日、どんな思いの中におられたのでしょうか。ここでの出来事は受難週の火曜日に当たりますから、三日後には、イエス様は十字架にかけられます。ですから、イエス様は自らを捧げる覚悟を内に秘められておられました。自らのすべてを捧げる覚悟、命までも捧げる思いでした。そうした中で、このやもめの捧げものを見られたのです。ここにすべてを捧げている女性がいる、このことを知って、すぐに弟子たちに宣言されたのです。「この貧しいやもめは、だれよりも多く入れた」と。これは、この人が貧富の状況を越えて、自らを捧げた、心から捧げたということだと思うのです。イエス様はこのことを弟子たちに知らせたかったのです。この人の捧げものは、この時が初めてであったかもしれません。でもこの人は心からの捧げものをしたのです。 私たちもこの女性が捧げたもの、その献身をしっかりと学ぶべきです。
 神様は、最も大切な独り子なるイエス様を与えられました。これは、私たちを救うためでした。神様は命を与えるほど、私たちのために御子を捧げて下さるほど、私たちを愛して下さったのです。それはわたしたちが神様の愛を知って生きるようになるためでした。そしてイエス様は、神様の御旨に従って、自らの命を、すべてを捧げて下さいました。この捧げものによってわたしたちの罪は赦されて、生かされているのです。このことを覚えて私たちも小さくても心をこめて神様の恵みに応答して、隣人を愛して生きていきたいと願うものです。
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by higacoch | 2013-08-31 17:46 | マルコ

2013年8月18日

「最も大切な戒め」 詩編62:8-13、マルコ福音書12:28-34 
                          
 今朝与えられた箇所では、一人の律法学者が進み出て、イエス様に近づき、質問してきました。律法を知り尽くした学者が、たった一つを尋ねました。この人は、日頃人々に教える立場でした。その人が、ここではイエス様に尋ねているのです。答える側の人が、尋ねる側に立っています。こうしたことを考えますと、この学者は人々に自分の答えを語りながら、心の深い所で、この一つの問いに悩んでいたのでしょう。だから、ここでイエス様に問うているのです。「あらゆる掟の中で、どれが一番なのでしょうか。」と。この学者は真剣そのものだったでしょう。
 イエス様はお答えになりました。「第一の掟は、これである。」と言って、これ以外にはないと強調されておられます。「イスラエルよ、聞け。わたしたちの神である主は、唯一の主である。心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」と答えられました。このイエス様の言葉は、決して新しい言葉ではありません。むしろ、ユダヤ人であったなら子どもの時から何千回と聞いている、誰もが知っている言葉でした。これは、旧約聖書の申命記6章4節に記されている、「シェマー」、「聞け」という命令の言葉です。家長である父親が、子どもに毎日、繰り返して教えなければならない言葉でした。
 イエス様は、これだけを答えられたのではありません。学者が尋ねた「第一のものは」という問いに対して、「第一は、これだ」と言われているのですから、この答えだけで良かったのです。しかし、第一を言うのなら、どうしても語らざるを得なかった第二があったのです。第一を第一とするためには、第二がなくてはならなかった、第一だけで良いというものではありませんでした。第一は、第二の戒めを守ることによって守られるものだったからです。
 イエス様は、第二として「隣人を自分のように愛しなさい。」と言われました。私は第一の戒めは旧約聖書からの戒めであり、第二の戒めは新約聖書からの戒めだと思います。第一の戒めはモーセの戒めであり、第二はキリストの戒めです。そしてこの第一と第二は旧約聖書と新約聖書が分離できないように切り離せません。だから、イエス様は第一の戒めだけでなく、第二も言われたのです。
 その第二の戒め「隣人を自分のように愛しなさい。」は旧約聖書のレビ記19章18節にもあります。しかし、「隣人を愛せよ」の「隣人」とは、同胞の民、ユダヤの民でした。ユダヤ人以外は含まれてはいませんでした。しかしイエス様が言われている「隣人」とは、同胞のユダヤ人だけではなく、むしろその枠を越えて、全世界の人々でした。ですから、こうしたことも踏まえて考えますと、隣人を愛するということは、身内主義ではありません。自分の家族、親戚など身内だけを大事にし、その他の人は考えないというものではありません。身内を越えて苦しんでいる人、孤独な人、これはマタイ福音書25章で語られている「小さい者」ですが、飢えている人、苦しんでいる人、病気の人などです。こうした身近な人たちを愛することが求められています。
 イエス様に尋ねた律法学者は、「イエス様がおっしゃったことは、本当です。全身全霊をもって神を愛し、隣人を自分のように愛することは、どんな焼き尽くすささげものやいけにえよりも、すぐれています」と答えました。どんなに多くの、価値ある献げ物よりも、どんなに大きな犠牲よりも優れています、と。これを聞かれたイエス様は、感心して「あなたは神の国から遠くない」と言葉を掛けられました。この学者は真剣にイエス様に尋ね、イエス様の答えを心から受け入れて答えました。
 ここに最も大切な戒めが語られています。この大切な戒めは、今のわたしたちの時代にも通じるものです。それは神を愛し、そして隣人を自分自身のように愛することだということです。その戒めを忘れてはなりません。イエス様の尊い犠牲による神の愛を受けて、私たちも神を愛し、隣人を愛する歩みへと歩んでいくように求められています。
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by higacoch | 2013-08-24 14:36 | マルコ

2013年7月7日

 「祝福の家へ帰ろう」  
            詩編119:129-136, マルコ福音書8:22-26
 
                           
 聖書を読みますと、いろいろな障害を抱えた人が出てきます。今朝の箇所には、目が見えない人が出てきます。このように、視覚障害者の人もよく出てきます。この福音書の少し後の10章にも、バルティマイという盲人も出てきます。また他の福音書にも目の不自由な人がよく出てきます。
 今朝、与えられている箇所に出てくる盲人は、ずいぶんイエス様によって、よく世話をして頂いたということが解ります。イエス様の所に、人々がその盲人を連れてきました。イエス様に触れて欲しいと願ったのです。ところが、イエス様は、すぐに、彼らの願いを受け入れて、癒そうとはされませんでした。彼らの目の前で癒そうとされず、盲人の手を取って、なんと村の外まで行かれたのです。イエス様ご自身でこの人の手を握り締め、手引きして下さっているのです。この人は、どんなに喜んでいたでしょうか。
 皆さんもご存知のように、視覚障害の方々は、目が見えない分、手の感覚、耳の感覚が敏感になります。私は想像するのですが、この人はイエス様の手のぬくもりを人一倍、感じていただろうと思います。そして、村を出るまで、イエス様と何らかのやり取りをしただろうと思います。ですが、ここには、そのやり取りが記されてはいません。残念ですが、想像するしかありません。イエス様は、どんな生活をしてきたのか、そのようなことを聞かれたのではないかと、私は思うのです。
 イエス様は、どうしてみんなの前で癒しをされなかったのでしょうか。それは人々の前で癒しをされると、人々は、イエス様は奇跡を行うことができる方としてだけ見てしまいます。このことはイエス様の本意ではなかったのです。しばらく歩いた後、村の外に出ることができました。もう誰もいません。イエス様と盲人だけです。そこでおもむろにイエス様はご自分のつばを両手の手のひらにして、その両手をその人の目の上に置かれました。そして「何か見えるか」と訊ねられました。すると、「人が見えます。木のようですが、歩いているのが分かります」と答えています。ここにはイエス様とこの人だけで、誰もいません。となると、この人が「人が見えます」と言う「人」とは、イエス様のことだと解ります。そして「木のようですが、歩いているのが分かります」ということから、イエス様ご自身が歩いて下さっていることが分かってくるのです。イエス様は「何か見えますか」と訊ねただけではありませんでした。少し離れた所に移って、その人の正面に当たる所に立ってから「何か、見えますか」と訊ねられておられるのです。それから少し歩いたりされたのが解ります。どうして立ったままではなかったのか、もし立ったままだったら、よく分からなかったからではないかと思います。「木のようです。」と言っていますが、それは網膜内の異常現象であるケースでもあるからです。よく観察するためには静止よりも動く方がいい、だからイエス様は歩いたりされたのです。こうしたイエス様の行動を知れば、余計にイエス様の優しさが、一段と心に沁みてきます。
 こうして確かめられた後、再び、その人に近づいて先程と同じように両手をその人の目の上においてから、また同じように少し離れた所に立って、「どう、見えますか」と訊ねられたでしょう。すると、この人は、さっきよりもはっきりと見えるようになりました。それを聞かれたイエス様は、大変喜ばれたでしょう。
 そして「村に入ってはいけない。」と言われました。どうしてでしょうか。もしイエス様がこの人にこの言葉を言わなかったなら、この人は、一番に自分をイエス様の所に連れて来てくれた人々のところに行って、「イエス様が見えるようにして下さった」と言ったでしょう。そうなると、みんなの前で癒したと同じように、イエス様を奇跡を行う方だとだけしか見ないことになるでしょう。そうなってしまえば、どこで奇跡をしても同じなのです。イエス様は、そう受け止めてもらいたくありませんでした。
 そしてこの人に何よりもして欲しかったのは、この人の両親、家族のもとに戻って、両親に知らせて欲しかったのです。だから「家に帰りなさい」と言われました。こうしてこの人を家に帰されました。
 私はここで、もっと聖書が言おうとしていることを思いめぐらします。それは、「家に帰る」ということは、単に「自分の家に帰る」という意味もありますが、またそれ以上の意味も含んでいます。「帰る」と言うのは、「悔い改める」という意味を持っているのです。「家に帰る」という時、その人は「悔い改め」て、本来の家に帰る、つまり神様のもとに帰るということです。(ルカ福音書15章の「放蕩息子のたとえ」ではっきりと示されています。家に帰ってきた息子を父親は、盛大なお祝いをして喜び祝福しています。)このように「家に帰る」と言うのは、神様の祝福の中に入るということなのです。イエス様がこの人に何よりもして欲しかったのは、神様のもとに帰ること。神様から愛され、祝福されていることを味わって欲しかったのです。
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by higacoch | 2013-07-13 16:31 | マルコ

2013年6月30日

「安心して行きなさい」 マルコ福音書 5:25-34
                      唐沢 健太 牧師 (国立のぞみ)

 先週、息子が熱を出し学校を休んだ。風邪がうつらないように二階の子ども部屋にほぼ隔離状態の生活だった。3日目に「一人で寝ているのはつらい」とハラハラと涙を流して泣くのであった。病気で苦しむ時に一人でいるつらさ、不安、孤独感を私たちも経験したことがあるだろう。
 その苦しみを12年も味わっていた女性が今日の聖書の物語の主人公だ。女性特有の出血が止まらない彼女は、多くの医者にかかったが、「ひどく苦しめられ、全財産を使い果たしても何の役にも立たず、ますます悪くなるだけであった」(26節)。病気を治すためにあらゆる努力をしたが、期待しては裏切られ続けた12年だった。病気が病気だけに医者にかかる度に恥ずかしい思いをしたことだろう。なかには心ない大した治療もせず法外な治療費を要求する医者もいたと言われている。彼女は全財産をその病気の治療のために費やした。しかし、よくなるどころか「ますます悪くなるだけであった」。
 しかも、出血を伴うこの病気は律法によって「汚れ」とみなされ、彼女は人との接触を禁じられていた。みんなが楽しそうに集まる場所へも行くことができなかった。礼拝に参加することもできなかった。何度自分の人生を嘆いたことだろうか。夢破れた人生、自らの運命を恨めしく思ったこともあっただろう。
 そんな中で彼女は「イエスのことを聞いた」(27節)。希望が失望に変わる経験をし続けた彼女は、イエスことを聞きても何も思わず、聞き流してしまってもおかしくはないと思う。期待するだけ後のショックが大きい。だから期待はしない。12年間の闘病生活でそのような自己防衛的な気持ちになってもおかしくはない。
 しかし、彼女は違った! イエスのことを聞いてから、「この方の服にでも触れればいやして(救って)いただける」と思い続けていた。このお方にかけよう! 彼女は勇気を出して群衆の後ろからイエスに近づき、後ろから主イエスの衣に触れた。「すると、すぐ出血が止まって病気がいやされた」。
 12年間女性を苦しむ続けた病が治った。めでたし、めでたし! この聖書の物語が「信仰によって病気が治った女性」の話ならそのようにここで終わるだろう。しかし、聖書は単に「病気が治ったお話」を語っているのではない。彼女は病気の癒しはもちろんだが、それ以上に「救い」を求めていたのだ。
もしこのまま彼女がこの場を立ち去ったらどうなるだろうかと想像する。確かに病気は治った。しかし、彼女の新しい人生は決して容易なものではなかっただろう。12年間、孤独にあった彼女が社会生活に復帰するのは並大抵のことではない。しかも全財産を失ってもいる。彼女が健やかに生きるためには「病気のいやし」以上の救いが必要だったのだ。
 彼女にとって病気のいやし以上に必要だったのは、主イエスとの人格的な出会いだ。主イエスとの人格的な交わりこそ12年間孤独の中に置かれていた彼女に必要な癒しであった。彼女はついにイエスの前に進み出て「すべてをありのまま話した」。彼女はすべてをイエスにさらけ出した。涙しながらの告白だったかもしれない。12年の苦しみをすべて彼女は主の前に注ぎ出したのだ。そして主はそのすべてを受け止め、聞いてくださった。「娘よ。あなたの信仰があなたを救った」。まさに彼女の救いはイエスとの交わりの中にあったのだ。
 「安心して行きなさい。もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい」。口語訳では「すっかりなおって、達者でいなさい」とある。「達者」とは「真理に達した者」というのが元々の意味らしい。キリスト者にとってはこっちの方がなかなか味わい深い訳のように思える。私たちは主イエスに出会い、主イエスとの交わりにおいて「達者」でいることができるのだ。女性はイエスと別れた後の人生で変わらず困難なことがあったに違いない。だけども、彼女はイエスに出会った者として、イエスに「安心して行きなさい」と送り出された者として、「達者」に暮らしただろう。
 先日、のぞみ教会で行われたオープンチャーチで教会員の方々が「教会ってどんなところ」というライブトークを行った。その中で一人の姉妹が「信仰を持って変わったことはありますか」との質問に「信仰を持ったからといって何も変わらない。目の前の困難な現実は何一つ変わらない」と応答した。信仰を持ったからバラ色の人生が約束されるわけではない。病気と無縁になるわけでもない。これまでと同じように大変なこと、困難なこと、厳しい現実は相変わらず続く。「だけどもすべてが違う。……なぜか大丈夫と思える」と証された。私たちも「達者でいる」ことができるのだ。主イエスが「安心して行きなさい」(生きなさい!)と送り出してくださるのだから。Go in peace, Live in Peace!
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by higacoch | 2013-06-30 15:52 | マルコ