カテゴリ:ヨハネ福音書( 62 )

2017年5月14日

5月14日 「あなたも神への道を知る」   ミカ書7:8-10、ヨハネ14:1-14
                            関 伸子 牧師 

 ヨハネによる福音書第14章1節から14節までのみ言葉の内でおそらく最もよく知られているのは、6節の「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」というみ言葉だと思います。
 この主イエスの言葉を導き出したのは、「主よ、どこへ行かれるのか、わたしたちには分かりません。どうして、その道を知ることができるでしょうか」という弟子トマスの問いでした。この後フィリポはやはり、「主よ、わたしたちに御父をお示しください。そうすれば満足できます」とお願いをした。
 トマスもフィリポも弟子です。主イエスには12人の弟子がいた。なぜあなたはこの方の弟子ですかと問われれば、この方に呼ばれたのだ、この方について来いと言われたのだ、だからわたしはついてきている。それは共通のことです。トマスは主イエスの傍らにあって力強く福音を説かれる主のみ言葉を聞き続けていた。それがもう聞かれなくなる。何千人という人びとに主イエスがパンを分け、魚をお与えになる。いくら配っても、次から次へとパンがあふれてくるような籠を手にして配ったその時の感触をトマスは忘れることができない。その主イエスのみわざはもう見られなくなる。ラザロの墓に向かって「ラザロよ、出てこい」と言われたあの叫びはもう聞こえなくなる。その時ラザロの姉妹たちマルタ、マリアは、ラザロが死に瀕した時にイエスがいてくださらなかったことを深く嘆いた。だから後からやって来られた主イエスに「あの時いてくださったならば」と涙ながらに訴えている。
 主イエスは、トマスに対して「わたしは道であり、真理であり、命である」と、トマスのこの問いがなかったならば聞こえなかったかもしれないこの真理を告げていてくださる。
 トマスと同じようにフィリポもまた、愚かな願いと言われるものを述べた。それに対しても主イエスは丁寧に語っておられます。そしてその言葉の最後にはこういう言葉があります。「はっきり言っておく。わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからである」。不思議な言葉です。あなたがたがしているわざは、わたしが地上で行ったわざよりも、遥かに大きい。主がそう言われたのです。そして、その大きなわざを行うために必要なこととして、13節、14節に、繰り返して約束してくださいました。「わたしの名によって願うことは、何でもかなえてあげよう」。祈りへの勧めです。
 ヘンリ・ナウエンというカトリック司祭がいました。アメリカで教えていましたが、カナダでラルシュ共同体のために働きました。このナウエンが書いた『イン・メモリアム』という名の追悼の文章を読みました。司祭ですから、母の死に立ち合うことができないことが多いのですが、それが許され、家族と共にみとり、臨終に立ち合うことができました。母は信仰と愛に満ちた人であったと書いています。ある日、母が祈っているのに気づいた。「おお神よ、わたしの神よ、わたしの父よ、わたしの神よ」。母はこの言葉をこれまでにも何前回となく口にしてきたに違いない。今こそ、ただ神を呼び続ける言葉が母の存在そのものから溢れる祈りとなっている。
 アメリカの社会はまるで神などいらないみたいに生きている。しかし現代のアメリカ、現代の世界はその最も深いところで病んでおり、苦しんでおり、愛を失っている。今夜あなたは家にいますか?と必ず尋ねられるそうです。そこにナウエン司祭がいてくれないと落ち着かない人たちがいるのです。ナウエンは、道徳では人は救えないとはっきり言っています。道徳ではなくて何か。神秘だと書くのです。神と向かい合っているところに生まれてくるミステリーだけが救いとなります。
 主イエスは「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい」と言ってくださいました。そして祈ったら聞かれると言ってくださいました。信じることは祈ることです。そこで主イエスは続けてこういうふうに言われました。「わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか」。ここに「住む所」と訳されている言葉は、この基になっている動詞はヨハネによる福音書が最も頻繁に用いている言葉です。たとえば第15章2節に「わたしにつながっているなら」という言葉から始まって、以下ずっと続けて読んでいくと、「つながっていなさい」、「つながっていれば」、という言葉が連続して出て来ます。これは皆、原文では「とどまる」という言葉です。しかし、トマスに対しては、トマスが愛のおきてを守る以前に、既にとどまる場所が父なる神の所に用意されていると告げられました。
 ペトロが「主よ、どこへ行かれるのですか」と問うけれども、これを問わなくて済むようになった時がくる。それは第21章が語っている、甦りの主がペトロに「あなたはわたしを愛するか」と三度お問いになった時だ。愛の告白を求めては、「わたしの小羊を養いなさい」とおっしゃってくださったその言葉です。ナウエンはそのペトロと自分の姿を重ね合わせます。つまり自分もイエスの弟子だ。イエスに従って殉教の死をとげたペトロと同じだ。それを、深い謙遜の思いをもって受け入れるのです。そして初めてハーバード大学という名門の大学の教授であったときには知らなかった安息と、本当に自分は神のお役に立っているという喜びを知るのです。
 そして私たちに呼びかける。あなたもそのように主イエスの弟子になることを求められているのではないか。伝説によるとトマスもまた、インドにまで行って伝道をしたと伝えられています。主イエスがここで、どんなに深い思いでそのすべてをお語りになったか。そしてそれによってどんなに深く私たちが、今、生かされているか。これは主イエスがなさったいかなる奇跡にもまさる奇跡と言うことができると私は信じています。お祈りをいたします。
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by higacoch | 2017-05-14 18:22 | ヨハネ福音書

2017年5月7日

「死んでも生きる?」        イザヤ書40:18-31、ヨハネ11:17-27
                            関 伸子 牧師 

 「さて、イエスが行って御覧になると、ラザロは墓に葬られて既に4日もたっていた」。今日与えられているみ言葉はそのように始まりますが、ギリシア語の原文を読み始めてみると「行って、イエスは見た、彼を」と書いてあります。「イエスはご覧になった、ラザロを」というのです。ラザロそのものをご覧になったという言葉の味わいは深いと思います。ここは明らかに「見た」という言葉に力点があります。
 墓の中にあるラザロ、もう死んでいるラザロ、ラザロの死そのものを主イエスが見ていてくださる。そこから話が始まるのだということは、私たちにとっても大切なことではないでしょうか。「既に4日もたっていた」とあります。その頃は、今の医学のように発達した医療の技術があったわけではありません。診断の技術があったわけではありませんから、肉体の死を確実に確認できなかった場合もあったらしい。お医者さんは死んだと言ったけれども実はまだ余力があった。そういう人が2日目か3日目かに突然声をあげたり、息を吹き返し、目を開いて蘇生するということが起こる。これは実際にあったことのようです。ですから3日間は用心した。4日目になると、これは完全に死んだのだということになる。ラザロの肉体もまた、もうくさかったのです。39節には、はっきりそう記されています。ラザロは確実に死んだのです。その現実に死んだラザロを主イエスが見ていてくださる。愛といのちのまなざしが注がれています。そこにマルタが来るのです。
 30節が明記するように、マルタが出迎えたのは村の外であった。福音書記者は、この場面を丁寧に説明します。19節にはこうあります。「マルタとマリアのところには、多くのユダヤ人が、兄弟ラザロのことで慰めに来ていた」。18節に「ベタニアはエルサレムに近く、15スタディオンほどのところにあった」とわざわざ距離まで書いているのは、それほど遠くはないから多くのユダヤ人がエルサレムからも来てくれていたという意味だと、多くの人は理解します。いずれにしても、兄弟ラザロのことで慰めに来ていたというのは、ただ個人的に訪問を繰り返していたというのではなく、一種の葬りの儀礼をまだ行っていたという意味のようです。大切なのは、マルタが共にいる人びとをも振り切って主イエスの前に独り立ったということです。マルタ自身もラザロの死に打たれている。そのラザロの死を見ていてくださっている主イエスと〈共に立つ〉のです。そこで信仰の対話が始まります。
 そこでマルタは、「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに」と言いました。私たちの誰もが知っているのです。愛する者の死は恐ろしいものです。厳しいものです。独りでは耐えられない。愛そのものにほかならない主にここにいていただきたかった。
 主よ、あなたが神に願ってくださるならば、主イエスご自身を通して、神はわたしたちのために働いてくださる。マルタのその信仰に、主イエスはきちんと答えてくださいます。あなたの兄弟は甦る。「あなたの兄弟は復活する」。マルタはすぐに打てば響くように答える。それは知っている。終わりの日の復活の時に復活する。
 主はマルタに言われました。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる」。葬儀における説教の中に、こういう牧師の説教がありました。ある学校の校長の葬儀における説教です。その説教は、こういう話から始まる。この校長は病床で遺書を書いた。「7月12日から13日夜半、そして7月23日。ヨハネによる福音書第11章25-26節」。断片的ですけれども、おそらくこの7月12日から13日、あるいは更に23日に、病床でこのみ言葉を心に刻んだということでしょう。おそらくこの時自分のいのちの危機を感じるような体験を病床でしたというのでしょう。その後に、どうぞこのみ言葉を読んでほしいと書いています。
 教会堂にこのみ言葉を刻むということは、私たちの存在にそれを刻むということでしょう。しかもここでは、主イエスは「わたしは復活であり、命である」と言われただけではなくて、こうお尋ねになります。「わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか」。「はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであるとわたしは信じております」という応答の言葉を呼び起こしたいと願っておられるのです。
 今日の説教の題は「死んでも生きる?」という主イエスの言葉を掲げてそれに疑問符を付けた。わたしを信じる者は、もし死んでも、死の現実の中に落ち込んでも、それを突き破って生きることができる。「決して死ぬことはない」というのは、肉体のいのちがいつまでも生きるということではない。死が死でなくなる。そのことを、主イエスはこのように重ねた言葉で丁寧に私たちに教えていてくださるのです。
 アウグスティヌスがこの箇所についてすぐれた説教をしています。その中でアウグスティヌスは、このように主イエスを復活、またいのちとして信じる者は愛に生きると繰り返して教えています。死にぶつかったときに鮮やかに現れてくるのは、私たちが愛に生きているかどうかということです。ヨハネの手紙一はこう言います。「神の子たちと悪魔の子たちの区別は明らかです。正しい生活をしない者は皆、神に属していません。自分の兄弟を愛さない者も同様です」(ヨハネ一3:10)。生まれてきた子に悪魔という名前をつけたという親のニュースが広がりました。悲しいことです。これは神を軽んじることです。そしてその子を軽んじることになります。私たちは神の子です。私たちに与えられた子も神の子として生きるべきものです。そして神に属する者は、自分の兄弟を愛するのです。そのひとが生かされてきた愛が死に勝つのです。その愛そのものである主イエスが、わたしが甦りだと、死の中にある兄弟をのぞみ込むようにじっと見ながら、ここで「あなたはこれを信じるか」と問われるのです。「信じます」と言う以外に答えようがないのです。
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by higacoch | 2017-05-09 21:31 | ヨハネ福音書

2016年12月25日

「恵みと真理とに満ちていた出来事」
イザヤ書52:7-10、ヨハネ福音書1:1-14         香月 茂

 皆様と共に、クリスマス主日礼拝を捧げることができて、大変嬉しく思っています。イエス様の誕生を喜び、神様の御名をほめたたえましょう。
さて、今朝は14節を中心に、御言葉の糧を頂きたいと思います。「言は肉になって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちは、その栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた」とあります。これを二つに分けると、前半は「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた」。これはヨハネ独自のイエス様の誕生の描写で、言は神様を表し、肉とは人間を表していて、短い中にもヨハネは重大な信仰を告白しています。つまり「神様が人間となられた」ということです。神学的な議論では「受肉論」と言って、神様が肉体を受け入れられたことを論じています。有名な本にアンセルムスが書いた『何ゆえに神は人間となられたのか』というものがあります。何ゆえか?それは、わたしたち罪人の救いのため、私たちの贖いのため、というのです。人間が何かをしたので、神様が人間となってくださったのではありません。ただただ神様の一方的な憐れみによるもので、これ以外の何ものにもよりません。
 次に、後半は「父なる神の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた」。ここで注意したいのは、イエス様の誕生はただ「恵みと真理によった」のではなく、「恵みと真理に満ちていた」と言っていることです。これは福音書を書いたヨハネの信仰告白だと言った方がいいでしょう。恵みが満ちており、この後のイエス様が為された出来事は恵みがさらに溢れた出来事だったのです。
 私は今回、聖書箇所を1節から14節として説教の準備をしてきました。しかしながら、この箇所を読み、祈りつつ準備していく中で14節までではなく、18節までにしておくべきだったと示されました。なぜなら、16節でヨハネは、こう言っているのです。「私たちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から恵みの上に、さらに恵みを受けた」と。恵みの上に、さらに恵みを受けたという言葉に、私はイエス様の十字架を思い起こしました。イエス様ご自身が、自らのいのちを犠牲にしてまでも、私たちを愛してくださったこと、そして、その死からよみがえって、新しいいのちを示して下さった復活の出来事を思い出しました。それで、今回の週報の正面に、イエス様の誕生、イエス様の十字架、そして復活―復活そのものではありませんが、復活後の昇天の場面の三点セットを選びました。このように、イエス様の誕生は、私たちに満ちていた恵みが与えられていたことのしるしなのです。
 さらに17節には、「律法はモーセを通して与えられたが、恵みと真理は、イエス・キリストを通して現れた」と告白しています。これは、旧約の時代は、モーセによって律法が与えられましたが、新約の時代は、イエス様によって恵み、そして真理が与えられたと理解できます。
次に、真理について考えてみましょう。真理は、福音書の中で22回、語られていますが、そのほとんどがヨハネ福音書にあります。具体的に言いますと、22回の内の19回出てきます。ヨハネが語るように、真理もイエス様によって現れたのです。イエス様は、「真理はあなたたちを自由にする」、「私は真理を語っている」、「真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる」とおっしゃっています。こうしたことから、真理とは、神ご自身を表すというよりは、神の言葉であり、神の言葉を伝えるイエス様の言葉をも意味します。
 私たちは、しっかりと覚えたいのです。クリスマスの出来事、それは神の恵みと真理とに満ちていたということを。そして、その恵みが、イエス様の歩みの中で、溢れてきたのです。そして、ヨハネの手紙に「神は愛である」と告白されているように、ヨハネの手紙一の4章9~10節では「 神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。ここに、神の愛がわたしたちの内に示されました。 わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。」とあります。
 私たちは神様の一方的な憐れみによって、今、罪赦されて、生かされているのです。この神の愛の地上での原点が、イエス様が、人間となられたことです。だから、喜びましょう。イエス様が、この地上にお生まれになったことを。そして、この誕生が、神の恵みと真理に満ちていたことを、隣人に伝えましょう。喜びをもって、あなたも神様に愛されたのですよ、と。イエス様は、生まれ、命をかけてあなたの罪のために死んでくださったこと、そしてその死ですべてが終わったのではなく、死を超えて命が与えられると示してくださったことを伝えましょう。この東小金井教会がどんなに小さな教会であっても、イエス様の救いの恵みと真理を伝えることができるのです。そのことをしっかりと忘れないようにしましょう。そして、イエス様の救いの恵みを伝えていきましょう。
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by higacoch | 2016-12-30 15:40 | ヨハネ福音書

2016年10月23日

「大切な屑」 ヨハネ 6:1-15   
                     荒瀬 牧彦 牧師(めぐみ教会)

 「五千人の食事」の箇所である。共観福音書(マタイ、マルコ、ルカ)とヨハネによる福音書で異なる点の一つに、皆が満腹した後に、イエス御自身が、「少しも無駄にならないように、残ったパンの屑を集めなさい」と命じられたということがある。ヨハネ福音書は、ここに重要なメッセージがあると考えたのだろう。
 なぜイエス様はこれを命じられたのか。ヨハネ福音書の得意とするダブル・ミーニング(二重の意味をこめる)手法がここにあるとすれば、「パン屑」とはなんのことだろう。それを残さず集めるという命令には何が含意されているのだろう。
 想像してみてほしい。腹いっぱいごちそうを食べた後に、皿の上にパンのかけらが残っていたらどうするか。おそらく捨てるだろう。コンビニでは、日々売れ残りのパンや弁当を大量に捨てている。「利益のため」大量の食品を平気で無駄にする社会は、また、平気で人を使い捨てにする社会でもある。そう考えてみると、「パン屑」というのは、我々人間であるというところに行きつく。
 イエス様は「無駄にならないように」と言われた。「無駄にする」というギリシア語の他の箇所での用例をみると、ヨハネ3章16節「神は、その独り子をお与えになるほどに世を愛された。独り子を信じる者が、一人も滅びないで永遠の命を受けるためである」の、「滅びる」や、「ある人が100匹の羊を持っていて、その一匹を見失ったとすれば99匹を野原に残して捜しにいく」という譬えの「見失う」がある。無駄にするなという命令に、一人も滅ぼさないように、一人も見失わないように、という意図を読み取ることができる。
 12の籠いっぱいになったという「12」は、12部族からなるイスラエルを象徴する数。新しいイスラエル、イエス様が招き集められる神の民の暗示がここにある。
 イエス様のまなざしがみつめなければ、五つのパンと二匹の魚は、「なんの役にも立たない」というレッテルをはられて終わりだったろう。イエス様が目を留め、取り上げ、祝福して、分けたから皆を満腹させるものとなった。イエス様のまなざしがみつめなければ、パン屑は、草原に落ちたまま、土にまみれ、風にふかれて飛んでいっただろう。イエス様が「集めよ」と命じたから、12の籠いっぱいになった。
 カンバーランド長老教会という我々の教派を考えても、(こんな言い方をすると先達たちには失礼ではあるが)草原に打ち捨てられたパン屑のような人たちが、追い詰められたところで始めた教会だったではないか。今だって小さい。でも各地に広がり、国境を越えたつながりを持ち、ユニークな働きをしている。この教会もまた、集められたパン屑である。
 自分自身だってそうだ。「なんの役にも立たないでしょう」と言われるような存在かもしれない。でも、イエスのまなざしは違うものを見てくださっている。いや、イエスのまなざしが、価値なきものに、価値をつくりだしてくださる。
 貧しい人の食べる大麦パンがたった五つ。でも、それが大勢の人たちを満腹させる貴重なパンとなった。そこらに捨てられたままのパン屑。でも、丁寧に拾い集めたら12の籠にいっぱいになる。値高きパン屑。イエスのことばは、今も響いている。「少しも無駄にならないように、残ったパン屑を集めなさい」。
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by higacoch | 2016-10-29 16:09 | ヨハネ福音書

2016年10月9日

「人生の分水嶺」 創世記1:1~5、ヨハネ11:45~57
                             関 伸子 牧師

 ヨハネによる福音書は全部で21章からなっています。第11章というのはその中央にあります。ちょうどひとつの山を登ることにたとえてみると、道半ばにして頂上に達して、そこから向こう側を目ざして降り始めると言うこともできます。
 福音書の半ばにして、主イエスは殺されるという決定が下されて、そしてこれから後、第12章以下、一挙に主イエスの受難、死の物語が語られていきます。
 ここで頂きに達した、あるいは峠に達したと言いますが、峠は明るく陽がさしている。その明るい光を示すように、主イエスは光のいのちの言葉をもって「ラザロよ、出て来い」と墓に向かって叫ばれました。この主イエスのことばは、先ほど読みました創世記は、初めは闇があり混沌しか支配していなかったけれども、そこにいのちを呼び出す神の言葉が語られた時に、いのちの光が輝いたと語っています。
 頂に立って、向こう側に降りていこうとする。詩編第23編が「死の陰の谷」と呼んでいますけれども、明るい光輝く頂から死の闇が支配している中に主イエスが降りて行こうとされる。従って絶えず問われるのは、いったい主イエスが死なれたということはどういうことなのだろうかということです。
 神学校の先生に勧められて読んだ本があります。英国の神学者であるジェームス・デニーの著書『キリストの死』です。終わりのところで新約聖書でこんなに大切な主題なのだから、われわれの説教においても、神学を学ぶときにも、教会の営みにおいても、キリストの死を抜きにしては何もできないということをしっかりわきまえていこうと呼びかけるのです。
 この第11章最後の部分は第12章の叙述の準備となっています。そこでは、またラザロの家に主イエスが招かれています。この部分の最初、45節に「マリアのところに行って、イエスのなさったことを目撃したユダヤ人」と書いてあります。マリアについては既に第11章2節で、「このマリアは主に香油を塗り、髪の毛で主の足をぬぐった女である」と特に紹介をしています。ヨハネ福音書がラザロの話をしているときにもマリアの墓の前の嘆きを描いているときにも、いつも心の中に留めていたのは、このマリアはイエスの葬りの備えをした、イエスの死の迎え入れた例外的な人間なのだということです。
 この45節以下の最高法院の決定について、オランダのスキルダーという牧師は興味深いことを言いました。この最高法院の人びとはメシアに対する信仰を貫こうとしていたし、自分たちが信じて待っているメシアを大切にしようとした。まさにそのために、まことの神から来られたまことの救い主イエス・キリストを殺してしまった。メシアの名によってメシアを殺したのだと言うのです。聖書の専門家は、イエスの歩みの中に真実の救いを見ることができなくなってしまっていました。
 50節に、「一人の人間が民の代わりに」とありますが、51節で「国民のために」と訳されている「のために」という言葉もまた、「の代わりに」という言葉と同じ言葉です。ですからここはしばしば「イエスが国民の代わりに死ぬと言ったのである」と訳されています。「国民のためばかりでなく、散らされている神の子たちを一つに集めるためにも死ぬ」。ヨハネ福音書はそれを付け加えました。
 そのヨハネ福音書がここで過越の祭りについて何度も書いていることもまた深い思いを込めてのことであったと思います。過越の祭りが始まろうとしている雑踏の中で神殿に集まって清めの儀式にあずかっている時に、お互いに清められながら尋ねる。墓の前に立って死人を呼び出されたと伝えられるあのイエスという方はどこに行ったのだろうか。イエスを捜したのだと言います。
 「神殿の境内」という言葉があります。過越の祭りが始まり、陰暦ですが、春分の次の満月の時、それをユダヤの暦でニサンの月の14日と言いますが、この14日を迎えると神殿の境内に人びとが集まります。そこで過越の小羊が殺されるからです。これを殺すことができたのは祭司だけでした。神殿になまぐさいにおいが立ちこめて過越の小羊たちが屠られ、そしてその肉をそれぞれの家に持ち帰って食した。これはもともと牧畜民の固有の祭りであったと言われます。そしてヨハネによる福音書は、明らかにこの主イエスを過越の小羊とされた方であると理解しました。ヨハネによる福音書はイエスが十字架につけられた時、このイエスの骨を折ることはなかったと、第19章33節に、ひと言書いています。過越の祭りのために殺された小羊を自分の家に持って帰った者が食事をするときのひとつの定めは、食べるときにその骨を折ってはいけないと聖書のおきてに記されていたのです。過越の祭り、小羊が殺されその血が家の門口に塗られる。小羊が私たちの代わりに死んでくれている。私たちはそのために死の陰の谷を歩いても死ぬことはなく、いのちのもてなしを受けて生きることができる。この過越の祭りにおいて自分たちがすることと、そこで殺されていくものと、殺されている主イエスと重ね合わせて福音書が神のみわざの恵みを見ていたことは明らかであると思います。
 こうしてラザロの甦りの出来事が、ラザロが味わったいのちが、自分たちのものとなります。墓から出てきたラザロを自分の家に迎えることができたマリアが、自分たちをそのようにして生かしてくださる過越の小羊である主イエス足もとにひざまずいて香油を注ぎ、髪の毛でその足を拭った。このマリアのこころについてはまた改めて共に学びたいと思います。私たちの〈いのちに生きる道〉に、キリストの十字架が食い込んでいてくださることを常に覚えて、このキリストの十字架の意味を絶えず問い続け、神に信仰を問われていることを大切にして生きてゆきたいと願います。お祈りをいたします。
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by higacoch | 2016-10-15 18:38 | ヨハネ福音書

2016年10月2日

「憤り、涙する主イエス」 ホセア11:8-11、ヨハネ11:28-44
                            関 伸子 牧師

 ヨハネによる福音書第11章の長い物語のひと区切りを、この朝与えられたみ言葉として聴きました。おそらく姉であったと思われるマルタは家にいない。主イエスに会いに行ったこと、そのことを残されていた妹マリアが知っていたか、それは明らかではありません。いずれにしても、27節までに記されていたように、主イエスと思いがけない深いいのちの対話をすることができた姉のマルタが家に戻ってきます。そして「先生がいらして、あなたをお呼びです」と耳打ちした。他の者に聞こえないように告げました。
 「お呼びです」と訳されている言葉の、「呼ぶ」という言葉はさまざまな表現がありますが、ここに用いられている言葉は、声を出すという意味の言葉です。
 名を呼ばれるということは私たちの人生においてたくさん体験することです。生まれたときに親に呼ばれ、学校に行って教師や友人たちから名を呼ばれるようになる。月に一度、母に付き添って皮膚科に行きます。病院でも名前をよばれて医師と差し向かいで座ると、母はそれだけで血圧まで上がってしまう。私たちはそのようにして名前を読んでくれる人と相対して言葉を交わして、その人に支えられ、導かれて、生きていく。しかしその中で私たちが何よりも聞かなければならないのは、主イエスに呼ばれているということです。
 主イエスはこの時まだ村に入っておられません。墓は村の中にはおかれなかった。多くの民族が考えたように、死は汚れですから、自分たちの共同体の日常生活の場所の外に置かれました。マリアが急いで村の外へ出て行こうとする。マルタがその先頭に立って導く。既に四日たっています。イエスを見るや否や挨拶も何もしない。主イエスの足もとにひれ伏して主を拝みながら、「主よ、もしここにいてくださいましたなら」と嘆き訴える。33節には「彼女が泣き」とありますから、言葉が続かず涙が溢れたのではないかと思います。涙が溢れると言葉は切れる。一緒に来たユダヤ人たちも泣いた。同情してのことです。これは死を迎えた者の自然であるかもしれません。ただし、福音書はその先に何回読んでも驚くべき言葉を記しています。
 イエスはその人びとの、またマリアの涙をご覧になりながら「心に憤りを覚え、興奮」されました。ここに「心に憤りを覚え」と訳されている言葉の意味は、馬が激しく鼻を鳴らす姿を描くものです。「心に憤りを覚え」というのはこれだけを取り出して読まないで、更に付け加えられている「興奮して」、また35節にある「涙を流され」という言葉が言い表している主のこころを推し量ることによって、更に深められた理解をすることができるのではないでしょうか。
 「イエスは涙を流された」。33節にある、彼女が泣くとかユダヤ人たちも泣くというのとは表現が違います。実際に主イエスの両眼に涙が溢れ頬を伝ったという意味の言葉です。イエスの両眼に涙が溢れた。その涙を見ながら人びとは、「『ご覧なさい、どんなにラザロを愛しておられたことか』と言った」と記されています。この「愛しておられた」という言葉は既に11節で、主イエスがラザロのことを「わたしたちの友」と呼んでくださいましたけれども、この「友」と訳されている言葉と同じ言葉です。つまり友愛、友情を示す言葉です。私たちは死ぬ時、主が自分の友として自分のために涙を流していてくださると信じて死ぬことができる。しかもその愛が激しい憤りと共にあるのです。憤りは33節にも38節にも繰り返されたように、絶えず主イエスの心深くにあったのです。
 ところでもうひとつ、「興奮して」という言葉が、33節に、「憤りを覚え」という言葉に続いて記されていました。「心を動かす」という言葉です。おそらくヨハネ福音書が特に心を用いて、大切なところで書き記している言葉のひとつです。
 今朝、ホセア書第11章の言葉を併せて聴きました。信仰の民に対して、どうしてお前を見捨てることができようか、どうしてお前を引き渡すことができようか、滅びに渡すことができようかと神が語られたとき、ここでも、「わたしは激しく心を動かされ、哀れみに胸を焼かれる」という神の言葉がホセアによって語られました。「哀れみに胸を焼かれる」。これは神の言葉です。そしてまさに、ここに主イエス・キリストにおける愛の戦いが既に予告されていたと言えると思います。
 このラザロの物語を読むときに、ドストエフスキーの『罪と罰』はこのラザロの物語についての最もすぐれた注解書であるということを、多くの人びとが指摘しています。その中核にあるのは、金貸しの老婆とその妹を、老婆は意図して、娘の方は意図せずして殺してしまったラスコーリニコフという男が、どのように自分の罪に目覚め、悔い改めに導かれるかという物語ですが、その要のところにあったのは、体を売ってまで家族を養わなければならなくなっていたソーニャが、愛を込めてラザロの甦りの物語を読むところです。歪んだ燭台の上の燃えさしの蝋燭はもうかなり前から燃え尽きようとしていた。このみすぼらしい部屋で不思議と永遠の書物を読むために集うことになった人殺しの男と淫らな女とをぼんやり照らしだしていた。
 人を殺すとか、あるいは体を売るということは、初代のキリストの教会においても、教会に入ることを許されないとされた恐ろしい罪です。人びとからはじき出されるような恐ろしい罪を犯した男と女が、しかしここでは永遠のいのちを語っている聖書を読むためだけに集まっていた。まるで教会がそこにあるようです。そしてそのふたりが闇の中にいるのではなくて、主の甦りの光が射しているのでしょう。そして甦りと深く結びつくのは主のいのちを賭けた罪の赦しです。私たちの不信仰がそこで赦される。そして私たちの愛の無さがそこで赦されるのです。主の招きの声がよく聞こえますように。お祈りいたします。
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by higacoch | 2016-10-08 11:08 | ヨハネ福音書

2016年9月18日

「神のわざがなされている」 詩編82:1~8、ヨハネ福音書10:31~42
                            関 伸子 牧師
 
 今朝私たちに与えられた言葉として読みましたヨハネ福音書第10章31節によれば、「ユダヤ人たちはイエスを石で打ち殺そうとして、また石を取り上げた」のです。ここでイエスは殺されるような状態になってしまったのです。イエスが、「アブラハムが生まれる前から『わたしはある』」と語ったからです。
 主イエスは、今にも石を投げようとする人々に対して、「わたしは、父が与えてくださった多くの善い業をあなたたちに示した。その中のどの業のために、石で打ち殺そうとするのか」と聞かれます。そこで先ず、ユダヤ人たちは「善い業のことで、石で打ち殺すのではない」と答えます。ユダヤ人たちは、よい業と認める。
 34節以下には、主イエスの反論が記されています。主イエスはここで、旧約聖書、詩編82編の言葉を用いて語っています。詩編82編は、あなたがたは人として死ぬ。君候のごとく、支配者のごとく死ぬ、滅びると言います。わたしたちは、実際、しばしば自分を支配者とします。イエスに神々と呼んでいただく前に、自分を神々としているということはないでしょうか。しかも、わたしたちは人の罪は赦せないのです。罪を赦せないのが自明のこと、むしろ人間らしいことだと思っているところがないでしょうか。わたしたちは人から批判されるのが嫌です。ほんの小さなことでも悪口を言われると、それだけで夜も眠れない思いをすることがあります。しかし、わたしたち自身はどんなに多くの人の罪を赦していないことでしょう。人の欠点を見つけること、悪口を言うこと、日常茶飯事です。イエスはその意味で、わたしたち人間に諦めを抱いておられるならば、地上に来てくださらなかったはずです。
 パブロ・カザルスというスペインのチェリストは、ジュネーヴで自分のオラトリオが演奏されたとき、メッセージを書きました。それが『喜びと悲しみ』という自叙伝に残っています。「祖国愛がなぜ祖国を超えてはいけないのか」。短い言葉ですが、カザルスは、ほかのところでも同じ問いを出しています。この人はカタロニアの民族の誇りに生きた人です。しかし自分がカタロニアを愛する思いは、カタロニアを攻め滅ぼした人々に対する憎しみになってはならないと思い続けた人です。原子力の兵器を捨てようと、そこで訴えかけています。1990年のクリスマスにはベルリンの壁が壊れたと言って、わたしたちは喜びました。世界に平和が来ると思ったのです。しかし、今もなお民族と民族が血で血を洗い合うような争いを重ねています。裁き続けています。
 イエスが行う父の業とはイエスの十字架と復活です。イエスが、地上で行った様々な業の全ては、「父が与えて下さった業」でした。しかし、その業の集大成とも言われるべきものは、十字架と復活なのです。そこにこそ、最もはっきりとイエスが神の子であると示されているのです。神の子イエスが十字架で「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と叫びつつ息を引き取ったのを見ていた百人隊長が「本当に、この人は神の子だった」と語りました。人間の罪のために、父なる神に捨てられ切り離される苦しみのなかで息絶えたイエスを前にして、ローマの百人隊長は、このイエスこそが神の子だったと告白するのです。
 それでもユダヤ人たちはイエスを捕らえようとしました。この10章の終わりにおいて、ヨハネによる福音書の一つの区切りがあると見ることが出来ます。11章からは、新たにイエスの十字架と復活に向けた歩みが本格的に始まって行くのです。
 そこに入る前に、イエスの歩みの原点であり、ヨハネによる福音書の初めに記されていた、イエスの洗礼の場面に立ち返っています。ヨハネによる福音書は、洗礼者ヨハネの活動から書き記されています。ヨハネは、イエスがやって来た時、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ。『わたしの後から一人の人が来られる。その方はわたしにまさる。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この方のことである」と語りました。そして、イエスに対して洗礼を授け、「この方こそ神の子である」と力強く証をしたのです。
 イエス・キリストの業というのは、イエス・キリストの生涯全体で示された業、特に十字架にかけられ復活するということによって、この方が神の子であると知らされるのです。それは愛の結実でした。神の愛がそこに集約されているのです。
 パブロ・カザルスは自分の国を追われてしばらくプエルトルリコに住みました。そこで住んだ小さな家に、「エル・ペセーブレ」と名づけました。「飼い葉桶」という意味です。カザルスは家の表札に、この家は「飼い葉桶」と名づけたのです。イエスが、いつもいてくださるということです。幼な子イエスの愛がここに居続ける。わたしたちの罪の悔い改めの涙を受けてくださるのです。
 わたしたちは、教会に集まっている人間だけが本当の恵みを知っていて、教会の外にいる人は恵みが分からないなどと言ってはならないと思います。わたしたちこそ、神の愛について、時に、本当に身勝手な考え方しかしないのです。そして自分の罪は罪のまま放っておくのです。わがままの限りを尽くす。今そのことに気づくべき時です。
 そして、招かれている礼拝に、イエスの恵みをしっかり受け止める心をもってあずかります。それがわたしたちの祝福です。十字架と復活のイエス・キリストの恵みに捉えてくださる神のわざが日々なされています。わたしたちはそのことを信じ、解き放たれた自由な思いが与えられることを願います。お祈りをいたします。
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by higacoch | 2016-09-24 18:11 | ヨハネ福音書

2016年9月11日

「キリストの声を聞き分けよう」 イザヤ50:4-11、ヨハネ10:22-30
                            関 伸子 牧師

 私たちの信仰とさまざまな意味で関わりの深いユダヤの人びと、ユダヤ人はクリスマスとほぼ同じ時期に、「光の祭り」と呼ばれる祭りをします。ヘブライ語で「ハヌカ」と呼んでいます。ヨハネによる福音書第10章22節に神殿奉献記念祭という祭りの名前が出ています。奉献と訳されている言葉をヘブライ語で言うと、これがハヌカ。口語訳聖書では「宮きよめの祭り」となっていました。宮きよめというのはせっかくの神殿がけがされてしまったのでそれを聖め直すという意味がありました。そして実際にその名に価する大きな出来事が起こっています。
 光をともす、というのはキリスト教会がクリスマスになると蝋燭を次から次へともしていったことに影響を受けたのではないか、と書いている人もありますけれども、ハヌカの祭りのほうが歴史的には古いようで、それを見ながら教会の人びとが自分たちもクリスマスが近づいていくと四本のろうそくを一週間毎にともしていくようになったのではないかとも思われます。
 主イエスがこの神殿奉献の記念の祭りの日に神殿におられた頃、既にそのような光をともす習慣があったかどうかは定かではありません。ただ冬、雨期、暗い時、ユダヤの人がこころまでも暗くしていたことは明らかです。
 「いつまで、わたしたちに気をもませるのか」と記されています。「気をもませる」というのは原文のギリシア語では、「上に物をあげる」という言葉です。人が誰かに宙に持ち上げられてしまう。たとえば小さな子どもです。大胆な子は声を上げて喜ぶだけかもしれません。けれども少し気の弱い子は、いきなり地面から掬い上げられて空中に持ち上げられると不安に脅えます。それと似た思いでしょう。
 「もしメシアなら、はっきりそう言いなさい」。イエスは答えられた。「わたしは言ったが、あなたたちは信じない。わたしが父の名によって行う業が、わたしについて証しをしている。しかし、あなたたちは信じない。わたしの羊ではないからである。わたしの羊はわたしの声を聞き分ける」。
 イエスの声が聞こえながら聞き分けることができない。メシアがそこで語っているのに、そこに救いが見えない。こんなガリラヤ出身の田舎者、無力な男に、あの宮きよめをもう一度することができるだろうか。真実のキリスト、メシアの声を聞き分けることができないままです。そのくせ「わたしと父は一つである」と言われた主イエスの言葉に躓きました。だから31節に、「ユダヤ人たちは、イエスを石で打ち殺そうとして、また石を取り上げた」と書くようなことになったのです。
 先ほどイザヤ書の第50章を読みました。この第50章は悲痛な預言者の言葉で、「主の僕」について語ります。この預言の言葉を書いた人は、ユダヤの悲劇の歴史の中で、自分たちを救ってくださる方について世の人びととは全く違うイメージを描きました。主が遣わす僕。人に仕える王です。そのような王こそ、真実の救いをもたらすと告げています。お前たちのうちの誰が聞くか、この僕にこそ神の声が響きわたっていることを。闇の中に歩くときにも、この主の僕に生きるならば光のないときにも光に生きることができるはずである。聞くべきは僕として私たちのところへ来てくださった方の声だというのです。
 ヨハネ福音書第10章28節には、「わたしは彼らに永遠の命を与える」という主の言葉が記されています。皆さん一人ひとりがこの〈永遠のいのち〉を今既に与えられているのです。29節に、「わたしの父がわたしにくださったものは、すべてのものより偉大であり」というみ言葉が語られています。
 わたしの父がわたしにくださったもの、それは、誰もわたしの手から奪うことができないもののこと。私たちのことです。洗礼を受けた方たちは皆キリストにとってかけがえのない者になる。洗礼を受ける人びとが与えられると天に喜びがあると私たちは信じます。かけがえのない者、いかなるものにもまさる者がまたひとり、またふたり、わたしに与えられたのだ、と主イエス・キリストが喜んでくださるということです。だからわたしの手からこの者を奪うことは、父なる神の手から奪うことだと言われるのです。「わたしと父とは一つである」という言葉は、その意味において抽象的なことを言っているのではないことがとてもよくわかります。私たちは、その神のものとして生き、その神のものとして死ぬのです。それがここにおける、主イエス・キリストの約束です。
 「わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしに従う」。私たちに求められているのは、その主イエス・キリストに従うことだけです。主イエス・キリストは私たちに、あなたがたは世の光だと、おっしゃってくださいました。エフェソの信徒の手紙の言葉は、私たちこそ光の子であると言いました。私たちキリスト者はキリストのものになった時に、信仰を持たない者と武器を持って戦う道を覚えるのではないのです。洗礼をお受けになった方たちが、その自分の家族の中にあってこの〈主イエスのもの〉としての光を輝かすようになったとき、主イエスがなさったのと同じように自分は人に仕える。神に仕え、人に仕えることによってこの光に生きるという道を選びます。
 洗礼を受けた方が家に帰ると光がそこにともります。光が増えるのです。だから誰かが洗礼を受けるということは、その家族にとって祝福です。
 イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」によるテロに脅かされる今日この頃です。心を変えてほしいと思います。主イエス・キリストはすべての者の主となってくださった。この主のものとなる私たちに真実の平和の光がともるように、繰り返して願わずにおれません。みなさまにその平和と愛の祝福が豊かにあり、その喜びの中で望みをもってこの週を歩みたいと思います。お祈りいたします。
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by higacoch | 2016-09-17 16:14 | ヨハネ福音書

2016年8月21日

「解放」  イザヤ書 25:4-10、ヨハネ福音書 8:1-11
                             関 伸子 牧師

 今日のヨハネ福音書は、「姦通の女の物語」とよく言われていた記事です。この記事の第7章53節以下は括弧に入れられています。私たちが今読んでいる聖書の言葉は多くの写本によって伝えられています。その多くの写本の中で古い日付のものの方が本来の福音書の姿をより忠実に伝えていることは明らかですが、古い日付の写本であればあるほどこの部分を載せていません。古いものには見つからなく、新しい時代のもの、せいぜい紀元四世紀ごろのものから載せています。
 なぜこういう物語が初めは記録されなかったのか。既に最初の教会においてこの出来事に対する戸惑いがあったのではないかというのです。これもいろいろな推測ができます。ひとつは第7章に仮庵祭という祭りの物語が延々と語られていたことです。仮庵祭に主イエスがわざわざエルサレムまで行かれて、たとえば 37節に、「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい」と大声で招きの言葉を語られました。しかし、この主イエスの言葉を聞いてこれを受け入れる人はいず、むしろ主イエスに対する裁きの言葉がどんどん大きくなっていった。あの男はガリラヤ出身であって、われわれはユダヤに生きているという差別感が増幅されていたようです。そしてイエスを裁き、殺そうという思いが高まっていました。そこで、この女の事件もまたイエスを裁く手だてとして用いようとしたのです。
 3節に、「律法学者やファリサイ派の人々が、姦通の現場で捕らえられた女を連れて来て、真ん中に立たせ」とあります。立たせたときに周りに民衆がいる。こういう女は石で打ち殺せとモーセは律法の中で命じています。申命記第22章 22節以下に、このような場合の規定がきちんと書いてあります。この申命記は姦通の罪を犯した者は男も女も処罰されるべきだ、と言っていますが、ヨハネ福音書では男は出てきません。男はずるく逃げてしまったのかもしれません。あるいは、同じ申命記第22章25節以下を読みますと、当時の世界では特に男性優位であったため、男が力ずくで女を犯すということがしばしば起こったに違いありません。ですから女が力ずくで犯された場合には女を咎めてはならないということまで語っています。ヨハネ福音書の場合、女もまた同罪であるということであったかもしれません。そういうことをモーセが律法の中で命じているではないか。あなたは何と言うか、というのです。この問いに対して主イエスは、6節の後半に「イエスはかがみ込み、指で地面に何か書き始められた」とあります。8節にも「そしてまた、身をかがめて地面に書き続けられた」とあります。
 「これこそ神のみ顔の背けの核心である」と、この箇所のある注解書に書いてありました。この独特の言い回しを強く心に刻みました。神は返事をなさらなかった。主イエスは返事をなさらなかった。しかし、女を裁こうとした人びとは、今ここでは、それをきっかけにして主イエスを試し、そのようにして主イエスを裁いているとも言えます。イエスはかがみこんだまま地面にものを書いておられました。いったい何を書いておられたのかということが昔から問われてきました。
 ヨハネによる福音書第8章の最後の言葉、59節には、「すると、ユダヤ人たちは、石を取り上げ、イエスに投げつけようとした。しかし、イエスは身を隠された」とあります。また石を持った。主イエスを殺そうとしたのです。言い換えれば、こういう神を殺してしまえば、後は安泰だと考えるようになったのです。
 ずっと後の時代にロシアの作家ドストエフスキーが登場して、『カラマーゾフの兄弟』という小説を書きました。その中に「大審問官」と題するドラマを描き、後の教会の代表者をそこに登場させて、後のキリスト教会がいちばん迷惑なこととしたのは、主イエスが再び来られることであるということをはっきり書きました。後の教会の歴史のすべてが、というのではないでしょう。しかし教会が罪を犯すたびにそこに見えてくる罪は、イエスを抹殺するということであったと言うのです。ここでもドストエフスキーは自らの罪をそこに思い起こしていたに違いないと思います。
 人びとは立ち去った。不思議なことに「真ん中にいた女が残った」。審かれるべき者としていた女がそのままそこに留まっていた。ある人がこのところについてこういう言葉を語っています。女にとって主イエスがいてくださったということはどんなにさいわいなことであったか。主イエスこそ真実に審くことができる方であった。その〈審く方〉がそこにいてくださらなかったならば、女にとって救いの道は完全に閉ざされたままであったはずです。なぜかと言うならば、〈真実に審く〉ことができる方こそ、〈真実に赦す〉ことができるからです。
 しかもこの赦しは実に激しい力を持っています。「行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない」。あなたはもう罪を犯すことができなくなった、というほどの意味です。この女はやがて、このイエスがまるで自分の身代わりのように殺されたことを知ったでしょう。慄然としたと思います。そして当然この後キリストの教会に加わり、この物語を伝える源になったに違いありません。多くの人びとが戸惑いを感じながらここに戻ってこざるを得なかったのは、ここに自分たちの物語があると思ったからです。私たちもまた、この物語によって生かされると同時に、繰り返して、この物語が語る主イエスのもとに帰って来ざるを得ない、審かれる厳しさを、しかし、その厳しさの中でこそ初めて知る赦しの深さを、繰り返し知ってそこに立つ以外、私たちの新しく生きる道はありません。「罪を犯すな」という言葉によって突き動かされて生きる道はほかにはないのです。しかしこのような言葉が不思議な道を歩みながら、私たちのところまで届いたことに、神の不思議な恵みの摂理を思わされます。お祈りをいたします。
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by higacoch | 2016-08-20 17:36 | ヨハネ福音書

2016年7月31日

「キリストのさばき」 ヨブ記24:1-12、ヨハネ福音書7:1-9
                            関 伸子 牧師

 ヨハネによる福音書第7章の舞台になったエルサレムの仮庵祭とは何か。これは私たちがこの物語を聴き続けていくときに、心に留めておかなければならないことだと思います。旧約聖書のレビ記第23章にその祭りの仕方を記しています。仮小屋というのは過越の祭りを記念した出来事、出エジプトの出来事が起きてから40年の間、荒野を旅しなければならなかった時に、イスラエルの民が住まなければならなかったものです。イスラエルの人びとはまだ定住の地を得ていませんでしたから、どこに宿営するにしても仮の宿だった。その先祖たちの荒野の旅を思い起こして、約束の地に定住するようになった後に、ユダヤの人びとはこの祭りの時、安息日から安息日まで、たとえば自分の家の屋上に、あるいは自分の家の入口のあるところを囲むように小屋を造ります。柳の枝や棕櫚の葉を用いて小屋を造って、そこで8日の生活をして先祖の荒野の旅を思い起こした。そして、このレビ記の言葉の最後に、「わたしはあなたたちの神、主である」というみ言葉が示されているように、自分たちは誰のお陰で生きることができているのかということを思い起こした。ですからある人はこの仮庵祭は神のご臨在を深く思う時であったと言います。
 しかし同時に主イエスが活動された頃の人びとにとっては、嘆きの時でもあったと思います。先ほどヨブ記が伝えているヨブの痛切な嘆きの言葉を読みました。このヨブ記第24章の最初の言葉は、「なぜ、全能者のもとには/さまざまな時が蓄えられていないのか。なぜ、神を愛する者が/神の日を見ることができないのか」と言うのです。荒野を旅した自分たちの祖先は、昼は雲の柱、夜は火の柱となって自分たちを守ってくださる神の力を仰ぐことができたし、飢え乾いた時にはマンナのパンを与えられ、岩からほとばしる水をもって養われた。しかし今はローマ帝国の権力の下にあって、「神の日」と呼び得る日がいつか来るのかという思いが重なっていたに違いないのです。
 そこで3節に、このように記されています。「イエスの兄弟たちが言った。『ここを去ってユダヤに行き、あなたのしている業を弟子たちにも見せてやりなさい。公に知られようとしながら、ひそかに行動するような人はいない。こういうことをしているからには、自分を世にはっきり示しなさい』」。主イエスは長男ですから弟たちが何人もいました。それらの人びとが、自分たちの血を分けた者の中にいるこのイエスという男が、どうしてそんなことができるだろうと思うような力をもって人の病を癒し、死んだ者まで蘇らせ、悪霊に取りつかれたと人びとが思っている人びとを自由にし、思いがけない力を発揮することに驚き、喜んでいました。そのしるしだと見ることは当然のことだと思ったのではないかと思われます。
 「わたしの時はまだ来ていない。しかし、あなたがたの時はいつも備えられている」。これも不思議な言葉です。主が言われる時とは、永遠の神が歴史に触れてくださる時。仮庵の祭りにイエスが登場されたとき、弟たちが考えるように歓迎をしてはいません。むしろ殺す機会が来たとしか思わない。私たちがなぜこの世にあってつらい思いをしなければならないかというと、なかなか人びとと巧く一緒にやって行けないからです。この世には至るところに憎しみや排訴がはびこっていて、平和を造っていません。ですから誰もが平和を願いながら戦禍が絶えません。しかし主イエスは言われます。この世に生きている人たちはわたしを憎むようにお互いを憎しみ合うことはない。この世は神の子を与えたとき、これを憎むようになっていた。私たちキリスト者は、この主イエスの審きの言葉をどこまで聴き取っているかどうか、そのことをまさにこの時、改めて問わなければならないと思います。
 最近ある本を、毎日、少しずつ読みました。『森のチャペルに集う子たち』という、北海道家庭学校を指導しておられた谷昌恒という方が書いた本です。この森のチャペルに集う者たちは、非行を犯して世の人びとにどうにもならないと思われている少年たちです。おとなしいと思っていた少年が突然、「先生、俺なんかいない方がいいんだろう」と向き直って尋ねる。谷校長が応じる。「ああ、君なんかいない方がいいと思っている」。自分自身の現実と向かい合いながらその子と対決する。あるいはまた、暴力行為を重ねてきたらしい少年が校長室に入って来て「俺のことを怒らせるなよ」と脅迫する。暴力行為が始まるかもしれないということを予感しながら、「何と生意気なことを言うのだ」と立ちはだかって答える。戦いが続く。
 あるいはまた、少年が家族を殺してしまう。そこで自分もそういうことについての責任者として意見を求められたその場面でこういうふうに書きます。「日常、殺しの場面が茶の間の出来事になっている。そういうものを毎日子どもたちに見せておいて人殺しはいけないのだと、なぜ教えることができるか。そして自分がそのようなテレビドラマは止せと言えばこれは表現の自由だ、とジャーナリストは言うかもしれない。ここでは〈キリストの審き〉がやはり語られていると思います。
 谷先生は、「平等と言うことすら、われわれの罪を誘う」と言われ、それに続いて、既に預言者が語っている言葉ですけれども、「われわれを造ってくださった神に向かって、なぜわたしをこのように造ったかと嘆き、神を憎むこともゆるされない」と言われます。それは主イエスを私たちに送ってくださった、わたしのような者を神の子として救い取るために送ってくださった神を信頼した者だけが、初めて言える言葉です。そしてその〈信頼〉に立ったときに、わたしのような者でも、なお勇気をもって隣人の中に立つことができるかもしれないという〈望み〉を与えられるのです。今この主イエス・キリストの姿と言葉とを心に深く刻みなから、今年後半の歩み、そして主イエス・キリストのご降誕の時を、かけがえのない〈神の時〉、それゆえに私たちの感謝と喜びの祭りの時として迎えたいと願います。お祈りをいたします。
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by higacoch | 2016-07-31 16:10 | ヨハネ福音書